12話【今日から友達だ。仲良くしよう。で、お前どこに住んでるんだ?俺たち友達だろ?】
カビと生臭さの混じった、湿気た不快な臭気が肺を満たしている。 そして、右肩に熱さを感じる。 その熱さは徐々に強くなり、やがて気付く。 これは痛みであると。 そのあたりで意識も覚醒し始め、朧気ながら自分が意識を失っていたことを自覚する。 そして、この肩の痛みがあの危険な狂人メイドによって付けられたものだったことも同時に思い出す。
その瞬間、強い焦燥感と共に両目を開けると、目の前にはあの恐怖の象徴である女が立っていた。
「……!! ひぃっ……!! イヤやっ!」
反射的にその場から逃げ出そうと身を捩ったことで、自分が椅子に拘束されていることに気づいた。 肩の刺傷はもちろん痛いが、おそらく長時間の拘束によって身体中の関節も悲鳴を上げている。
「あら、目が覚めたようですね。 もう少し覚醒まで時間がかかると思いましたが。 流石に一晩も寝れば回復するようですね。」
「そうだな。 起きたみたいだし、そろそろ取り調べを始めるとしようか。 ごめんな? 窮屈だとは思うけど放してやるわけにはいかないから、終わるまでそのままで頼むわ。」
「なんや自分ら! 俺はたまたま道に迷ってこの家に迷い込んだだけや! それをこんな乱暴な扱いしよってからに!」
「……。 なるほど。 あくまでシラを切るのですね…。」
無感情に女がそう告げると、開かれた両腿の間――椅子の座面へナイフを勢いよく突き立てた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛! 当たってる! 当たってる! ちょっと刃ぁ当たってるから! 血ィ出てるやん! ヤメテ! 堪忍してください!」
「ほらクラウディア。 内腿は危ないからやめなさい。 深く刃が入りすぎて死んじゃったら大変だろ。」
「心配ありません。 わざとです。」
「いや……、こいつがビビって足閉じちゃったらザックリいっちゃうだろ……。 その辺刺したら人間はすぐ死んじゃうんだぞ?」
「大丈夫です。」
「何に対しての大丈夫なのか分からんから余計怖いわ……。 ごめんな? 俺もこんな事させたくないんだ。 俺も主人として失格なんだけど、自分のメイドも上手く制御出来なくてさ。 申し訳ないけど、早めに話してくれた方がお互い残念な事にならないで済むんじゃないかな? どうだ? 話せるか?」
嘘や。 この兄ちゃん、口調こそ優しそうに話しかけてくるけど目が笑ってない。 これは尋問における飴と鞭の常套手段だ。 だが同時に、メイドを制御出来るのもコイツだけであり、真っ向から逆らって心象を悪くしようものならかなりまずいことになる。
「わ、わかりました! 話します、話しますからとりあえずこのナイフ除けて!」
「良かった、ありがとう。 お互い建設的に話をしようじゃないか。 なあ? で、ここへは何しに来たんだ? ん?」
「ホンマすんません! 盗みを、盗みをしようと思って入ってしまいました! で、でも聞いてください! ここに領主様が住んでたなんて知らなかったんです! 空き家やと思うてて! これはたまたまお互い不幸が重なってこんな残念な事になってしもうて、領主様に危害を与える気なんてこれっぽっちもなかったんです!」
「お互い? ……あれ? それだと不幸だった俺も悪いってことか? 俺の不幸のせいでお前に鍋だかフライパンだかぶつけられそうになって、その上炊事場の窓までぶっ壊れて……、俺は随分不幸な星の元に生まれたみたいだなぁ……。 悲しいなぁ……」
「いや! 違います! 俺が悪いんです! 俺が……、」
「ご主人様、私が代わりにお話しましょうか?」
「え……? がぁぁぁぁあ! 痛い痛い痛い!! 堪忍してください!!」
メイドは主人の返事も待たず、包帯の上から親指でゆっくりと傷口に圧をかけてゆく。
「お前が代わりに話すんじゃないのかよ……。 会話をしろよ、会話を。 それに痛みでしゃべらせても嘘を言うようになっちゃうからダメだぞ。 まぁ、幸い彼はまだ何も盗んでないんだ。 今日のところは軽く事情聴取して、二度と悪事を働かないことを約束してもらってからお家に返してあげようよ。」
