18 罠
王宮への滞在は、二週間になっていた。
魔法師団との調査は着実に進み、眠りの呪いの術式を分析した結果、王宮内で使われた魔法の痕跡と一致する紋様が見つかった。さらにその術式の癖が、特定の魔法系統――水と夢を司る「幻惑系魔法」に属することも判明した。
王宮で幻惑系魔法を専門とする術者は、多くない。
「絞れてきた」
ある夜、アーレンが地図と資料を広げた部屋で言った。
「幻惑系の免許を持つ宮廷魔法師は十二人。そのうち王宮に在籍している者は八人。この術式の複雑さを施せるほどの技量を持つのは、そのうち三人だ」
「三人のうち、第二王子の母君と繋がりのある者は」
「調べている。ただ証拠がない」
アーレンは地図の一点に指を置いた。王宮の西翼――側妃の居住区だ。
「側妃、エリザ・ヴォルト。第二王子ライゼルの母。後宮で最も権力を持つ妃だ。幻惑系魔法の素養があることは記録にある。ただ宮廷魔法師の免許は持っていない」
「免許がなくても、素養があれば呪いはかけられますか」
「かけられる。ただし、そのレベルの術式を施すには相当な訓練が必要だ。独学か、誰かに師事したか――そこを洗っている」
リリーナは資料を手に取る。
「側妃の周辺の人間で、幻惑系に詳しい者がいれば」
「そこだ」
アーレンが別の書類を引き出した。
「西翼の専属魔法師に、一人いる。ルード・カナン。表向きは護衛担当だが、専門は幻惑系だ。五年前から側妃に仕えている」
「五年前」
「アーレンの呪いが始まったのは、二年と少し前のことでしたね」
リリーナが言うと、アーレンがうなずいた。
「準備期間があったとすれば、つじつまは合う」
「証拠を押さえるには、そのルードという人物か、側妃の私室に近づく必要がありますね」
「そこが問題だ」
アーレンが腕を組んだ。
「西翼は側妃の縄張りだ。俺が近づけば気取られる。カイを使うにも限界がある。魔法師団が動けば、調査していることが側妃に伝わる可能性がある」
「……誰も知らない顔で近づける人間が必要ですね」
言ってから、リリーナは気づいた。
(私は、まだ顔を知られていない)
ライゼルとは会った。だが側妃とは、まだ顔を合わせていない。王宮に来て二週間、リリーナはアーレンの部屋周辺と魔法師団の棟にしか行っていなかった。つまり側妃の陣営には、リリーナの顔がほとんど知られていないはずだ。
その可能性を口にするより前に、アーレンが言った。
「お前の考えていることは分かる」
「……」
「やめろ、危険だ」
「一番近道だと思いますが」
「だからやめろと言っている」
リリーナはアーレンを見た。前髪の向こうで、こちらをまっすぐ向いている気配がした。
「……分かりました」
その夜は、それで終わった。
◇ ◇ ◇
翌日の昼前、アーレンは魔法師団との打ち合わせに出かけた。
リリーナはおとなしく自室で資料を読んでいたが、一時間ほど経ったとき、廊下を通った使用人に声をかけられた。
「エルフォード様、西翼の倉庫で古い魔法書の整理をしているのですが、分類が分からないものがあって。魔法に詳しいと伺ったので、少しよろしいでしょうか」
頼まれごとを断るのは、リリーナの性分に合わない。
アーレンは打ち合わせ中で連絡が取れない。カイも今日は別の用事があると聞いている。少し見るだけなら、と。
(でも、罠かもしれない)
廊下を歩きながら、半分は分かっていた。
でも、使用人はごく普通の顔をしていたし、本当に困っているように見えた。
こういうとき、リリーナは立ち止まれない。困っている人間が目に入ると、判断より先に体が動く。
それは自分でも知っている、どうしようもない癖だった。
西翼の廊下に入ったとき、使用人の姿がなかった。
振り返る間もなく、背後から腕が伸びてきて――
リリーナは反射的に身をよじる。
完全には逃げられなかったが、腕に捕まる前に半歩だけ前に出ることに成功した。
振り向くと、男が二人いた。見覚えのない顔だった。使用人でも衛兵でもない、私服の男がいた。




