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異世界には娯楽が少ない。  作者: 紅くらげ


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009 不意打ち


 大人と子供との間では越えられない壁が確かに存在している。


 精神の強さ。知識の量。挙げていけばきりはないが、何より一番分かりやすいのは身体的な壁であろう。


 まあ、当然と言えば当然だ。

 成熟しきった大人の体と何もかもが未発達な子供とでは、骨の太さも筋肉の量も何より体つきが圧倒的に違うのだ。比べようとすること自体が愚かなことである。


 それゆえ、そこには手加減というものが発生する。

 未発達な子供に対し、大人は何かと己を縛る。

 力を抑えたり、スピードを落としたり、子供に合わせたレベルで争うのだ。


 何も子供相手にムキになる大人などいない。

 何も子供相手に全力を出す大人などいない。

 子供に勝ってもうれしくないからだ。

 身体的な差というどうにもならないハンデが常にある以上、勝って当たり前なのである。



「ノア様、真面目にしていただいてもよろしいでしょうか。」


 余韻が残る闘技場に怒りを孕んだ声が鳴る。


 もう、結構トラウマであった。

 ノアの肉眼では全くもって追えない速度で剣を弾かれたのだ。


 軽く投げたボールをバックスクリーンに放り込まれたのと同義である。

 手の届かないコーナーに弾丸シュートを決められたのと同義である。


 驚きよりも怖さが勝ち、怖さよりも呆れが勝った。


 俺に勝ってうれしいのかよ、と。子供の中でも底辺の男だぞ、と。

 心の中でぼそっと悪態をつく。


 いや、ふつう剣も握ったことのない子供に対し容赦なく剣を振るか??

 スタートと同時に速攻を仕掛けてくるか??

 普通先手は譲らない???


 もはや大人げないという言葉では言い表せず、いじめの域まで達していた。



 ――で、あるならばだ。この状況をどうとらえればよいのだろうか。


 純真無垢なか弱い少年に、騎士という称号を持った大人が容赦なく剣を振るう。

 明らかに常軌を逸しているのはあちらの方だ。

 裁判を起こせば問題となるのはあちらの方だ。

 俺が悪いことなどは一切ない、………はずなのだ。


 ……では、なぜ俺はシベリアに怒られているのだろうか???


 剣も持てぬ少年に、光よりも早い剣筋を見切れと本気で言っているのだろうか??

 剣技の“け”の字も知らぬ少年にそれができると本気で思っているのであろうか??


 あほである、ばかである、頭のねじがいくつか飛んでいる。




 良いだろうか、これが単なる大人と子供の戦いならまだわかる。


 あぁ、子供相手にムキになっちゃってほんとみっともないね。……で済んだ話なのである。


 だがシベリアは騎士なのだ。よりにもよってこの道何年のプロなのだ。

 この戦いをピラミッドで表すのなら頂点と底辺の争いなのだ。


 改めて聞こう。……ふつう本気出すか???


 勝負になるはずもなく、一方的にボコされる。至極当然なことであった。

 なぜ怒っているのであろうか、プロ相手に子供が抵抗できると本気で思っているのだろうか。


 160kmの剛速球を投げろと、ポストのコーナーまで手を届かせろと、奴は本気で言っているのであろうか????


 不可能なものは不可能である。無理なものは無理である。

 努力などでは覆らない、そういう理なのである。




 この世には“脳筋”や“筋肉バカ”と呼ばれる種族が存在している。

 筋肉を鍛えすぎるがあまり摂取した栄養のほとんどが筋肉に吸われ、脳が正常に働くだけのエネルギーを十分に得られることのできない者達の総称である。


 筋肉があるがゆえに常人ができぬことをし、バカであるがゆえに常人の考えつかぬことをする。

 故に放っておくと奴らはとんでもないことをしでかすのだ。


 そういう意味でも目の前にいるこのシベリアという女は確かに“脳筋”であるのだろう。


 不躾に頭からつま先までじっくりと見やる。


 しなやかでかつ鍛えぬかれた筋肉が装甲のように全身を覆い、肌着の下からは健康な腹筋がちらりと顔を覗かせる。それでいて女性らしい胸のふくらみはしっかりとあるから不思議なものである。


 ――ああ、なるほどそういうことだったのか。

 筋肉もある、大きな胸も持っている。

 ……可哀そうに、脳に行くはずの栄養がそれ以外のところへ全て吸われてしまったのだろう。バカになってしまうことは必然であったというわけだ。


 シベリアがなぜこれほどまでに理解の及ばぬ言動を取っていたのか合点がいき、俺は考えることをあきらめた。なぜなら考えても意味がないからだ。


 ならば簡単である。脳筋の対処法、それは相手にしないことなのである。


 奴らに常識は通じない。通じているようで通じない。分かっているようで全く分かっていない。奴らはそういう生き物だ。


 常識が通じないのであればこちらも同じようなことをすればよいだけなのだ。


 意を決したようにシベリアに向き直り、ゆっくりと腕を持ち上げる。

 そのまま人差し指を一本立て、シベリアの斜め後ろを指さした。


「――あっ、ユーフォ―!!」


 前世ではネタと化すほど使い古されたこの戦法だが、この世界で使われるのは初めてのことである。自称、元理大生の俺からすればUFOなる物体は荒唐無稽で信じられないものであるが、ことこの世界においてはそのUFOなる概念すら存在していない未知のものだ。UFOなどという言葉自体が新しい言語だと思われても致し方ない。


 ……だが、それでよいのだ。この戦法は指をさす方向に自然と目が行く人間の習性を利用するものであり、ここで発せられた言葉がなんであろうと今は全く関係がない。


 そのような人間の習性がこの世界でも通用するかは一か八かのかけであったが、シベリアはゆっくりと俺の指さす方へ振り返った。


 ……決まった。

 作戦オールグリーン。目標はゆっくりと振り返り、視線を俺から外して明後日の方へ向けている。


 ここからはスピード勝負だ。『え? 何もないけど?』と、停止していた脳が動き始め『そもそも、UFOってなんだ?』と猫騙しに気づき始めるまでのわずか数秒。その隙ができたわずか数秒の間に決着を付けなければならない。


 腰に手を回し獲物を手に取る。……短刀だ。武器選びのさい暗殺者っぽくてかっこいいな~、などという軽い気持ちであらかじめ腰に差しておいたのだ。俺の内なる中二心に感謝して一気に振りぬく。

 片手で抜刀。軽い、ここにきて軽いのである。そもそも大人用の剣を使うということ自体が間違っていたのだ。この短刀こそが身の丈に合った我が片手剣エクスカリバー。これなら重さで動けないなどということはない。重さに縛られることなく俺の力を100%出せるというわけだ。


 ……ふふふ。シベリアよ、俺の本当の力を見たいらしいじゃあないか。

 いいか、俺の100%はな、不意打ちをすることなんだよ!!!!!


「隙ありいいぃぃ!!!!」



 カキーン!! ……カラン、カラン。


 ふっ、決まった。

 今度こそ思い通りの軌道を描き、振りぬいた俺のナイフが隙を見せたシベリアの横腹にあた……っていない!??

 握っていたはずのナイフが手から消えており、何も握っていない拳は空を切った。 


 ――どこ行った俺のナイフ! いや俺の聖剣エクスカリバー!!



「ノア様、真面目にしていただけませんでしょうか。」


 むき直ったシベリアがそう言葉を紡ぐ。

 目にはこれでもかと怒気を含んでいた。


 ……なんでシベリアはしまっていたはずの剣を持ってるの???




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