「……ご主人様がそうおっしゃるのであれば。」
メイドは俺の右肩から手を離すと、まるで汚いものでも拭うかのように、指に付いた血を布で乱暴に拭き取る。
「まぁ、さっきも言ったようにそこまで手荒な事をする気は無いよ。 とりあえず名前を聞かせてくれるかな?」
ニコリと笑ってこちらに近付くが、好意的な感情は一切感じ取れない。 その作り笑顔を見て、「笑顔とは本来相手に対する威嚇の表情である」というどうでもいい知識を思い出していた。
「俺は、キースって言います。 家名はありません。」
「そうか。 よろしくな、キース。 今日から友達だ。 仲良くしよう。 で、俺の友達のキース君はどこに住んでるんだ?」
「……それは……、もうここには近づきません! この領地からも明日には出ていきますんで!」
「………………………あ、そう。 クラウディア、ちょっとこい。」
俺の言葉を聞いた瞬間、領主の顔が作り笑顔から途端に無表情になり、メイドを呼びつける。 その瞬間、しまった! と思い慌ててこの期に及んで嘘の言い訳を並べ立てるが、もう遅かった。
「……!! ……は、話します! 俺、この村の宿に住んでて……」
領主とメイドは俺の話も聞かず、二人してそのまま部屋を出ていってしまった。
まずい。 痛恨のミスだ。 痛み、プレッシャー、恐怖。 様々なもので頭の回転が悪くなり、絶対にやってはいけないことをしてしまった。 あれではアジトの場所を言いたくないことがモロバレだ。 そして間違いなく、それは相手にも伝わってしまった。 最悪だ。 簡単にはアジトも見つからないだろうが、見つかってしまったら本当にまずいことになる。
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「ビンゴだ。 絶対に何かある。 クラウディア、今からちょっとひとっ走りしてあいつの事を調べてきてくれないか? あいつは俺が見張ってるから。」
「それは……、あの男と二人きりになるのは危険では?」
「大丈夫だろ。 そのためにあそこまで脅したんだし、拘束もお前がしっかり抜け出せないようにやってくれたんだろ? あ……っていうかお前、あれはやりすぎ……。 絶対私怨入ってるだろ……。 場合によっては家に取り込む可能性もあるんだから、遺恨が残ったりしちゃまずいだろうが……。」
「かしこまりました。 今後は気をつけます。 ……では、これからあの男の事を調べてまいりますが、くれぐれもお気をつけください。 なるべく早く戻ります。」
「よし、じゃあ頼んだぞ。」
これからどうフォローを入れようか悩みはしたが、なるようになるだろう。 クラウディアの方は上手くやってくれるはずだ。 あとは、こっちはこれ以上この男が暴れないように適当に話を合わせて時間稼ぎでもしておけばいい。 で、クラウディアが戻ってくるまでにボロの1つでも出させて持ち帰りの情報と合わせて身元が割れれば御の字かな。 まぁ…最悪、計画そのものはクラウディアが居ればなんとかなるから、俺はフォローに回る裏方役だな。
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「ただいまー。 悪かったな。 ちょっとやりすぎだって叱っといたから。 あいつがいると話がこじれそうだから退室してもらったわ。 お前の肩も後で改めて手当させてもらうから、今はちょっと我慢してくれ。」
焦燥感で領主の男の話も耳に入らず、俺はとにかく一刻も早くここを脱出する算段を考えていた。
「あのメイドはどこに行った……んですか?」
「薬を買いに行かせた。 その傷が悪化したらまずいだろ? それに、後遺症でも残ったらさすがに後味悪いしさ。 あ、そうだキース。 そういえば俺の名前を名乗ってなかったな。 俺は高橋悠人って言うんだ、よろしく。」
今までろくに喋らんかったのにあっちが言いたいこと喋る番になったら急に言葉数増えよる。
こいつあんま尋問慣れてないんか?
