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婚約破棄された世話焼き令嬢は、隣国で問題児に捕まりました  作者: ミナト


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21/25

21 行かなければ

 引きずられるように連れていかれながら、リリーナは冷静に考える。


(想定内ではあるわ)


 想定内ではあったが、どうにかなるとまでは思っていなかった。

 ただ――

 ここで取り乱しても何も変わらない。

 状況を把握すること。どこに連れて行かれるかを感じ取ること。それに集中する。

 石の床。下り坂。空気が変わった――


(地下?)


 やがて、動きが止まり、目隠しが外された。

 そこは薄暗い石室だった。壁に一つだけ燭台があって、揺れる炎が室内を照らしている。

 扉が閉まり、一人になる。


 リリーナは部屋を見回した。扉は鉄製で、取っ手が内側にない。窓もない、地下の石室のようだ。


(アーレンはまだ、知らない)


 だが、カイが気づくかもしれない。部屋に戻ったとき、リリーナがいなければ。

 ただ、それがいつになるかは分からない。

 リリーナは石の床に腰を下ろして、膝を抱える。


 怖い、と思った。正直、怖かった。

 暗くて狭い部屋で一人、ということより――

 アーレンに何かされるのではないかという怖さの方が、ずっと大きい。


(呪いを使われる)


 わたしを人質にして、アーレンを動けなくする。その方が、側妃にとっては確実だ。アーレンが大切にしているものを前にすれば、アーレンは――。


(だめ)


 リリーナは首を振った。

 考えていても仕方ない。今できることを考えなければ。


 手は後ろで縛られていない。魔法は試してみたが、微弱な光球を作ろうとすると、何かが邪魔した。魔法封じの術式が部屋にかかっているらしい。

 鉄の扉はとても内側から開けられそうにない。


(……待つしかないか)


 その結論に行き着いて、リリーナはため息をついた。

 嫌いな状況だった。世話を焼く方が性分に合っているから。待つだけ、というのは一番、消耗する。

 それでも――アーレンが来ると、信じていた。

 根拠があるとかないとかではなく、そう思った。


 ◇ ◇ ◇


 一方、アーレンは西翼の手前の廊下にいた。

 魔法師団の者たちが先を行き、カイが隣にいた。作戦は単純だった。魔法師団が正面から入り、アーレンが背後を押さえる。側妃には逃げ場がない。

 そのとき、カイが止まった。


「……殿下」

「何だ」


 アーレンが、止まった。


「殿下の部屋の近くに隠し通路がありました。西翼の地下と、居住棟を繋ぐ古い通路が――地図には載っていませんでしたが、古い記録にあります」

「なぜ今言う」

「今確認が取れましたので」


 アーレンは一秒、考えなかった。


「リリーナのところへ行く」


 カイが頷くより早く、アーレンは走り始めた。

 廊下を曲がったとき――

 波のような感覚が、頭の奥から押し寄せた。


(くそっ……こんなときに)


 眠りの呪い。

 今夜に限って強くなるだろうとは思っていた。側妃が追い詰められているなら、最後の手段として呪いを全力で発動させるかもしれないと、頭では理解していた。

 でも――今は、まずい。

 アーレンは廊下の壁に手をついた。膝が、ゆっくりと崩れようとした。


(……まずい)


 頭が、重くなっていく。目の奥に、闇が広がろうとしている。

 リリーナがどこかの石室にいる。

 分かっていた。罠だったことも、最初から自分を引き離すための動きだったことも。でも今はそれより、リリーナが一人で暗い場所にいて、自分が来るのを待っているかもしれない。

 あいつはこういうとき、怖くても取り乱さない。膝を抱えて、じっと考える。そういう奴だ。だから余計に――

 行かなければ、と思う。


「――殿下」


 カイの声が遠かった。


「……行く」


 アーレンは壁から手を離した。

 膝が、揺れた。立て直した。


「行く」


 もう一度、言った。

 闇が押し寄せてくる。眠れ、と言ってくる。休め、と言ってくる。ずっとそうだった。二年以上、この声に従ってきた。

 でも今は。


「リリーナのところへ行く」


 歯を噛んで、一歩踏み出した。

 壁に手をつきながら、廊下を進んだ。カイが脇を支えようとしたが、振り払った。支えてもらうより、自分の足で行きたかった。

 一歩、また一歩。

 闇が、揺れた。

 アーレンは止まらなかった。


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