22 側妃
突然、石室の扉が外から開き、リリーナは顔を上げた。
入ってきたのは、一人の女性だった。
四十代半ばくらいの落ち着いた佇まいで、装飾の多い衣を纏っている。顔立ちは整っていて、目だけが、全体の印象とは少し噛み合わない、鋭さがあった。
(側妃、エリザ・ヴォルト)
一目で分かった。
女は扉口に立ったまま、リリーナを見ていた。値踏みするような目だったが、敵意むき出しではなかった。それがかえって、注意が必要な相手だと告げていた。
「グランシアの侯爵令嬢」
声は穏やかだった。
「話があって来ました」
「……伺います」
リリーナは立ち上がった。石の床に長く座っていたので足が少し痺れていたが、顔には出さずに。
「アーレンに、継承争いから手を引くよう伝えていただきたい」
「……殿下はとっくに手を引いています。継承権の放棄を宣言しました」
「口でそう言っているだけです。宣言一つで信じられるほど、私は楽観的ではありません」
「では何を」
「この国から出て行ってほしい。グランシアへ渡るとか言っていますね。早めにそうしてもらいたい。それをあなたから伝えていただければ——」
「できません」
リリーナは静かに言った。
「アーレンが自分で決めたことです。私が口を挟む話ではありません」
「あなたが彼に影響を与えていることは分かっています」
「影響があるかどうかは分かりませんが、人の決断を覆せるほどではないと思っています」
側妃が、少し目を細めた。
「強情な方ですね」
「よく言われます」
「あなたのためを思って言っています。アーレンのそばにいると、危険です。これまでもそうだったでしょう」
「そうですね」
「それでも、一緒にいるつもりですか」
「はい」
リリーナは迷わず答えた。
「何があっても?」
「何があっても」
側妃が、もう一度リリーナを見た。長い沈黙だった。
「……困った人ですね」
側妃が、袖から何かを取り出した。
小さな石だった。半透明で、内側から弱い光が漏れている。
(術式石)
リリーナは一瞬で判断した。呪いを強化する、あるいは発動させるための触媒。それが今、側妃の手の中にある。
「アーレンの呪いを、今夜で終わらせます」
側妃の声から、穏やかさが消えた。
「終わらせる、というのは——解くという意味ですか」
「眠りから醒めない眠りにする、という意味です」
リリーナの喉が、締まった。
「そうすればライゼルが継承者となり、争いは終わる。あなたも、誰も——これ以上傷つかずに済む」
「それはアーレンが傷つく話ではありませんか」
「アーレンは眠るだけです。苦しまないわ」
側妃の目が、本気だった。悪意ではなく、自分の中に完成した論理で動いている目だった。
「……あなたは」
リリーナは言葉を選んだ。
「ライゼル殿下のために、そこまでするんですか」
「当然です」
「証拠は、すでに揃っています」
側妃の動きが、止まった。
「魔法師団が術式の記録を押さえました。ルードも捕まっています。今夜この石を使えば、呪いをかけた証拠がもう一つ増えるだけです。あなたが断罪されるのは変わらない」
「分かっています」
「では——」
リリーナは続けた。
「ライゼル殿下はどうなりますか。母君が呪殺を試みた事実は残ります。殿下がそれをどこまで知っていたかに関わらず、王位継承者として立てる立場ではなくなります。今夜この石を使うことは、殿下の未来まで終わらせることになる」
側妃の顔が、揺れた。
「……ライゼルは関係ない」
「関係なくはいられません。母君がここで動けば、殿下まで道連れになります。それでも、しますか」
「余計なことを」
「余計なことかもしれません。でも——」
そう言いかけたとき、突然大きな音とともに、扉が吹き飛んだ。
思わずそちらに視線を向けると、そこには——
アーレンが、立っていた。