まぁ、そんな事が分かったところで拘束から抜け出せない状態では何の意味も無いし、口車で丸め込めるほど俺は口達者ってわけでもない。
ただ単にお喋りなだけやからな・・・。
そして、今こいつは明らかに話をそらそうとしている。
薬を買いに行かせたなど明らかに嘘だろう。
本当にまずいことになった。
こんな所で足止めを食らって、その間に万が一アジトを発見でもされたら……。
「俺の家は無い。 この領地まで放浪してきたんや。 だから早く解放しろや。」
白々しい態度にイラつき、つい口調が荒くなる。
「わかったよ。 でも流石にその場で縄を解いて、はいどうぞってわけにはいかない。 それで襲われたら俺じゃひとたまりもないからな。 悪いけど、クラウディアが帰ってくるまではここにいてもらわなきゃいけない。」
「クソ……。」
絶望的だ。 さっきから拘束を解こうと身を捩ったりしているが、体が痛むだけで縄が解ける気配は全くない。 この場で事態が最悪の方向へ進んでいくのを、座して待つしかないのか。 俺がこんなヘマをしたばかりに。
そこからしばらくお互いに沈黙していたが、領主が唐突に口を開いたのはメイドが部屋を出てから一刻ほど経過してからだった。
「なあキース、俺は別にお前に害を与える気はないんだよ。 クラウディアは……あいつはちょっとお前にプライド傷付けられちゃったみたいでさ……。 この屋敷に侵入を許しちゃったことに責任感じてるらしくて……でも、よくクラウディアからあんなに逃げ回れたよな。 普通に凄いなお前。」
「そんな事はどうでもええっちゅーねん。 早くこの縄解けや!」
「わかってるよ、でも無理だって! クラウディアが帰ってきてからじゃないと無理なの! あいつさえ帰ってきたらこの事件は無かったことにするから、それで勘弁してくれよ。 今回の件は実際、俺も不幸が重なっただけだと思ってるんだ。 お前は空き家からなんか頂ければ良いなと思って入っただけなんだろ? そこに運悪く、数日前に引っ越してきた俺がたまたま居ただけ。 ほんの数日のタッチの差だったんだよ。 別に何も盗まれちゃいないしな。 だから、クラウディアが帰ってきたらお前を解放してこれで終わり。 それでいいだろ?」
正直メイドが一日やそこら一人で探したところで俺達の家が見つかるなどとは思わない。 ガタガタ騒ぎ立てて事態が悪化する方が危険だ。
それに少なくともあのやばいメイドの女と違って、この領主は今すぐ俺をどうのこうのしてくる様子は無さそうだ。
ここはその領主様が手打ちにしてくれるっちゅうんやからその温情に甘えさせて貰うのが一番賢い選択かもしれん。 それにホンマにこの人、俺の事そのまま解放してくれる気みたいやし。 これが本当だとしたら今時こんな聖人みたいな領主がおるなんて驚きや。
「はぁ……せやな。 そもそも俺がコソ泥なんていう小汚い事したんが事の始まりなんや。 領主様にはエラい迷惑かけてほんますんません……。 領主様の家に勝手に忍び込んどいて、打首にされないだけでも本来有り得んほどの寛大な処分なんや。 それで文句言うてたらバチが当たる。 俺ももうここには近づきません。 前言ったように、解放してもろたらすぐこの領地を出ていきます。 今回はエラいすんませんでした…。」
そんなやり取りをしていると、部屋のドアがノックされる。
一刻と少し程経っていた。 本当に薬を買いにでも行っていたのだろうか。 ひょっとして俺の考えすぎだったかもしれないと楽観的な考えが頭を過ぎる。
「悪い、ちょっと行ってくる。」
「ああ、えらい手間取らせてしもてすんません。」
そこからしばらくして、まだかまだかと焦れてきた頃、部屋の外から二人分の足音が聞こえてくる。 慌ただしさのない足取りに、悪い報せではないのかもしれないと僅かに期待感が高まる。
それからすぐバタンとドアが開き、二人が入ってくる。
「おぉキース、待たせて悪かった! 山の中に随分洒落た地下室を作ったみたいだなぁ! しっかし、兄妹三人で仲良く暮らすにはちょっと手狭じゃないか? 妹ちゃんも弟くんもあんな所で暮らしてたら色々不便だろ? 可愛い弟妹たちに苦労させちゃダメじゃないか、キース……。」
「は……?」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
そして遅れて、さっきまでこいつが妙にペラペラと喋っていた理由に気付く。
尋問に慣れてへんから口数が増えたんやない。
最初から、あのメイドが戻ってくるまで俺をここに繋ぎ止めるための時間稼ぎやったんか……。
しかも今のこいつは、さっきまでとは明らかに違う。
こっちが青ざめていくのを見て、完全に楽しんどる。
なんでこの短時間で…!?
アイツらの事まで……、って言うか俺らの家……最悪や……。
もう終わりや……。
いや、そんなこと言ってる場合やない。あいつらの事は俺が死んでも守らんと……。




