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15話【誰がなんと言おうと俺は俺なんだ…俺は…そもそも自認ってなんなんですかね。】

全員の準備が完了したところで、いよいよ飯を食いに出発した。 その前に服を買わなくてはという事で領都に数軒ある雑貨屋に寄ってみたのだが、どうも雲行きが怪しい。


子供服が無い。 まぁ、考えてみたらそうなのかもな…。


ここは冒険者相手の商売が中心の町で、わざわざ既製の子供服を店頭に置いておくほど需要が無いわけだ。 もちろん領民の中にも子供はいるわけだが、その子供の親は大半が農民であるわけで…決して裕福とは言えない。 大体は自分達で布を縫って簡単なものを作る。 あるいは、たまに行商人が持ってくる着古しの子供服を奮発して買う。 もしくは親や年長者のお下がりを詰めたり、ツギハギしたりして着古していくのが普通らしい。


こんな所でも不便さをまた実感してしまう。 お金がある事と物が買える事が「=」で繋がらない事に、現代日本人としては少なからずショックを受けてしまった。


手に入らないものは仕方がないということで、大人用の外套を購入してクラウディアに裁断…というよりも切断してもらう。 それを簡単に紐で括って着てもらうことにする。 本人達は喜んではいたが、きちんとした子供服が買える領地になるのは一体いつになるのだろう…。


途中そういったトラブルはあったが、何はともあれ酒場に到着する。


小さな子供連れで入ってきた俺達一行に、この店の女将がカウンターに肘をついたまま一瞬怪訝な表情をした。 だが、俺とクラウディアの姿を交互に見ていると、一瞬にしてかしこまってこちらに駆け寄ってくる。


まぁ、こんな集落でメイド付きで行動している人間なんて限られてくるわけだし、少し考えたら誰にでもわかってしまうようだ。


「え〜っと、い、いらっしゃいませ…。 本日はどのような御用向きで…。」


「あ、あの。 しょ、食事を頂きに…。 新しく来た領主って、やっぱ分かります…? 全然、普通に対応してくれれば良いですからね…。 と、とりあえず端っこの方の席に座らせてもらっていいですかね…。」


相手が小声でやたら畏まって喋ってくるので、こちらも自然とそれに釣られてしまう。 この癖、領主としてはいい加減直した方がいいのはわかっているんだが…。 相手が遜ってくると、こちらもどうしても釣られてしまう…。 だって今まで生きてて偉そうにしていい場面なんて無かったんだから仕方ないだろ。 というか、日本人なんて普通みんなそうだろ。


そんなやり取りをしていると、女将と同じくらいの中年のガタイの良い男が厨房から顔を出した。


「おいあんちゃん、うちはガキ連れて来るような店じゃねぇぞ。 大人しく…ぐぎゅっ…!! う゛ぅぅう…う゛ぅ…。」


「あんた! お客様になんて事言ってんだい! さっさと支度始めるんだよ!」


おそらく店主であろう男の発言に、女将が凄まじい俊敏さで距離を詰め、手に持っていたトレーで脳天を強かに打ち付ける。 え……今、盆の『面』じゃなくて角でイッてたぞ…。 あれ大丈夫なのか…?


あれは中年の男の人が本気で痛がる時に上げる呻き声だ。

昔バイト先だった工事現場で聞いた事がある。 怖い。 本当に怖い。

「ご安全に!」という言葉が頭の中でリフレインしていた。


頭頂部を両手で押さえるようにして呻きながら蹲る彼に女将が何事か耳打ちをすると、店主が一瞬こちらを見てからヨロヨロと立ち上がり、厨房の中へ再び戻ってゆく。


「ご、ごめんなさいね! こちらの席でよろしいですかね!?」


「そこまで殴らんでも…。 俺も名乗ってなかったですし…。」


正直あれは痛そうだ。 結構なダメージを負ったんじゃないかとちょっと心配になる。


「良いんですよー。 あの人このくらいやらないとわかんないんですから!」


まぁ、旦那さんは完全に尻に敷かれてるみたいだから夫婦喧嘩にはならなそうではあるが、主人の扱いを考えるとさすがに可哀想だなと同情心がわいてくる。 まぁ、俺はあくまで客なわけだし、いくら領主だからと言って店の事、ましてや夫婦間の事にまで口は出せない。 ご主人、助けてやれなくてすまん。


女将さんが気を使ってくれたのか、比較的店の端の方のテーブル席を用意してくれたようなので、俺たち5人はありがたく着席させてもらった。 まだまだ盛りの時間にはなっていないとはいえ、店内にはちらほらとガラの悪そうな冒険者の姿も見える。 子連れの身としてはありがたかった。


「よっしゃー飯や飯やー! タダ飯やー!」


キースが子供たち二人を差し置いてやけにはしゃいでいるなと思った。 だが思い返してみれば、こいつも日頃から碌な食事をしていないだろうことに加え、俺たちに監禁されていたため丸1日近く食事をとっていないのだろう。


「さて、じゃあ各自好きな物を頼め。 俺もそうするから。」


「酒は!? 酒は頼んでもええの!?」


「良いけど傷口に障るといけないからほどほどにしとけよ。 ってか、お前結構若そうだけどもう飲める年齢なのか?」


「当たり前やろ! 俺もう19やで! なんも心配あらへん!」


「いや全然ダメだろ。 何言ってんだよ。」


「は? 何言うてんの? 15過ぎて成人しとるんやから飲めるやろ? なんでも頼んで良いって自分、さっき言うたばっかやん。 今更せこい事言いなや。」


「あ、そっか…。 いや、頼んでいい。 好きなもん頼めって言ったんだから飲め飲め。」


さっきから会話が噛み合わないと思っていたが、そういやここは異世界だった。 この世界じゃ15歳から飲んでいいのか…。 そういや考えてみたら俺、こいつの年齢も知らなかったな。 ってか年上なのか…。


