004 味覚終了のお知らせ
慣れというのは怖いもので、気が付けば美味しくなかったはずの紅茶漬けをなんと完食してしまっていた。
もうここまでくると慣れというよりマヒに近い。
味覚の終了のお知らせに若干の恐怖心を抱きながらお口直しに食後のコーヒーを嗜む。
良かった。ちゃんと苦い。
どうやら苦みはまだ感じるようだ。
ついでに甘みを確かめるという建前でデザートを所望したいところだが、子爵とはいえ辺境という文字が先頭につくのは分かっているので、我儘はこれくらいにしといてやろう。
それにしてもどうしたものか。
食後のコーヒーを持ってきてくれたセリアに『今日の予定はどうなさいますか?』などと聞かれてしまった。
食事を終えたというのに専属メイドのはずのリズの姿は未だ見えないが、そこには触れず今日の予定を考える。
……うん、なにしよう。
長年研究していたフィールド魔法を完成してしまったため、予定を決められずにいるのだ。
この世界に転生してからというもののゲームをしたいという過剰すぎる要求に従うあまり、魔法の研究以外特に何もしてこなかった。
そうだ。正直いって目標がない。
これと言ってやりたいことがないのだ。
「ノ、ノア様? 私、何かお気に障ることでもしてしまいましたでしょうか……」
しばらく一言も発さず悩んでいるとセリアが顔を青くして恐る恐る聞いてきた。
朝からため息をついたり、がっかりした表情をしたりしていたため彼女を不安にさせてしまったようだ。
「いや、そんなことないよ。何をしようか悩んでただけ」
全くもって悪くないということを伝えるため、笑顔を作りセリアに向ける。
どうやら俺の渾身の笑顔が効いたようで、深々と頭を下げていたセリアは顔を上げ、ほっと胸をなでおろしていた。
「よ、よかったです。私、なにかやっちゃったのかと……」
思い返せば、セリアがこの屋敷に来たのは数か月前だったような気がする。
まだ慣れてもいないはずなのに屋敷の坊ちゃんが部屋で倒れ、専属メイドの仕事を急に任され、挙句の果てにはその坊ちゃんが溜め息をついている。
まあ、不安になるのも致し方ない話であった。
だが、安心してほしい。その坊ちゃんからの評価は100点なのだから。
うちのだめメイドとは責任感がまるで違う。てかそもそもリズはその仕事をセリアに押し付けているのだ。リズにA評価を付けている俺からすれば彼女が満点を取るのも必然なのだ。
おっと、話がそれてしまったな。
コーヒーを一口飲み、セリアの方を見る。
もうお昼も過ぎた。さすがにそろそろ今日の予定を決めなければ。
「あ~セリア。今日の予定なんだが……」
「はい」
「今日の予定なんだがぁ……」
「は、はい」
「……あ、あの? ノア様?」
「…………」
………やばい。本当にどうしよう。
やりたいことがほんっとうに見つからない。
俺、今まで何してたっけ。
朝起きて、飯食って、魔導書読んで、魔法の研究して、魔法の製作をして、その魔法を試してみて、魔法を…………
俺、魔法以外なんもしてなくね??
魔法を取ったら、なんも残って無くね??
そ、そうだ。せっかく異世界に転生したのなら、異世界ならではのことをしてみたい。
異世界なんてすばらしき世界、RPGとかなんやらで色々見てきたし、いちゲーマーなら多少の憧れはあるだろう。斯く言う俺ももちろん憧れている。
異世界と言えば……。
…………異世界と言えばなんだ?
剣と魔法。命を賭けて戦う冒険者。モンスター蠢くダンジョン。
ロマン、ロマンねぇ。男ならロマンを追いたいよなぁ。
…………冒険者になるか。
よし、覚悟は決まった。今後の目標も決まった。
今日からは冒険者を目指してみよう。
「ノア様? 聞こえてますか? ――って、え!?」
セリアの肩をつかむ。それはもうガシッと。
急に肩を掴まれ驚いたのかセリアは顔を背けようとしているが、そんなことは気にせずに無理やり体の向きをこちらへと向ける。
「ノ、ノア……さま? あの、そういうのはまだ、は、早いというか、心の準備とか……。べ、べつに、嫌とかではないんですけど………」
「……セリア。」
「は、はい!!」
「セリア!!」
「はいぃぃっ!!」
「…………何しよっか。」
「…………はい?」
ほんの少し頬を赤らめたセリアの、拍子抜けな声が食堂に響くのであった。




