24 ちゃんと、終わった
側妃エリザ・ヴォルトの身柄は、その夜のうちに王宮魔法師団が確保した。
専属魔法師のルードも、別の場所で捕縛されていた。
術式石は証拠として押さえられ、ルードの所持品から呪いの詳細な術式書が見つかった。二年以上かけて積み重ねた幻惑系魔法の記録が、そこに丁寧に残されていた。
第二王子ライゼルは、翌朝に父王に呼ばれたようだった。
何があったかはリリーナには伝わってこなかったが、数日後にカイから聞いた話では、ライゼルは呪いの存在を知っていたことを認めた上で、今回の暴走——術式石を使って決着をつけようとした行為——は母が独断で動いたものだと主張したらしい。父王がそれをどこまで信じたかは分からない。ただ結果として、ライゼルは継承権を残したまま厳重な監視下に置かれることになった、とカイは言っていた。
母が息子のためを思ってした行動が、その息子の未来を塞ぐ形になった——
リリーナには、それ以上の感想はなかった。
それでも、アーレンにかかっていた眠りの呪いは、側妃が術式石を手放したあの夜から、少しずつ薄れていくのがわかった。
完全に解けたのは、三日後の朝だった。
「昨日の夜から一度も眠れなかった」
アーレンが真面目な顔をしてそんなことを言うものだから、リリーナは笑ってしまった。
「それはつまり、普通に眠れなかっただけ、ということですか」
「そうだ」
「健康的な悩みですね」
「……笑うな」
「笑っていませんわ」
笑っていた。
アーレンは不機嫌そうな顔をする――今は前髪がないので、その表情がよく見える。眉が寄っていて、口元が少し下がっていた。それがなぜか、ひどく愛おしかった。
◇ ◇ ◇
王宮での一件が落ち着いてから、リリーナとアーレンはナールヴァ学園へ戻った。
二人で学園の正門をくぐったとき、テシアが手を振りながら駆け寄ってきた。
「リリーナ! 無事だった!? 急にいなくなるから心配したよ!」
「ご心配おかけしました」
「それと――」
テシアが、アーレンを見た。
二度見した。
「……前髪、どこ行ったの」
「切った」
アーレンが短く言う。
王宮から戻る前日、アーレンが「切る」と言い出して、カイが慌てて宮廷の髪結い師を呼んだ。結果として、前髪は額の少し上で整えられ、金色の瞳がはっきりと見えるようになっていた。
おかげでテシアが固まっている。
「……顔、見えるじゃん」
「そうだ」
「めちゃくちゃ……」
「何だ」
「いや、なんでもない」
テシアが素早くリリーナの方を見た。リリーナは静かにうなずく。テシアがまた素早く前を向いた。
さすがに空気を読む子だった。
◇ ◇ ◇
学園生活の残りの期間は、穏やかだった。
アーレンは授業に出るようになった。全部ではないけど。でも、以前よりはるかに多く。出席日数と提出課題を補うために、リリーナとの勉強会も続いた。
ただし今度は、教える役と教わる役が入れ替わることも増えた。
「ここの解き方、俺の方が早い」
「知っています。教えてください」
「……お前が知らないのが珍しい」
「あなたが知っていることの方が珍しいです」
「それは貶しているか」
「褒めています」
アーレンが黙った。また耳が赤くなっている。前髪がなくなったので、顔が見える分だけ照れが分かりやすくなったと思う。本人は気づいていないか、気づいていても何も言わない。
リリーナは特に指摘しなかった。なんとなく、かわいいと思ったから。
◇ ◇ ◇
卒業試験の一週間前、父から手紙が届いた。
近況確認の後、本題が続いた。
――お前が留学中の間のことを、いくつか伝えておく。ヴァントワーズ家のマリカ嬢だが、試験不正による退学の件が正式に記録として残り、貴族社会での立場を失った。各家からの招待も途絶えているとのことだ。
――エルハルト殿下については、先のお前への仕打ちが改めて取り沙汰されるようになっている。あの夜会での婚約破棄の次第は、当事者たちの口から少しずつ外に漏れており、「軽率どころか不誠実だった」という評が広まりつつある。婚約者候補との縁談も、いくつか断られているという話だ。
リリーナは便箋を折りたたんだ。
(終わった……)
そう思った。
怒りでも溜飲でもなく、ただ静かに、終わった、という感覚があった。あの夜会から始まったいろんなことが、ちゃんと終わりの形に向かっている。それだけだった。
「何の手紙だ」
向かいに座っていたアーレンが言った。今日も勉強会の途中だった。
「父から。故国の近況です」
「いい話か、悪い話か」
「いい話だったかもしれません。どちらかと言えば」
「……お前が楽しそうじゃないのに?」
「こういうのは楽しいとも違うような気がするんですが――」
リリーナは手紙を鞄に入れた。
「ただ、終わったかなと」
「何が」
「昔のこと。全部。ちゃんと、終わりました」
アーレンが、少しの間リリーナを見た。
「それでいいのか」
「十分です」
アーレンが何かを言いかけて、止めた。
「……なら、いい」
それだけだった。
リリーナは少し笑って、ノートを開いた。
「続きをやりましょう。卒業試験まで一週間です」
「分かってる」
「アーレンの不得意科目は――」
「不得意はない」
「語学の実技が――」
「ある程度はある」
「卒業試験の語学は口頭試問があります」
「……分かった、やる」
またいつもの調子に戻った。
リリーナはノートにペンを走らせながら、思った。
(ここが好き……)
この調子が。このやり取りが。向かいに座っているこの人が。
言葉には出さなかった。言わなくても、分かっていると思ったから。




