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婚約破棄された世話焼き令嬢は、隣国で問題児に捕まりました  作者: ミナト


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14/25

14 宣言

 ケセルト王宮は、思っていたより静かな場所だった。

 重厚な石造りの城壁、広い中庭、回廊に並ぶ衛兵――格式と緊張感はあるが、リリーナが想像していたような「剣呑な空気」は、少なくとも表には出ていなかった。


(水面下では、別なのかもしれないけど……)


 カイが先導して廊下を歩く。アーレンはリリーナの少し前を歩いていた。背筋が伸びていた。学園でのぼんやりした歩き方と、また少し違う――ここが自分の場所だと、体が覚えている歩き方だった。


「緊張していますか」


 小声で聞くと、アーレンが少し振り返った。


「していない」

「そうですか」

「お前は」

「少し」


 アーレンが前に向き直った。


「……必要ない。お前は喋らなくていい」

「え、それはさすがに――」

「俺が話す。お前は隣にいればいい」


 隣にいればいい、という言い方が少し引っかかったが、今は突っ込まないことにした。


 ◇ ◇ ◇


 謁見の間は、思っていたより広くなかった。

 いや、広さは十分にあるのだが――中に入ったとき、まず目に入ったのは玉座ではなくその上にいる人物だった。

 王と思われるその人物は、体格はがっしりしているが年齢で削られた感がある。目だけが、若かった。鋭くて、静かで、すべてを測るような目。

 そしてその目の色が――金色だった。


(王族の目、か)


 リリーナは一瞬、アーレンと重ねた。あの黄金色の瞳の出所が、今はっきりと分かった。

 アーレンが膝をついた。リリーナも倣った。


「アーレン」


 王の声は低く、静かだった。感情の読みにくい声だった。


「二年ぶりか」

「……はい」

「元気そうだな」

「おかげさまで」

「おかげさまで、か」


 王が少し笑った気がした。気がした、という程度のわずかな変化だった。


「面を上げろ」


 二人が顔を上げる。王はアーレンをしばらく見て――それからリリーナを見た。


「隣の娘は」

「俺の教育係です」


 アーレンが答えた。


「教育係」

「はい。学園で――いろいろ世話になりました」


 いろいろ、という言葉にどれだけの重みが入っているか、リリーナには分かった。王には分からなかっただろうが。


「そうか」


 王は視線をアーレンに戻した。


「今日来たのは、話があるからだろう」

「はい」


 アーレンが、背筋を伸ばした。元々伸びていたが、もう一段、伸びた。


「王位継承権を、放棄します」


 謁見の間の空気に緊張が走る。


「……理由を聞こう」

「俺には、王になる気がありません。継承争いに加わる気もない。今まで曖昧にしてきたのは俺の怠慢でした。はっきり伝えるために来ました」


 王は動かなかった。


「呪いのことも、知っています」


 アーレンが続けた。


「誰がかけたかも、ほぼ分かっています。それを解くために動くつもりです。ただ、それとは別に――継承権はいらない。それだけははっきりさせておきたかった」

「……そうか」


 王がゆっくりとうなずいた。


「お前がそう言うだろうとは、思っていた」

「父上は」

「何も言わん。お前の人生だ」


 アーレンが、わずかに息を吐いた。緊張が少しだけほどけた音がした。

 リリーナも、静かに息を吐いた。

 うまく行った、と思った。王が穏やかに受け取ってくれた。ここからは呪いの話に移って、対策を協議して――。


「それで」


 王が言った。


「隣の娘のことだが」

「……はい」

「教育係、と言ったが。それだけか」


 リリーナはまっすぐ前を向いたまま、わずかに首を傾けた。

 アーレンが、一拍黙った。

 その一拍が、少し長かった。


「……いえ」


 アーレンが言った。


「違います」

「どう違うんだ」


 王が、興味深そうに――あるいは試すように――聞いた。


「リリーナ・エルフォードといいます。グランシアの侯爵令嬢で、俺の教育係で――」


 アーレンはそこで一呼吸置いた。


「――俺が、隣国へ渡って結婚する相手です」



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