21 行かなければ
引きずられるように連れていかれながら、リリーナは冷静に考える。
(想定内ではあるわ)
想定内ではあったが、どうにかなるとまでは思っていなかった。
ただ――
ここで取り乱しても何も変わらない。
状況を把握すること。どこに連れて行かれるかを感じ取ること。それに集中する。
石の床。下り坂。空気が変わった――
(地下?)
やがて、動きが止まり、目隠しが外された。
そこは薄暗い石室だった。壁に一つだけ燭台があって、揺れる炎が室内を照らしている。
扉が閉まり、一人になる。
リリーナは部屋を見回した。扉は鉄製で、取っ手が内側にない。窓もない、地下の石室のようだ。
(アーレンはまだ、知らない)
だが、カイが気づくかもしれない。部屋に戻ったとき、リリーナがいなければ。
ただ、それがいつになるかは分からない。
リリーナは石の床に腰を下ろして、膝を抱える。
怖い、と思った。正直、怖かった。
暗くて狭い部屋で一人、ということより――
アーレンに何かされるのではないかという怖さの方が、ずっと大きい。
(呪いを使われる)
わたしを人質にして、アーレンを動けなくする。その方が、側妃にとっては確実だ。アーレンが大切にしているものを前にすれば、アーレンは――。
(だめ)
リリーナは首を振った。
考えていても仕方ない。今できることを考えなければ。
手は後ろで縛られていない。魔法は試してみたが、微弱な光球を作ろうとすると、何かが邪魔した。魔法封じの術式が部屋にかかっているらしい。
鉄の扉はとても内側から開けられそうにない。
(……待つしかないか)
その結論に行き着いて、リリーナはため息をついた。
嫌いな状況だった。世話を焼く方が性分に合っているから。待つだけ、というのは一番、消耗する。
それでも――アーレンが来ると、信じていた。
根拠があるとかないとかではなく、そう思った。
◇ ◇ ◇
一方、アーレンは西翼の手前の廊下にいた。
魔法師団の者たちが先を行き、カイが隣にいた。作戦は単純だった。魔法師団が正面から入り、アーレンが背後を押さえる。側妃には逃げ場がない。
そのとき、カイが止まった。
「……殿下」
「何だ」
アーレンが、止まった。
「殿下の部屋の近くに隠し通路がありました。西翼の地下と、居住棟を繋ぐ古い通路が――地図には載っていませんでしたが、古い記録にあります」
「なぜ今言う」
「今確認が取れましたので」
アーレンは一秒、考えなかった。
「リリーナのところへ行く」
カイが頷くより早く、アーレンは走り始めた。
廊下を曲がったとき――
波のような感覚が、頭の奥から押し寄せた。
(くそっ……こんなときに)
眠りの呪い。
今夜に限って強くなるだろうとは思っていた。側妃が追い詰められているなら、最後の手段として呪いを全力で発動させるかもしれないと、頭では理解していた。
でも――今は、まずい。
アーレンは廊下の壁に手をついた。膝が、ゆっくりと崩れようとした。
(……まずい)
頭が、重くなっていく。目の奥に、闇が広がろうとしている。
リリーナがどこかの石室にいる。
分かっていた。罠だったことも、最初から自分を引き離すための動きだったことも。でも今はそれより、リリーナが一人で暗い場所にいて、自分が来るのを待っているかもしれない。
あいつはこういうとき、怖くても取り乱さない。膝を抱えて、じっと考える。そういう奴だ。だから余計に――
行かなければ、と思う。
「――殿下」
カイの声が遠かった。
「……行く」
アーレンは壁から手を離した。
膝が、揺れた。立て直した。
「行く」
もう一度、言った。
闇が押し寄せてくる。眠れ、と言ってくる。休め、と言ってくる。ずっとそうだった。二年以上、この声に従ってきた。
でも今は。
「リリーナのところへ行く」
歯を噛んで、一歩踏み出した。
壁に手をつきながら、廊下を進んだ。カイが脇を支えようとしたが、振り払った。支えてもらうより、自分の足で行きたかった。
一歩、また一歩。
闇が、揺れた。
アーレンは止まらなかった。




