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異世界には娯楽が少ない。  作者: 紅くらげ


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011 紫黒石


 『紫黒石』

 

 準二等級、王国指定危険物質。

 ダンジョンの最下層、魔物のあふれる森の奥地、吐き気を催すほどの魔素に覆われた特殊な地、その様な一般人の立ち入ることのできない僅かな土地にて、ごく稀に見つかる紫色の鉱石である。


 その大きさは、どれもが手のひらに収まるほどの小さなものであるが、そのどれもが膨大な量の魔素をその内に秘め、衝撃を与えると、――爆散する。


 拳ほどの鉱石に含まれたものとは思えないほどの魔力である。それほどまでに凝縮されているがゆえに、軽い衝撃がトリガーとなる。

 そして、その秘めた魔力量がゆえに、――威力は想像を超える。


 村が消え、町が消え……。歴史をたどるとある一つの国が、忽然と地図から姿を消した。


 国が消える恐れのある危険物。()()()、危険物質。


 その大きさによって、その秘められた魔力によって国が消える。……ゆえに、()()()()


 “準”が付くだけでも危険度は大きく変わる……が、そんな指標は意味をなさない。

 衝撃を受けた地点を中心に大爆発を起こすのだ。目の前にあるのであれば危険度など知ったことではない。


「じゃあ、これつけてね。」


 一歩も動けず固まっていると、悪魔のような笑みを浮かべたノアが、そのネックレスのチェーンを持ち、私の首に“それ”をかけた。


 ああ、最悪だ。

 拳大の大きさ、黒に近しい紫黒色。すべてを鑑みるに、ここら一帯は一瞬にして無に帰る。私を倒すにしてはあきらかにオーバーキルであった。


 首に嵌められ、全身がより強張り、そして初めてノアの思惑を理解した。

 これは条件付きの爆弾。……いわば “枷” であった。


 卑怯なり、正々堂々も騎士道精神もあったものではない。

 この “枷” を気にしながら、この “枷” が起動しない速度で、この “枷” に当たらないようにノアの相手をしなくてはならない。


 恐怖にかられながらノアを見る。彼はゆっくりと口角を上げると言葉を告げた。


「じゃあ、始まったら目をつぶって()()()()()()()って唱えてね。そしたら……それ、()()()()から」


 ――起動!? 今、起動すると言ったのか!? 

 ……なんということだ、これは “枷” であるとともにデバフをかける魔道具でもあったのだ。


 浅くなる呼吸と共にどんどんと追い詰められていく感覚に陥る。


 この魔道具が爆発するということはここら一帯、……つまり、制作者であるノアも死ぬということだ。

 死ぬことを恐れないなどという軽いものではない。私の命も、騎士団全員の命も、そして自分の命も賭け、遊んでいる、楽しそうに笑っている。


 ……悪魔だ。例えるなら悪魔であった。


 どうにか、どうにかしてこの悪魔を止めなければ……。

 ノアの行動、ノアの表情、ノアの言葉。

 抜け穴を探すべく、打開策を探るべく、そのすべてを思い出し、私ははっとした。


 魔法を使って良いと言ったのは私である。

 一撃受けてやると言ったのも私である。

 抵抗を一切しないと言ったのも……私なのである。


 ドクンッとなる音が鼓膜に届くほどに心臓が大きく鼓動した。


 ……今ならわかる。ノア様はハナからこの()()をしたかったのだ。

 駄々をこね、嫌そうな顔をし、私が条件を出すのを待っていたのだ。


 詰んでいる。詰んでいるのだ。

 あの忌まわしきものをわざわざ魔道具に加工したのも、“発動するまでが一撃である”と言い張るためだろう。全ての逃げ道が潰されて、見えない蔦が私の四肢に絡みついていた。愚かにも私は気づかぬうちに自らの墓穴を掘り進めていたのだ。


