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EP 3

見えない魚雷――誇り高き鋼鉄の盾

昭和16年(1941年)冬。

ヨーロッパの戦火から逃れた数十万の難民を乗せ、大日本帝國の「鋼鉄の箱舟」となった戦艦大和は、インド洋を東へ向けて静かに航行していた。

大和の広大な甲板には、仮設のテントがびっしりと張られ、多くの難民たちが身を寄せていた。

彼らの顔には、長きにわたる迫害の疲労が刻まれていたが、その瞳には確かに「明日への希望」が宿っていた。

「……さあ、温かいスープですよ。ゆっくり飲んでくださいね」

真っ白なドレスコートを着た日野輝夜が、甲板で自らお玉を握り、子供たちに配給を行っていた。

「ありがとう、東洋の聖女様!」

「この船は大きくて、少しも揺れないね。もう怖くないよ」

無邪気に笑う子供たちの頭を、輝夜は慈愛に満ちた手で優しく撫でた。

大和の艦橋からその光景を見下ろしていた艦長は、静かに目を細めた。

(……大日本帝國海軍の象徴たるこの船に、異国の女子供を乗せ、スープを配る日が来ようとはな。だが……悪くない景色だ)

しかし、その穏やかな平和は、深海から忍び寄る「見えざる悪意」によって唐突に引き裂かれた。

「――ッ! ソナーに感あり!! 右舷方向、距離三千! 国籍不明の潜水艦(Uボート)複数!!」

レーダー手の悲痛な叫びが、艦橋に響き渡った。

「なんだと!? こんな海域に、どこの所属だ!!」

「し、識別不能! 敵艦、魚雷発射管を開いています! 撃ってきます!!」

ワシントンの地下でオズワルド将軍が放った、ナチス残党の狂信者たちによる『ウルフパック(狼の群れ)』。

彼らは、国際法も人道も完全に無視し、数十万の民間人を乗せた大和を海の底へ沈めるべく、無警告で四本の魚雷を放ったのだ。

「面舵いっぱい! 回避しろォッ!」

艦長が叫ぶが、大和の巨体は難民と物資を限界まで積載しており、平時のように機敏な回避行動をとることは不可能だった。

もし無理に急旋回すれば、甲板にいる数万の難民たちが海へ投げ出されてしまう。

「……艦長。魚雷、大和の右舷ど真ん中へ直撃コースです!! 回避、間に合いません!!」

甲板にいる輝夜も、海面を真っ直ぐに切り裂きながら迫り来る「白い航跡」に気づいた。

(……魚雷!? どうして、難民船だと分かっているはずなのに……ッ!)

絶望的な死の刃が、箱舟の横腹に食い込もうとした、まさにその時。

『――大和へ告ぐ! 我が艦が、盾となる!!』

通信機から響いたのは、大和の斜め前方を航行していた護衛の駆逐艦『雪風』の艦長の声だった。

史実において、いかなる激戦でも沈むことのなかった「奇跡の駆逐艦」。

その『雪風』が、大和への直撃コースに自ら割り込むように、機関最大出力で強引に舵を切ったのだ。

「ば、馬鹿な! 雪風! やめろォォォッ!!」

大和の艦長が絶叫する。

魚雷を真っ向から受ければ、装甲の薄い駆逐艦など一溜まりもない。全員が海の藻屑となる。

だが、雪風の艦橋に立つ男たちの顔に、死への恐怖は微塵もなかった。

「総理は仰った! 我々は命を奪うための野蛮な三流軍隊ではない! 弱き者を守り抜く、誇り高き『盾』なのだと!」

雪風の艦長は、迫り来る魚雷を見据え、誇り高く笑った。

「特攻(死ぬため)の突撃ではない。これは、彼ら(未来)を生かすための突撃だ!! 総員、衝撃に備えェェッ!!」

ズドォォォォォォォォォォォンッ!!!

インド洋の海面に、巨大な水柱と爆炎が噴き上がった。

雪風の右舷に魚雷が命中し、その小さな船体は爆発の衝撃で大きく宙に浮き上がったように見えた。

「ああっ……!!」

輝夜は、炎に包まれる駆逐艦を見て、悲痛な声を上げた。

だが。

黒煙が晴れた後、大和の甲板にいたすべての人間は、自らの目を疑った。

「……ゆ、雪風……健在! 機関室への浸水、最小限で食い止めています!!」

なんと、雪風は沈んでいなかった。

近衛総理(幸隆)が、未来の理研の技術を注ぎ込み、事前に全艦艇に施させていた『特殊バルジ(対魚雷防御装甲)』と徹底したダメージコントロール技術。それが、致命傷をギリギリのところで防いだのだ。

黒焦げになった雪風の甲板で、血まみれになった水兵たちが、大和の難民たちに向かって「安心しろ!」とばかりに力強く手を振っていた。

「おお……! おおぉぉぉぉぉぉっ!!」

「日本の船が、私たちを命懸けで守ってくれた!!」

難民たちから、割れんばかりの歓声と、感謝の祈りが沸き起こる。

史実の狂気カミカゼは、完全に浄化された。

彼らは誰一人殺すことなく、見事なまでに数十万の命を守り抜いたのだ。

   ◆

だが、事態はまだ終わっていなかった。

同時刻。帝都・東京、首相官邸。

「……総理! インド洋の大和艦隊から緊急電! 国籍不明の潜水艦部隊から雷撃を受け、雪風が中破!! なお、敵潜水艦は依然として大和の周囲に潜伏している模様!!」

飛び込んできた報告を聞いた瞬間。

近衛文麿(若林幸隆)のドス黒い三白眼が、極限の怒りで見開かれた。

「……あの毛唐の、クソダニどもが」

幸隆は、ギリッと奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛り、立ち上がろうとした。

だが、その瞬間。

「ガッ……!?」

幸隆の視界が突如として激しく歪み、グラリと巨体が揺らいだ。

「そ、総理!?」

「ゴホッ……、ガハッ!!」

幸隆の口から、大量のどす黒い血が吐き出され、書類の上に赤い染みを作った。

限界を超えた未来知識の酷使、そして国家の重圧を一人で背負い続けた肉体が、ついに悲鳴を上げたのだ。

「……ワ、ワシの月に……ワシの国に、手ェ出しやがって……ッ」

血まみれの口元を歪め、修羅の如き怒りを燃やしながらも、幸隆はそのまま意識を失い、冷たい執務室の床に崩れ落ちた。

大和を包囲する見えざる狼の群れ。

そして、大日本帝國の絶対的な「太陽」の墜落。

極限の絶体絶命の中、果たして残された鋼鉄の箱舟は、この暗黒の海をどう生き延びるのか。

お読みいただきありがとうございます!

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