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婚約破棄された世話焼き令嬢は、隣国で問題児に捕まりました  作者: ミナト


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19/25

19 一人で動くな

(やはり、罠だったか……)


 思いながら、後退する。廊下の幅を測りながら、逃げ道を探した。背後は行き止まりに近い。前は二人が塞いでいる。


「大人しくしてください」


 男の一人が言った。「大人しくしていれば何もしない」という言葉が続くのだろうと、リリーナは思ったその時――


 廊下の角から人が飛び込んできた。

 一瞬で、男の一人が壁に押し込まれる。

 

 アーレンだった。


 打ち合わせ中のはずのアーレンが、なぜここに――

 考える間もなく、もう一人の男がアーレンに向かった。

 アーレンが体を半身に開いて、男の動きを流す。無駄のない動きで、十秒もかからなかった。


 気づけば、二人の男が廊下に倒れていた。

 倒れてはいるが、意識はある。アーレンが何かを言うと、男たちは立ち上がって廊下の奥へ消えていった。

 静寂が戻り、アーレンが、こちらに向く。

 前髪の向こうで――目が、怒っている気配がした。気配だけで分かる。声を聞く前から、分かった。


「……」


 沈黙があった。

 リリーナはその沈黙の重さを、正面から受け取るしかなかった。


「一人で動くな」


 静かな声。怒鳴っていない。叫んでもいない。

 ただ、これまでリリーナに向けてきたどの言葉とも違う、芯のある声だった。


「分かっているはずだ。なぜ来た」

「……頼まれて」

「断れなかったのか」

「……」

「リリーナ」


 アーレンが、一歩近づいた。


「断れなかったのか」

「……困っていそうだったので」


 アーレンは何も言わなかった。

 言わないまま、リリーナの腕を取った。強くはなく、でも確実に。

 そのまま廊下を歩き始めたので、リリーナは黙ってついていくしかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 自室の近くまで戻ってきて、アーレンがようやく手を離した。


「なぜここに来れたんですか。打ち合わせ中では」

「カイから連絡が来た。お前が西翼に向かったと」

「カイが――見ていたんですか」

「見ていた」

「……それはアーレン、あなたが頼んでいたんですか」

「そうだ」


 リリーナは少し止まった。


「昨夜から、ずっと見張っていたんですか」

「……そういうことだ」

「それは――」

「信用していないわけじゃない」


 アーレンが、前を向いたまま言った。


「ただ、お前は困っている人間を見ると止まれない。それは知っている。だから、俺が見ていないときに誰かに見ていてもらう必要があった」


 リリーナは少しの間、何も言えなかった。


(この人は)


 ずっとそうだった。

 学園のときから、少しずつ、こちらを見てくれていた。


「……ありがとうございます」

「礼はいらない」

「言います。それと、もう一つ」


 リリーナはアーレンの顔――前髪の向こうを――まっすぐ見た。


「ごめんなさい。言うことを聞きませんでした」


 アーレンが、少し動く。


「謝らないでいい」

「謝ります」

「……」


 長い沈黙。


「……分かった」


 アーレンが、短くつぶやくように言った。


「次は、俺を呼べ。それだけだ」

「はい」


 リリーナが返事をすると、アーレンがまた歩き始めた。リリーナも並んで歩く。

 廊下の窓から、午後の光が差し込んでいた。二人の影が、並んで床に伸びていた。


 ◇ ◇ ◇


 夕方の打ち合わせで、魔法師団の長が言った。


「西翼の魔法書庫の蔵書記録を調べました。五年前に幻惑系の術式書が数冊、側妃の私室に貸し出されています。返却はされていません」


 アーレンが書類を受け取る。


「それと」


 魔法師団の長が、もう一枚紙を出した。


「今朝、王宮の外で不審な人物が捕まりました。持っていた術式道具を調べたところ、アーレン王子にかかっている呪いと同系統のものでした。その人物が雇われた先は――」


 アーレンが受け取った書類を、リリーナは横から覗いた。

 そこに書かれた名前は、一行だけ。


 エリザ・ヴォルト。


「……証拠が、揃いましたね」


 リリーナが言うと、アーレンが静かにうなずいた。


「ああ」


 声は穏やかだったが、その一言に、長い間抱えてきたものがようやく形になった重みがあった。


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