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婚約破棄された世話焼き令嬢は、隣国で問題児に捕まりました  作者: ミナト


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22/25

22 側妃

 突然、石室の扉が外から開き、リリーナは顔を上げた。

 入ってきたのは、一人の女性だった。

 四十代半ばくらいの落ち着いた佇まいで、装飾の多い衣を纏っている。顔立ちは整っていて、目だけが、全体の印象とは少し噛み合わない、鋭さがあった。


(側妃、エリザ・ヴォルト)


 一目で分かった。

 女は扉口に立ったまま、リリーナを見ていた。値踏みするような目だったが、敵意むき出しではなかった。それがかえって、注意が必要な相手だと告げていた。


「グランシアの侯爵令嬢」


 声は穏やかだった。


「話があって来ました」

「……伺います」


 リリーナは立ち上がった。石の床に長く座っていたので足が少し痺れていたが、顔には出さずに。


「アーレンに、継承争いから手を引くよう伝えていただきたい」

「……殿下はとっくに手を引いています。継承権の放棄を宣言しました」

「口でそう言っているだけです。宣言一つで信じられるほど、私は楽観的ではありません」

「では何を」

「この国から出て行ってほしい。グランシアへ渡るとか言っていますね。早めにそうしてもらいたい。それをあなたから伝えていただければ——」

「できません」


 リリーナは静かに言った。


「アーレンが自分で決めたことです。私が口を挟む話ではありません」

「あなたが彼に影響を与えていることは分かっています」

「影響があるかどうかは分かりませんが、人の決断を覆せるほどではないと思っています」


 側妃が、少し目を細めた。


「強情な方ですね」

「よく言われます」

「あなたのためを思って言っています。アーレンのそばにいると、危険です。これまでもそうだったでしょう」

「そうですね」

「それでも、一緒にいるつもりですか」

「はい」


 リリーナは迷わず答えた。


「何があっても?」

「何があっても」


 側妃が、もう一度リリーナを見た。長い沈黙だった。


「……困った人ですね」


 側妃が、袖から何かを取り出した。

 小さな石だった。半透明で、内側から弱い光が漏れている。


(術式石)


 リリーナは一瞬で判断した。呪いを強化する、あるいは発動させるための触媒。それが今、側妃の手の中にある。


「アーレンの呪いを、今夜で終わらせます」


 側妃の声から、穏やかさが消えた。


「終わらせる、というのは——解くという意味ですか」

「眠りから醒めない眠りにする、という意味です」


 リリーナの喉が、締まった。


「そうすればライゼルが継承者となり、争いは終わる。あなたも、誰も——これ以上傷つかずに済む」

「それはアーレンが傷つく話ではありませんか」

「アーレンは眠るだけです。苦しまないわ」


 側妃の目が、本気だった。悪意ではなく、自分の中に完成した論理で動いている目だった。


「……あなたは」


 リリーナは言葉を選んだ。


「ライゼル殿下のために、そこまでするんですか」

「当然です」

「証拠は、すでに揃っています」


 側妃の動きが、止まった。


「魔法師団が術式の記録を押さえました。ルードも捕まっています。今夜この石を使えば、呪いをかけた証拠がもう一つ増えるだけです。あなたが断罪されるのは変わらない」

「分かっています」

「では——」


 リリーナは続けた。


「ライゼル殿下はどうなりますか。母君が呪殺を試みた事実は残ります。殿下がそれをどこまで知っていたかに関わらず、王位継承者として立てる立場ではなくなります。今夜この石を使うことは、殿下の未来まで終わらせることになる」


 側妃の顔が、揺れた。


「……ライゼルは関係ない」

「関係なくはいられません。母君がここで動けば、殿下まで道連れになります。それでも、しますか」

「余計なことを」

「余計なことかもしれません。でも——」


 そう言いかけたとき、突然大きな音とともに、扉が吹き飛んだ。

 思わずそちらに視線を向けると、そこには——

 アーレンが、立っていた。


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