「年齢の話してて思ったんだけど、そういや俺お前らの年齢も知らなかったな。 いい機会だし自己紹介とか、色々話せる範囲で構わないからお互い話さないか? キースに関しては犯罪歴はある程度知ってるけど。」


「ちょ…アホ…。 外でそんな事よう言わんといてや…。 まぁ、確かに雇い主の事なんも知らんと働くんもなんや気持ち悪いし、ちょうどええから話しよか!」


「んじゃあ、先に俺からだな。 俺は高橋悠人、18歳。 一応ここアルヴァルト領の領主で男爵だから。 元々ただの平民…?だからこんな立場にはなりたくなかったんだけど、ここの元領主のアイゼンベルク伯爵に成り行きで領地と爵位を無理矢理押し付けられて田舎送りになった…。」


「チャカーシ・ユトー…? なんや聞き慣れん響きの名前やな。 どこの国の生まれなん?」


「タカハシ・ユウトな。まぁ…違う世界から来たから…。」


正直、隠しても良かったんだが、とっさの言い訳が思いつかない。 設定を考えながら喋って万が一言葉に詰まったりしても、不信感の元になりかねないからもう全部ぶっちゃけることにした。 異世界から来ましたって言ったところで、頭のおかしい奴扱いされる以外は特にマイナスもないだろうし。 まぁ、それはそれで割とデカいマイナスなんだけど…。


「は? まだ酒も頼んどらんのにそんな真面目くさった顔して冗談言うてもおもろないで~? ええか? 冗談言う時はな、顔が大事なんやで。 今わいは冗談言うてます~、って。」


「んーまぁ、そうだよなぁ…。 そうなるよなぁ…。 どうすっかなぁ…。 今後もホントの事言っても信じてもらえるわけないしなぁ。」


「ん~? 嘘やって切り捨てるつもりはないけど、流石にはい、そうですかとはならんやろ…。 本気で言うてまんの? 姉さん、俺らのご主人大丈夫なんか?」


「何とも言えないですね。 可能性は高いとは思いますが、わたくしも多少信じ切れていない部分がございます。」


「おい! お前は疑っちゃダメだろ! 俺達、二週間一緒に旅した絆があるだろうがよ!」


「いえ、わたくしはあくまで客観的事実のみお話しさせていただいております。 確かに二週間ご一緒させていただきましたが、それは何の証拠にもならないかと。」


「はぁ…。 もう良いです…。 じゃあ、今度都合の良さそうな経歴でっちあげるの手伝ってくれよ…。」


「まぁ…、なんか証拠でもあれば信じたるけど…。」


「証拠かぁ…。 ……あ! そういえばこの世界に来た時の服とかあるじゃん! 帰ったらそれ見せる!」


「ああ。 そういえば変わったお召し物でしたね。 わたくしはそれを見て可能性は高いなとは思っておりましたが。」


「ほら! 俺は地球の日本から来たの! 絶対帰ったら服見せてやるからな! 現代日本のカジュアルアパレルブランドの製品力を見せびらかしてやるわ!」


「まぁ、そこまで言うんなら否定はせんけど…。 じゃあなんで普通に言葉通じるん? まぁ近隣の国とか大陸の近いところじゃ言葉通じるけど、たまーにちっさい部族とか、全然別の大陸じゃ言葉通じへんところもあるやん? 違う世界から来たんなら普通、言葉も通じないんやないの?」


「う…。 確かに…。 なんで話せるし、読み書きも出来るんだろう…。」


なぜだか急に自信が揺らいできた。 俺は本当はただの頭のおかしい奴なのか…? 本当は地球も、日本なんて国も存在しないのか…? 確かに普通に読み書き、会話も出来る事に気付いた時は驚いたが、『異世界転移』ってこんなもんだろ、くらいに安易に考えて深く疑問を持たなかった。 そもそも『異世界転移』という概念も、俺自身の単なる妄想の産物なのでは…。俺は本当はただの狂人なのか…?


「存在しない別の世界で過ごした記憶があるって事か…? 俺って何なんだろう…。 じゃあこの世界での今まで育ってきた記憶は一体どこにいったんだ…。」


「ちょ…。 ごめんて…。 急に虚空見つめながら哲学的な事呟くのやめーや!信じる!信じるから! なんか悪い方に考えが進んで来とるって! そ…そや!まだ注文してへんかったな! すんませーん!おね~さ~ん! 注文よろしいでっか~?」


俺の精神の危機を察したキースが雰囲気を持ち直そうと、必要以上に明るく振る舞いながら女将さんを呼ぶ。


「はいはい、ご注文ですか?」


「お、すんませんな! えっと~この――」


キースが何か注文していた記憶はあるが、気付いたら目の前には様々な料理が並んでいた。


「ほら!大将!飯来たで! 冷めたらあかんからはよ食べようや! 大将も腹減ってるやろ!?」


「はっ…! 確かに、そういや俺も昨日から碌に食ってなかったな。よし、飯を食おう。


考えても分からんことは後回しだ! 飯を食おう!そして飯を食って現実から目を逸らそう。よし! いただきまーーす!」


俺自身の謎に関しては、空腹を理由にもう脳裏の遥か彼方へ追いやった。 っていうかこれはもうキースが悪い。 こいつが妙に核心を突くことを言うのが悪い。 俺は誰が何と言おうと異世界人なんだ。 あと、ド田舎の領主か…。 そのアイデンティティは別に揺らいでもらっても構わないが…。

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