25 エピローグ
卒業式は、春の光の中で行われた。
学園の大広間に生徒と保護者が集まって、一人ずつ名前が呼ばれる。リリーナの名前が呼ばれたとき、拍手の中にテシアの声が混じっていて、振り向くと、泣いていた。
「テシア、なぜ泣いているんですか」
「なんか急に寂しくなって……」
「また会えます」
「グランシアは遠いじゃん」
「手紙を書きます」
「絶対だよ」
「えぇ、絶対」
テシアが、鼻をすすった。
アーレンの名前が呼ばれたとき、会場が少しざわめいた。前髪がなくなって顔がはっきり見えるようになったアーレンは、学園内でそれなりに目立つようになっていた――良い意味で。本人は気にしていないようだったが。
壇上で学園長から証書を受け取るアーレンを、リリーナは見ていた。
学園長が何か言っていた。アーレンが短く答えていた。学園長が、眼鏡の奥でわずかに目を細めた。満足しているような、安堵しているような顔に見えた。
この学園長が、あの日「問題児の教育係」をリリーナに押しつけた。
押しつけられた、と思っていた。最初は。でも、今は――
(ありがとうございます)
◇ ◇ ◇
学園の正門を出たのは、午後になってからだった。
アーレンの馬車が待っていた。グランシアへ向かう長旅の始まり。
カイは荷物を積んでいて、テシアがまだそこにいた。しかもまた泣いていた。
アーレンが先に乗り込み、リリーナはテシアをしっかり抱きしめて、別れを惜しみながら馬車に乗り込んだ。
やがて扉が閉まって、馬車が動き始めた。
「テシアが泣いていた」
「そうですね」
「お前は泣かなかった」
「後で泣くかもしれません」
「後で、か」
「今は泣く気がしないんです。新しい場所へ行く気がして」
アーレンが、窓の外を見た。流れていく景色の中に、学園の尖塔がだんだん小さくなっていく。
「……グランシアには行ったことがない」
「楽しみですか」
「……少し」
少しの間、沈黙があった。悪くない沈黙だった。
「リリーナ」
「何ですか」
「着いたら、俺の親戚の者に会わせなければならない。うるさい者が多い」
「それは大変ですね」
「お前が対応してくれ」
「なぜ私が」
「得意だろう」
「……まあ、不得意ではないですが」
「頼む」
「……分かりました」
リリーナは窓の外を見た。道の両側に、春の花が咲いている。
(また、世話を焼いている)
そう思ったが、嫌ではなかった。
「……ただ、一つだけ」
「何ですか」
「お前は今後、俺に世話を焼こうとするだろう」
「……するかもしれません」
「するな」
「え」
「もう焼かなくていい」
リリーナは、アーレンを見た。
アーレンは窓の外を向いていた。耳が赤かった。前髪がないので、顎のラインまではっきりと見えた。
「今度は、俺が焼く番だ」
ぼそりと言った。
「……え」
「お前の世話を。俺が焼く」
「それは――」
「文句があるか」
「……ありません」
「ならいい」
「でも習慣というのはなかなか――」
「直せ」
「……分かりました」
分かったとは言ったが、たぶん無理だとも思った。
でも今は、そう言っておくことにする。
馬車は軽快に、港への道を走っていく。海を越えれば、グランシア。父が待っている。新しい生活が待っている。
(世話を焼く番、か)
リリーナは小さく笑う。
アーレンが気づいて、こちらを見た。金色の目が、まっすぐこちらを向いていた。
「何がおかしい」
「おかしくはないです」
「では何だ」
「嬉しいな、と思って」
アーレンが黙った。
しばらくして、また窓の外を向く。
「……そうか」
声が、少し柔らかかった。
馬車の中は、春の光が窓から差し込んでいる。
リリーナは膝の上で手を組んで、これから向かう場所を思った。
新しい日々が始まる。
そして、隣にはこの人がいる。世話を焼かれる人が。世話を焼くと宣言した、頑固で不器用で、でも誰より真っすぐな――この人が。
婚約破棄された世話焼き令嬢は、隣国で問題児王子の溺愛に捕まりました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
リリーナの癖は、たぶん一生治りません。
アーレンの不器用さも、たぶん一生治りません。
でも、それが二人にはちょうど良いのです。




