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異世界には娯楽が少ない。  作者: 紅くらげ


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003 不協和音



 馬鹿みたいに広い食堂で、俺はこの世の中に絶望しながら食事をしていた。


「……どうしたノア。まだ体調が悪いのか?」


 心配そうに話しかけてくるこのガタイのよい中年男性は、グラテロル領の領主であり我が父でもある、アルバート・グラテロルだ。

 紺のロングスカートを着たメイド長のヴィオラをそばにおき紅茶を片手に朝からペンを走らせている。

 

 見たところ領地運営かなんかの事務作業をしているのだろう。

 普段なら自室の書斎で行うため食堂で作業をする必要はないのだが、どうやら父さんなりに俺のことを心配してくれているらしい。

 筋骨隆々で豪胆な性格だが、非常に家族思いで優しいところがとても好感がもてる。


「いいや父さん、俺はこの世界に絶望しているんだ」

「何を言っているのかは分からないが、体調がすぐれないのなら寝ていてもいいからな」


 優しさが身に染みる。

 ふざけたことを言っているのは俺自身が十分に理解しているためなんだか自分が情けなくなってくるのだ。

 ほら、父さんの後ろで書類を整理しているはずのヴィオラなんか、俺を睨みつけている気がするし……。

 ……き、気のせいだよな。

 父さんもヴィオラは何を考えているか分かんないってよく言ってたもんな。


 まあいい。そんなことは今の俺にとってはどうでもよいことだ。

 ヴィオラに嫌われていることなんかほんのこれっぽっちも気にならない。


 なぜなら俺は現在進行形で絶望を味わっているからである。

 なぜこんなことになってしまったのか。

 

 結論から延べよう。

 俺は、ノア・グラテロルは。……だまされたのだ。


 リズに、コービンに。

 ――だまされたのだ!!!!



 さあ、振り返ってみよう。

 確か起きたのは十時くらいだっただろうか。

 俺はリズに起こされ、一連の状況説明を受けたのち食堂に向かったはずだ。


 それはもうウキウキだった。

 有頂天といってもよいだろう。


 長年研究していた魔法を完成させ、十分すぎるほどの睡眠をとり、空腹状態ということを除けば心身ともに最高のコンディションでテーブルに着いたわけだ。

 用意された椅子に座り呑気に鼻歌まで歌っていた気がする。


 そんな中、新人メイドのセリアが料理を運んできた。

 ああ、待望の料理だ。

 コービンが腕を振るい、新作の料理を作ったそうではないか。

 はやる気持ちを押さえつけ、倒れた俺を介抱してくれたセリアに感謝を伝え軽く会話をする。


 ――正直もう限界だった。

 空腹はピークを迎え、口の中ではこれでもかとよだれが分泌されている。


 準備は万端だ。

 さあ、食べようではないか。

 

 さあ、――さあ。

 セリアよ、その蓋を開けておくれ。

 その必要のない、銀の蓋を今開けるのだ!!


 セリアが慣れない手つきでついに蓋を開けた―― 



 そこにあったのはお茶漬けだった。


 俺は深くため息を吐いた。

 もう、それはそれはとてつもなく大きいやつ。

 隣にいたセリアがビクッてするくらいの大きいやつ。


 だってお茶漬けだよ?

 新作だのなんだのさんざん期待させておいて、………お茶漬けだよ??

 こっちは朝からこってこての肉でもバッチ来いだったってのに。

 フリーフォールぐらい上げて落とされた気分だよ。


 ……まあいい。俺は空腹なのだ。

 今は文句を言っている場合ではない。


 何なら進化ととらえるべきだ、前回はおかゆだった。

 お米の原型が分かるようになったことは人類にとって大きな一歩といえるだろう。


 それにこの国ではお米は栽培されていないため、商人から買う以外の入所方法がなく普段は食べること のできない高級食材だ。俺のためにわざわざ取り寄せてくれているだけでも感謝しなくては。


 ……うん。そう考えてみればとてもおいしそうに見えてきたぞ。

 ほら、スープの色もよく見てみると黄色だし。


 コービンのことだ、腕を振るったなどと言っているあたり、このお茶漬けは鶏飯のようなアレンジ料理なのかもしれない。――そうだ、きっとおいしいに違いない。


 ……よし、たべよう。

 このまま一口も食べないでいるとセリアが可哀そうだ。

 何か不手際でも犯してしまったんじゃないかとお盆を持ってあわあわしてるし。


 そんなことを考えながら、一口分匙ですくい口元まで持っていく。

 

 そうだ、この時俺は何も考えていなかった。

 警戒心を解き、無防備にもお茶漬けを食べようと口を開いてしまっていた。

 一番の問題がここにあるとも知らずに……。





 想像してみて欲しい。


 この世界の文明は、 “魔法というとんでもないイレギュラーを除けば” おおよそ中世。

 この国の食文化は、 “本当に大雑把にいえば” 当時のヨーロッパにとてもよく似ている。


 ご存じの通り主食は麦を使ったパンであり、米は栽培すらされていないため、元日本人の俺は主食の米(ソウルフード)を食べたいがために貴族の三男という立場をフル活用し、わざわざ商人から取り寄せてもらっている。


