14 宣言
ケセルト王宮は、思っていたより静かな場所だった。
重厚な石造りの城壁、広い中庭、回廊に並ぶ衛兵――格式と緊張感はあるが、リリーナが想像していたような「剣呑な空気」は、少なくとも表には出ていなかった。
(水面下では、別なのかもしれないけど……)
カイが先導して廊下を歩く。アーレンはリリーナの少し前を歩いていた。背筋が伸びていた。学園でのぼんやりした歩き方と、また少し違う――ここが自分の場所だと、体が覚えている歩き方だった。
「緊張していますか」
小声で聞くと、アーレンが少し振り返った。
「していない」
「そうですか」
「お前は」
「少し」
アーレンが前に向き直った。
「……必要ない。お前は喋らなくていい」
「え、それはさすがに――」
「俺が話す。お前は隣にいればいい」
隣にいればいい、という言い方が少し引っかかったが、今は突っ込まないことにした。
◇ ◇ ◇
謁見の間は、思っていたより広くなかった。
いや、広さは十分にあるのだが――中に入ったとき、まず目に入ったのは玉座ではなくその上にいる人物だった。
王と思われるその人物は、体格はがっしりしているが年齢で削られた感がある。目だけが、若かった。鋭くて、静かで、すべてを測るような目。
そしてその目の色が――金色だった。
(王族の目、か)
リリーナは一瞬、アーレンと重ねた。あの黄金色の瞳の出所が、今はっきりと分かった。
アーレンが膝をついた。リリーナも倣った。
「アーレン」
王の声は低く、静かだった。感情の読みにくい声だった。
「二年ぶりか」
「……はい」
「元気そうだな」
「おかげさまで」
「おかげさまで、か」
王が少し笑った気がした。気がした、という程度のわずかな変化だった。
「面を上げろ」
二人が顔を上げる。王はアーレンをしばらく見て――それからリリーナを見た。
「隣の娘は」
「俺の教育係です」
アーレンが答えた。
「教育係」
「はい。学園で――いろいろ世話になりました」
いろいろ、という言葉にどれだけの重みが入っているか、リリーナには分かった。王には分からなかっただろうが。
「そうか」
王は視線をアーレンに戻した。
「今日来たのは、話があるからだろう」
「はい」
アーレンが、背筋を伸ばした。元々伸びていたが、もう一段、伸びた。
「王位継承権を、放棄します」
謁見の間の空気に緊張が走る。
「……理由を聞こう」
「俺には、王になる気がありません。継承争いに加わる気もない。今まで曖昧にしてきたのは俺の怠慢でした。はっきり伝えるために来ました」
王は動かなかった。
「呪いのことも、知っています」
アーレンが続けた。
「誰がかけたかも、ほぼ分かっています。それを解くために動くつもりです。ただ、それとは別に――継承権はいらない。それだけははっきりさせておきたかった」
「……そうか」
王がゆっくりとうなずいた。
「お前がそう言うだろうとは、思っていた」
「父上は」
「何も言わん。お前の人生だ」
アーレンが、わずかに息を吐いた。緊張が少しだけほどけた音がした。
リリーナも、静かに息を吐いた。
うまく行った、と思った。王が穏やかに受け取ってくれた。ここからは呪いの話に移って、対策を協議して――。
「それで」
王が言った。
「隣の娘のことだが」
「……はい」
「教育係、と言ったが。それだけか」
リリーナはまっすぐ前を向いたまま、わずかに首を傾けた。
アーレンが、一拍黙った。
その一拍が、少し長かった。
「……いえ」
アーレンが言った。
「違います」
「どう違うんだ」
王が、興味深そうに――あるいは試すように――聞いた。
「リリーナ・エルフォードといいます。グランシアの侯爵令嬢で、俺の教育係で――」
アーレンはそこで一呼吸置いた。
「――俺が、隣国へ渡って結婚する相手です」




