17 第二王子
王宮に来て七日目の午後。
リリーナは一人で王宮の中庭を歩いていた。アーレンは魔法師団との別件の打ち合わせがあって、一時間ほど離れているから。
噴水のそばで立ち止まって、空を見上げる。秋の光が、石畳に白く落ちていた。
「グランシアの侯爵令嬢だそうですね」
声の方向に振り向くと、青年が立っていた。
二十歳前後か、整った顔立ちで、金色の瞳。服装は明らかに王族のそれで、胸章の紋章がアーレンより上位のものを示していた。
(もしかして、第二王子……?)
リリーナは直感した。アーレンから聞いていた情報と、目の前の人物が重なった。
「ライゼル・ヴェルト・ケセルトです」
青年は、にこりと笑って自己紹介した。笑顔は愛想がよかった。
だからこそ、リリーナは目の奥を見た。
「リリーナ・エルフォードと申します」
「知っています。アーレンの婚約者になったとか」
「そのように」
「ご愁傷様です」
リリーナは少し首を傾けた。
「どういう意味でしょう」
「あの弟は問題児でしょう。学園でも散々だったと聞いていますよ。そんな相手を婚約者にするなんて、よほどのことがあったのかと」
「そうですね」
「ほう」
「でも、尊敬しているので」
ライゼルが、わずかに目を細めた。
「尊敬、ですか」
「はい」
「物好きですね」
「よく言われます」
ライゼルが噴水の縁に腰かけた。リリーナは立ったまま、距離を保った。
「一つ、教えてあげましょう」
声が、少し変わった。愛想のいい層の下にあるものが、わずかに滲んだ声だった。
「アーレンにかかっている呪いは、そう簡単には解けません。術者が解かない限り、じわじわと効き続ける。最終的には――眠りから醒めなくなります」
リリーナは動かなかった。
「……脅しているのですか?」
「事実をお伝えしています」
「そうですか……」
「怖くないんですか」
「もちろん、怖いです」
リリーナは正直に答えた。
「だから解くためにもっと動かないと、と思いました」
「解けなかったら?」
「解きます」
「根拠は」
「あなたが術者なら、解いてもらいます」
リリーナは動じずにライゼルを見た。
「……面白いことを言いますね」
ライゼルが、また笑う。今度の笑みは最初とは違う種類だった。
「私が術者かどうかは、まだ分かっていないでしょうに」
「そうですね。だから『なら』と言いました」
「なるほど」
ライゼルが立ち上がった。
「アーレンがそんな婚約者を選ぶとは思いませんでした」
「私も思いませんでした、こうなるとは」
「まあ――」
ライゼルが、リリーナのそばを通り過ぎた。耳元に近い距離で、低い声が落ちた。
「兄上はどうせ長くない」
リリーナは動かなかった。
ライゼルの足音が、中庭の石畳を遠ざかっていく。
噴水の音だけが残った。
(長くない、か)
リリーナは息を吐いた。
怖い、と思った。
あの言い方は、単なる脅しではない気がしたから。
確信を持って言っている声だった。
でも――
リリーナは空を見上げる。
(だから、早く解かなければ)
それだけだった。
アーレンが戻ってくる。一時間の打ち合わせはそろそろ終わる頃だ。
リリーナは中庭を歩き始める。アーレンのいる棟の方向へと。




