002 寝すぎたらしい
「――さま。 ……ノアさま!!」
肩を揺さぶられ目が覚める。
見上げると目に入るは見慣れた天井。どうやら自室のベッドで寝ていたらしい。
まだはっきりとしない目を擦り、小さなあくびをしながら体を起こす。
「おはよー、リズ。今日もかわいいな」
「きゃっ♡ もぉ~ノアさまったらぁ~。そんなこと言ったって何も出ないですよ~」
もちろんジョークのつもりだが、俺の顔を覗き込んでいたメイドは嬉しそうにほほを赤らめ体をくねくねと動かしている。
どうやら彼女のお花畑でいっぱいな頭では冗談だとは取られないらしい。
なんでこんな能天気な女が貴族の専属メイドなんか任されているのか、
なんでよりにもよってその専属先が俺になってしまったのか。
自分の不運を嘆きながらたくさんの意味が込められたジト目をメイドに向ける。
「……って、そうじゃないですよ。ノアさま、朝ですよ、朝。いったいいつまで寝てるんですか」
はっと目が覚めたかのように用件を思い出しただめメイドは早く起きてくださいと言わんばかりに俺に着替えを押し付けてきた。
リズに向けていたジト目をはずし、壁にかかった時計を見る。
短い針が十時を指していた。
「……リズ、まだ十時だよ? ここ数日間一睡もしてないし、昨日なんか四時に寝たんだよ? せめてお昼まで……あと二時間でいいからさ。もう少しだけ寝させてよ」
もやっとした眠気が霧をかけるように思考を妨げる。何も考えたくない。できればもう少しだけ寝ていたい。そんな気持ちをそのまま告げる。
「……何いってるんですか? 今日は金曜日ですよ! ノア様は三十時間寝ていたんです! ……ていうか、寝ていたというよりほぼ気絶ですよね? セリアちゃんビックリしていましたよ」
予想だにしない答えが返ってきた。このメイドは何を宣っているのであろうか。
カーテンを開き、何も考えずに窓から外をのぞく。ぽかぽかとした日の光と共に広場で訓練している兵士たちの様子が目に入った。
眠気が覚め体も温まったのか、空腹を思い出したかのようにお腹の音がグーと鳴る。なるほど、リズのほうこそ何を言ってるんだ? と思っていたが、空腹加減から見て彼女の言っていることはどうやら正しいようだ。
「もう。ノア様はまだ子供なんですから、あまり体に悪いことしちゃだめって前に倒れたときに言ったじゃないですか!」
母親のような小言を呟いている。
メイドだけあって色々とお世話をしてくれてはいるが、四つしか変わらないうえにポンコツであることを知ってしまっている以上、全くもって母親のようには思えない。せめて兄妹だろうか。もちろん兄は俺だが。
「それより朝ご飯はあるの? 時間的にはもうお昼だけど」
話をそらすようにご飯の話題を出す。正直言って結構お腹の具合はぎりぎりであった。
「ありますよ。ノア様を起こしに行く途中でコービンさんとすれ違いましたから。事情を説明したところ腕を振るって作ってくれるそうです!」
コービンとはグラテロル家の料理長を任されている腕利きの料理人のことだ。彼の料理は異世界人の俺からみてもかなり上手な部類だ。材料もレシピも少ないこの世界では前世でいうところの三ツ星レストランの料理長レベルに匹敵するだろう。
「コービンさん曰く、ノア様のために新しい料理に挑戦してみるとのことですよ?」
「本当? それは楽しみだなあ」
元気なリズの返答にほっと胸をなでおろす。
こう見えて何度か倒れる経験はしたことがある。同じように何日も寝込んでいるため屋敷にいる使用人たちは慣れてしまっているのだ。
ただ、問題はそこではない。毎度、毎度、倒れるたびにご飯はお粥を出されるのだ。
成長期真っただ中である食い盛りの少年には、お粥などという病院食だけでは量も足りず味気ない。リズ曰く新しい料理に挑戦するとのことなので、ひとまずお粥ではないのだろう。
背中とお腹がくっつきそうなくらいペコペコな俺は軽快な足取りで食堂に向かうのだった。




