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婚約破棄された世話焼き令嬢は、隣国で問題児に捕まりました  作者: ミナト


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16/25

16 婚約者

 父王からの正式な書状が届いたのは、王宮に滞在して三日目の朝だった。

 アーレンの部屋に届けられた書状を、二人で並んで読む。内容は簡潔だった。


 ――王位継承権の放棄を認める。アーレン・ヴェルト・ケセルトは第三王子の身分を保ったまま、学園卒業後にグランシアへ渡ることを許可する。リリーナ・エルフォードとの婚約は、両家の合意を経た上で正式に締結することとする。呪いの解呪については王宮魔法師団が協力する。――


「……思ったより、あっさりしていますね」

「父上はそういう人だ。言うべきことは謁見の間で全部言う。書状は確認のためのものだ」

「なるほど」


 リリーナは書状をテーブルに置いた。

 婚約が、正式に。

 その言葉の重さを、もう一度確かめる。

 一度目の婚約は気づいたら始まっていて、気づいたら終わっていた。

 今度は、自分が「逃げません」と言った上で、始まるものだった。

 同じ婚約という言葉でも、まったく違うものだと思った。


「リリーナ」

「はい」

「これで正式に、お前は俺の婚約者だ」

「……はい、そうなりますね」

「分かっているか」

「分かっています」

「本当に分かっているか」


 リリーナはアーレンを見る。


「どういう意味ですか」

「逃げても無駄だということが、分かっているかと聞いている」


 リリーナは一拍置いた。


「……逃げないと言いました」

「言った。ただ、念のため言っておく」


 アーレンは静かに、しかしはっきりと言った。


「逃げようとしても無駄だ」


 リリーナは返す言葉を探した。

 探したが、見つからなかった。

 アーレンがこちらを向いている。前髪で目は見えないが、気配がはっきりとこちらを向いているのがわかる。今まで誰とも関わろうとしなかった人間が、今は真正面からこちらに向いている。

 その重さが、じわりと伝わってきた。


「……分かりました」


 そう答えると、アーレンが、小さく――本当に小さくだったが――鼻で息をした。

 呆れているのか、安堵しているのか、判断がつかない音だった。


 ◇ ◇ ◇


 翌日から、何かが変わった。

 具体的に何が、と言われると難しい。ただ、アーレンの「いる」距離が変わった。

 朝食に、現れるようになった。今まで食堂に来ない日の方が多かったのに、リリーナが席に着くと少し遅れてアーレンが来て、斜め向かいに座る。何も言わずに食べて、何も言わずに出ていく。でも来る。

 廊下を歩くとき、少し後ろをついてくるようになった。リリーナが別の方向へ行こうとすると――


「どこへ行く」


 と聞いてくる。


「図書室です」

「……俺も行く」

「本を探すんですか」

「そうだ」


 図書室でアーレンが本を探す気配はなかったが、隣の椅子に座って、黙ってリリーナが調べ物をするのを見ていた。

 三日目に、リリーナは聞いてみた。


「監視しているんですか」

「違う」

「では何ですか」

「……いる」

「いる、だけですか」

「それの何が問題だ」


 問題はない。ただ、心臓が少し落ち着かなかっただけで。


 ◇ ◇ ◇


 王宮の魔法師団との打ち合わせは、五日目に行われた。

 眠りの呪いの種類と発症のタイミングから、術者の特定を進めるという内容で、アーレンが詳細を説明し、魔法師団の長が記録を取る。リリーナは同席して、学園での発症パターンを補足した。


「毎回、どのくらいの間隔で?」

「授業中であれば、だいたい一時間に一度か二度、強制的に意識が落ちます。それとは別に、深く引きずり込まれるときがあって――そのときは何をしても起きません」

「二段階あるということか」

「そう見えました。浅い方は無理やり引き戻せますが、深い方は本人が自然に目覚めるのを待つしかないようで」


 魔法師団の長が、アーレンと視線を交わす。


「長期間かけて蓄積されたタイプの呪いです。一度で強くかけるのではなく、少しずつ積み重ねて効果を強化する手法――これを施せる術者は、王宮の中でも限られます」

「絞れますか」

「絞れます。ただ、断定には証拠が必要です」

「進めてくれ」


 アーレンの声は穏やかだったが、指示に慣れた声だった。学園でのぼんやりした声とは、やはり違う。

 打ち合わせが終わり、廊下に出たとき、リリーナはアーレンに聞いた。


「少し聞いていいですか」

「何だ」

「王宮にいるときのあなた、学園のときと全然違いますね」


 アーレンが止まった。


「……どちらが本当のあなたですか」

「両方だ」

「両方……」

「学園のあれは、力が抜けすぎていた。こっちは……締めすぎている、かもしれない」


 リリーナは少し考えた。


「では、どちらが楽ですか」

「……」


 アーレンは答えなかった。だが、少しして――


「お前といるとき」


 と言った。

 リリーナは止まりそうになる息を、なんとかした。


「それは、どちらでもないということですか」

「そうだ」

「……そうですか」

「何か問題か」

「いいえ」


 問題はなかった。ただ、この会話を処理するのに少し時間がかかっただけで。


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