 もちろん食べることなどめったにない珍しいモノなので、米料理は発展しておらずレシピなどあろうはずもない。

 ようは “おかゆ” や “お茶漬け” なんてものはこの国には存在しないということだ。


 コービンは作り方もわからないまま挑戦することとなる。

 異国から来た本でも読んだのだろう。

 そこに名前でものっていたはずだ、おかゆとお茶漬けについて。

 コービンはその単語を見て料理をする。


 おそらく彼はこう解釈した。

 お茶漬けとは、()()()()た米料理のことだと。


 まあ、ここまでは容易に想像できる。

 何なら間違ってはいないだろう。お茶漬けとは言葉どおりの料理なのだから。


 さて、問題はここからだ。

 この問題について語る上でもう一つ話さねばならないことがある。

 先程述べたはずだ。この国の食事はヨーロッパに似ていると。


 ああそうだ。もちろん茶葉などない。

 ほとんどが輸入だ。遠い異国の地から、何ヶ月もかけて……。


 この国で一番飲まれているお茶。

 “お茶”と聞いて皆が想像するメジャーなお茶。


 ……もう、お分かりいただけただろうか。


 俺が口にしたもの。

 テーブルにポツンと置かれているもの。


 これはお茶漬けではない。

 ―――紅茶漬けだったのだ!!!!


 一口食べた瞬間、絶望した。

 元日本人にはわからない謎の味。

 混ざりあった紅茶とレモンの匂いが鼻腔をくすぐり、米だと思っていた脳がそのギャップの差でバグを起こす。


 なんなんだこの味は、俺の辞書にはないのだが……。

 別段不味(まず)くはなかった。…………美味(うま)くもなかったけど。



 さて、経緯が分かったところでもう一度振り返ってみよう。


 広い食卓に父さんと俺が座り、

 テーブルの上には何とも言えない”紅茶”漬け。

 残ったのは期待して待っていた俺の心。


 ああ、地獄だ。

 この世の終わりだ。


 コービンは俺のことを思って作ってくれたわけだし?

 リズも間違った報告はしてないし?

 セリアなんか新人なのに俺のクソデカ溜め息を聞いてビクビクしているし。


 誰が悪いかって?

 ………そうだよ。誰も悪くないんだよ!!!

 俺が子供なだけなんだよ!!!


 でも別にいいじゃん。前世は二十歳過ぎの大人だったけど今は子供なんだもん。

 わがまま言っちゃう子供なんだもん。

 誰にもぶつけれないこの気持ちはどうしたらいいんだよ……。



「おや? ノア、起きていたのかい」


 変な葛藤をしていると食堂の扉が開き、長男のレオン兄さんが入ってきた。


 整った顔立ちに白い肌。細身ですらっとしたしなやかな体躯。

 母親譲りのきれいな白髪をたなびかせ、女の子ならだれでも落ちる悪魔的笑顔を振りまいている。

 所謂爽やか系イケメン。到底十八歳の出せる色気ではない。

 世界が違えば、攻略対象の一人になっていてもおかしくないのだろう。


 だが残念なことに俺は純真無垢なヒロインではなく、兄さんとは初めから好感度マックスなので今更顔色をうかがう必要はない。


 なんの屈託もない笑顔で一口分を匙ですくい兄さんのもとへ持っていく。


「うん? 食べてもいいのかい?」


 可愛い弟からのスキンシップがうれしかったのか、兄さんは警戒する様子もなくのこのこと隣の椅子までやってきた。


 警戒心を持たせないように笑顔は絶やさず『あーん』と言って口を開けるように促すと、レオン兄さんは少し屈みながら垂れた髪を耳までかき上げ、差し出した匙を上品にパクっと咥えた。


 ――刹那、雷を落としたかのように衝撃が走った。……兄さんの顔に。

 

「……ノ、ノア? これはコービンが作ったのかい?」


 しばらく固まっていた兄さんだが、口に含んだ物体Xを飲み込むと再び笑顔を作りそう聞いてきた。もう笑顔と言うより苦笑に近い。どうやら兄さん的にもかなりいただけない味だったらしい。


「そうです。東方の国の米料理らしいですよ。なんでも疲労を防ぐ効果があるとか。」

「そ、そうなんだ。……なんだか、個性的な味だね」


 さすがは我がお兄さまである。

 コービンが俺のことを思って作ってくれた……ということに配慮をしているのであろう。

 べつに言ってもいいのですよ、美味しくないのだと。

 良薬口に苦しというが、苦いというより気持ちが悪い。常に不協和音を聞かされている気分である。


 どうやらレオン兄さんの力も借りることが出来ないようなので、非常に重いスプーンを口まで運び、しぶしぶ紅茶漬けを食べるのだった。


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