 いそいそとノア様が短刀を構えた。もう腕試しのていなどどうでもよいかのように。

 何かに急かされるかのように私も片手剣を構える。よくやるルーティーンも、気持ちを整える呼吸法も、何もかもを忘れ、ただ、なっていない剣を構えた。


「そ、それではッ ……両者、よろしいでしょうかッ!」

 

 行司を取るフランツは明らかにビビり散らかしていた。

 今なお死と隣り合わせにいるのだ。若い彼にとって、それは仕方のないことであった。


 だが、その元凶を作ったノアは、お構いなしにその(まなこ)をフランツに向け、目配せをする。

 可哀そうに。彼は肉食獣に襲われた小鹿のように、ヒッ!と軽く悲鳴を上げていた。

 落ち着け、という念も込めて、私も彼に目配せをする。自分より怖がっているものを見ると怖さが減るというのは本当らしい。ドラゴンと対峙したあの時を思い出し、少し冷静になれた。

 ……その時だった。


「ゲームだけど、できるだけ死なないでね」


 なんの屈託もないにこやかな笑顔で、ノアはそう私に対し口を開いた。

 ……悪魔だ。やはりそういう表現が一番正しかった。

 にこやかで混ざりのないその子供らしい笑顔が、不気味で得体の知れないものに触れたようで吐きそうなほど気持ちが悪かった。


 ……だめだ、心臓が鳴る。鼓動がうるさい。

 だめだ。手足が強張る、考えがまとまらない。

 なぜ、笑っているのだ? どうして十歳にも満たない子供がこんなものを持っている? グラテロル家は狂ってしまったのだろうか? 堂々と配下に法を犯す姿を見せ、この国を転覆させようとしているのだろうか? そもそもどうやって手に入れた。どうやって加工した。どうやって、どうやって……。



 フランツが右手を上げる。――だめだ、だめだ。何か触れてはいけないものに触れてしまったのだ。血が引いている、 焦点が合わない。だめだ、……だめだ!!


「開始!!」


 叫び声にも似た、悲鳴にも似た、無理やり絞り出した甲高い声がした。

 考えがまとまらぬまま、気持ちの整理などままならないまま、地獄行きのゴングが鳴ったのだ。


 だが、騎士団であるというそんな矜持が、始まりと共に私に覚悟を決めさせた。

 なんども死にかけたその経験が邪魔な思考を全て消(デリート)し、クリアな視界を確保した。


 ふう。いつものルーティーンだったからなのだろうか、勝手に身体が深呼吸をし息を整える。


 一回だ。その一回であろうと、足りなかった酸素が体をめぐり、強張り固まった全身を溶かす。

 つばを飲み込む、目蓋を閉じる。……そして呟くように唱えた。


「げーむすたーと」





 ……何も起きない。


 ……何も変わらなかった。

 音も、衝撃も、気配も。何一つとして変化はなかった。


 ……良かった。不発だったのだろう。

 得体の知れぬ恐怖から解放されひとまず安堵する。

 止まっていた酸素を取り戻すかのように鼻息は荒くなり、緊張で固まっていた体は力が抜けるが、これでも副団長を命じられているだけあって頭は冷静だった。


 ここまでノア様の掌の上だ。

 散々あおられても冷静であろうと心掛けていたが、手綱を握られたままだ。自ら沼へと入って行き隙を晒してしまっている。彼はただ者ではない。

 それにこの魔道具が不発に終わったのかさえ怪しい。もしかしたら全てを仕込んだうえで私に揺さぶりをかけているのかもしれない。――常識で考えるな。


 であればだ。次の手を打たれる前に、打たれても対応できるように――

 ノアの動きから目を離さぬよう、必死に目を見開いた。



読んでいただきありがとう御座います。

評価、ブックマーク、感想など、良ければよろしくお願いします!


今週から土曜投稿になります!

時間が確保できたり筆が乗ったりした場合、不定期にプラスで更新するかもしれませんが、土曜にはぜ~ったい投稿しますのでお許しください!!!!!!

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