4話【あ、なるほどね、そういう事か…。お前、絶対許さんからな。】
数日前――王都。
「今回はお前も災難であったな。
のう?アルバートよ。」
老練な国王という印象からは想像しづらい、悪戯っぽい笑みを浮かべながらレオポルトは自分より年下の家臣を軽く小突く。
「いえ、今回の件は私の責任でございます。
兵を御しきれず、体勢を立て直すのが遅れました。
それに、姫様を直接お守りするのは私の役目。
にもかかわらずあのような何処の馬の骨とも知れぬ者に助けられることになろうとは……誠に、自らが情けなく……」
「まあ、結果的には何もなかったのだ。それでよかったではないか。
それに、こんなことを言えばお前の矜持を傷つけるやもしれぬが、お前の魔術ではセシリアを守り切れたかどうか……。
我が姪のことも大事ではあるが、本当に何かあれば、儂もお前を処分せぬわけにはいかん。
結果としてあの者が間に入り、最悪の事態を免れたのは、お前にとっても幸いだったと思うておる。」
「面目次第もございません。
私の魔術は防御に長けてはおりますが他者を守るには不向きですからな。
そこは自覚しておりますゆえ……。
お気遣い、痛み入ります。」
「…………」
「…………」
国王とその臣下にしては些か気安いやり取りの後、二人の間に沈黙が流れる。
やがて場の空気を変えるように、レオポルトが新たな話題を切り出した。
「して、お前はあの者をどう見る?」
「あの者……ですか……。正直、私にはどうにも……。
どこからどう見ても不審人物ですな。
いずこから来た何者かと問うても、わけのわからぬことを申すばかりで、怪しいことこの上ありませぬ。
ただ、かといってどこかの国の間諜とも、姫様の命を狙う者とも思えず……。
姫様の命を救ったことは事実であり、護衛たちも皆その様子を見ておりましたからな。
下手に功績があるだけに、まるきり犯罪者扱いもできず……」
「左様か……。
まあ、怪しいことは怪しい。
だが、怪しいというだけで裁くこともまた、正しき王の政とは言えぬ。 直接見極めるよりほかあるまい。」
思考を巡らすようにレオポルト王が床の一点を見つめ、動きを止めた。
「では、謁見の間へあの者を呼び出し、陛下に直接ご判断いただきたく。
ちょうど応接の間で待機させておりますので、支度が整い次第呼びましょう。」
応接の間で待たせてあったという事は一度その男の姿を直接見て確かめたいと言い出す事もあらかじめ読んでいたのだろう。
その相変わらずの抜け目の無さに頼もしさを覚えると同時に思わず口角が上がる。
「カカッ! 流石のお前も牢へ繋ぐような真似はせんかったか!」
「形式上はセシリア姫を救った者ですので、あまり大っぴらに無碍な扱いをするわけにもまいりませぬゆえ。
……面倒なこと、この上ありませぬ。」
「ふっ……結局のところ、それが本心か。」
――――――――――。
数刻後。
レオポルトは謁見の間で、件の青年と対面した。
第一印象は――頼りないこと、この上ない。
事前に報告書には目を通していたものの、そこから思い描いていた人物像とは似ても似つかぬ物腰と覇気のなさである。
本当にこの男が、あのグロリアスボアをほぼ単独で打ち倒したのだろうか。
本人に尋ねても、その事実自体は認めている。
報告書にもそう記されており、多くの兵たちもその光景を目撃している以上、事実であることは間違いなさそうだ。
セシリアにも話を聞いてみたが……なんとも言えぬ表情で、
「はい……そうですわね……」
と一言。
疑い出せばキリはないが、事実は事実として認める必要がある。
己に都合のよいよう事実を曲げ、自らの思い込みを押し通すようなことは、一国の王にあってはならない。
少なくとも、この男が何かよからぬことを企てている様子がないことはわかった。
今はそれだけでよしとしよう。
「褒賞など、その他諸々については追って沙汰を言い渡す。
それまでは王都にて、ゆるりと滞在するがよい。」
――――――――――。
青年が退出した後、レオポルトは再びアルバートへと向き直った。
「さて、アルバートよ。
立ち居振る舞いはさておき、姪のセシリアの命をあの者が救ったというのは、紛れもない事実のようだ。
ならば、与えるものは与えねばならん。」
「そのようですな……」
「お主はこの功に、何をもって報いるつもりじゃ?」
「わ、私ですか……!?」
まるで思いもよらぬ方向から矢を射掛けられたかのように、アルバートが目を見開く。
「それはそうであろう。
幸い何もなかったとはいえ、今回の外遊中に起こった出来事だ。
お前の管轄であろう?
それに、儂がこれでよしとしたところで、お前からあのタカハシとかいう者へ何の褒賞も出さねば、またぞろ宮廷の雀どもが囀り始めるぞ?
痛くもない腹を探られたくはあるまい?」
「いや……それは……しかし……」
「まあよい。
あの男の功績に何をもって報いるか、じっくり考えてみるがよい。
相応の褒賞であるならば、儂はその内容にまで口を挟むつもりはない。 ここからはお前の管轄じゃ。」
「…………承知いたしました……」
アルバートはがっくりと項垂れ、自家から持ち出すことになる褒賞について頭を抱えた。
内容が内容だけに金貨を一、二枚渡してさようなら、というわけにはいかないだろう。
かといって、「王族を救った」という功績は大きすぎる。正面から金銭だけで報いるのであれば、相当な額を用意せねば格好がつかない。
しばらく眉間に皺を寄せて考えていたアルバートの脳裏に、ふと一つの妙案が浮かんだ。
「……陛下。 一つ、お言葉を賜りたく存じます」
「なんじゃ?」
「私があの者の功績に相応しい褒賞を用意いたしましたならば、その内容については私の裁量にお任せいただけますでしょうか」
なるべく眉間に皺を寄せたまま、苦渋に満ちた表情を崩さずレオポルトへと問いかける。
「ああ、構わぬ。 持ち出しになるのはお前の、アイゼンベルク家であるからな。
釣り合いの取れた相応の褒賞である限り、儂からこれ以上口を挟むことはせん。」
言質は取った。
無論、国王の言葉尻を捕らえて己の都合を通そうなど通常の臣下であれば到底許されない。
だが、レオポルトとの長年の関係であれば、この程度の駆け引きは許容されるだろう。
アルバートは表情に出さぬまま内心でほくそ笑んだ。
「では、一つご提案がございます。 私の領地の一部をあの者へ割譲し、それをもって褒賞とするのはいかがでしょうか。
つきましては陛下にも、あの者へ男爵位をお授けいただきたく存じます。」
「何じゃと!?叙爵!?
身元もわからぬ者をそのように軽々しく貴族へ取り立てられるものか!馬鹿者!」
「しかし陛下、今回の功績には相応の褒賞を与えねばなりません。
なに、私の領土の真ん中を切り取ろうというわけではございませぬ。
私の領地の西の奥にある、アルヴァルト領をご存じでしょうか?」
「アルヴァルト……?
確か、魔物が多く採算が取れぬと言っておった土地か?
まあ、あそこならば割譲すること自体は構わぬのだろうが……。
だからといって、わざわざ叙爵までとなると話は別じゃ。
爵位とは、そのように軽々しく与えてよいものではないわい!」
「恐れながら、陛下。
今回、セシリア姫様の生命の危機に突如として現れ、単身であの巨大なグロリアスボアを瀕死にまで追い込んだのです。
これはまさに英雄譚と言っても差し支えありますまい。
そのような功績を挙げた者に、ただ土地だけを与えて放り出しては、まるで厄介払いではありませぬか?」
「…………」
「それに、それほどの実力を持つ者であれば、かの地の魔物もいずれは平定できるやもしれませぬ。
そうなれば我が領地――いえ、この王国にとっても大きな利益となりましょう。
そして、そのような出自の者へ領地を任せながら、正式な貴族としての身分すら与えぬとなれば、それこそ宮廷の雀どもは陛下に対してまで煩く囀り始めましょう。
ならば今この場で男爵位を授けることで功績には爵位をもって正当に報いたと示すことができます。
後にかの地が発展した暁には、陛下の慧眼を世に知らしめることにもなりましょう。」
「ぬぅ……」
「そして先ほど陛下は私が相応の褒賞を用意するのであれば、その内容については私の裁量に任せると仰せになりました。
広大な領地と男爵位。
これ以上に王族救出の功績へ相応しい褒賞がございましょうか。」
口にしていることだけを聞けば、英雄の功績へ最大限に報いるべきだと主張しているようにしか聞こえない。
だが実のところアルバートが何より熱心に考えているのは、いかに自らの懐を痛めず褒賞を用意するかであった。
悠人に与えようとしている土地は、田舎も田舎。
正真正銘の僻地である。
先祖代々受け継いできた土地ではあるが、伯爵領の中心部からでも馬車でおよそ一週間。
広大な森林に囲まれ、魔物が頻繁に出没するため、大規模な農業を安定して行うことも難しい。
領内で上がる金といえば、領都での僅かな商業税や魔物素材取引に伴う手数料、それに各集落から得られるわずかな税収程度である。
発展の望みも薄く、それでいてギルド関連施設の維持や魔物対策のため、最低限の金は出し続けねばならない。
この土地ならば手放したところで痛くも痒くもない。
それどころか維持するだけで手間と金を食う厄介な土地まで同時に片付く。
あとはレオポルトが叙爵にさえ賛成してくれればアルバートにとっては極めて安上がりな褒賞となる。
にもかかわらず、字面だけを見れば――
広大な領地。
そして男爵の爵位。
文句なしの大恩賞である。
「うぅ……ぬ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……。わかった、わかった!
ただし、今後はお前が寄親となるのだ!
取り立てて終わりではないぞ。
責任を持って、しっかり面倒を見るのだぞ!」
――成し遂げた。
レオポルトは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているが、アルバートの胸中は晴れやかであった。
これで、あの金を食うばかりの無駄に広大な辺境を手放すことができる。
もっとも、あの青年一人だけを送り込み、早々に死なれてしまっては自らの評判に関わるため、誰か一人くらいは付けてやるべきだろう。
そう考えたところで、すぐに一人の顔が浮かんだ。
――あの厄介なメイドがいたではないか。
腕も立つ。
なおさら都合がよい。
この一件だけで、同時に二つも厄介事が片付いてしまう。
あの男には感謝してやってもよいかもしれない。
支度金くらいは多少弾んでやろう。
目の前でなおも唸り続けるレオポルトに上機嫌を悟られぬよう、アルバートは口元へ手をやった。
そして、さも自分も重大な決断に頭を悩ませているかのように、国王と一緒になって低く唸るのであった。




