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EP 2

影の狂信者たち――見えざる狼の群れ(ウルフパック)

昭和16年(1941年)冬。

大日本帝國と欧米列強との間で「歴史的な講和」が結ばれ、表向きの国際社会は平和と人道支援の熱狂に包まれていた。

だが、光が強ければ強いほど、そこに生じる影はより濃く、よりドス黒くなる。

アメリカ・ワシントンD.C.の地下深く。

一般の地図には存在しない、軍産複合体のトップと諜報機関の重鎮たちだけが集う秘密のシガー・クラブ。

その最奥のVIPルームで、分厚い軍服を着た白髪の男――合衆国裏社会の顔役であるオズワルド将軍が、高級なキューバ産葉巻を灰皿に力任せに押し付けていた。

「……腑抜けめ。あの臆病者の大統領は、猿どものハッタリ(経済攻撃)にビビり散らし、我々白人の誇りを極東の泥水に投げ捨ておった」

オズワルドの濁った瞳には、純粋な『憎悪』と『強欲』が渦巻いていた。

平和パクス・ジャポニカだと? 笑わせるな。我々は『戦争』で兵器を売り、他国の血と肉をすするからこそ、この世界を支配し続けられるのだ。……日本が主導する難民支援に莫大な資金を吸い取られ、我々の兵器工場がストップしたままで、どうやって資本主義を回すというのだ!」

「その通りです、オズワルド閣下」

暗がりに立つ諜報機関(のちのCIAの前身)の幹部が、冷たい声で同意した。

「大日本帝國の『聖女』とやらのプロパガンダのせいで、世界の世論は完全に日本に傾いている。……このまま彼らが数十万の難民を無事に『満州』へと運び切れば、日本は名実ともに世界最高の覇権国家として君臨し、我々は永遠に彼らの属国へと落ちぶれます」

「そうはさせん。……奴らの化けの皮を剥がし、世界の世論を再び『反日』に染め上げる完璧なシナリオがある」

オズワルドは、テーブルの上に数枚の隠し撮り写真を放り投げた。

そこに写っていたのは、呉の港で物資を積み込んでいる戦艦『大和』の巨大なシルエットだった。

「日本は、自国の誇る連合艦隊を『難民輸送の箱舟』に改装し、ヨーロッパへ向けて出港させた。……何十万人ものユダヤ人の女子供が、あの鉄の塊にスシ詰めにされるわけだ」

オズワルドの口元が、悪魔のように吊り上がった。

「その難民船(大和)を、大西洋のど真ん中で【所属不明の潜水艦】を使って海の底へ沈める。……一人生き残らず、な」

「な……ッ! しかし、そんなことをすれば……!」

「我々がやったという証拠は一切残さん」

オズワルドは、グラスのバーボンを一気に飲み干した。

「ナチスの残党から裏ルートで買い上げた『無国籍のUボート部隊ウルフパック』を使う。……沈めた後は、世界中のメディアを使ってこう喧伝するのだ。『野蛮な日本海軍は、護衛の任務を怠り、難民たちを見殺しにした!』……あるいは『日本は最初から難民を助ける気などなく、海に投棄したのだ!』とな」

「……!! なるほど……!」

「女子供が数十万人も海に沈めば、世界中の世論は一瞬で逆転し、大日本帝國への怒りと憎悪で沸き返る。……大統領も、再び日本との戦争を決断せざるを得なくなるだろう。正義は、常に悲劇を利用する我々の手中にあるのだ」

白人至上主義と軍産複合体の強欲が生み出した、極限の狂気。

宣戦布告なき偽旗作戦。最強の戦艦『大和』を狙う、見えざる狼の群れが、密かに暗黒の海へと解き放たれた。

   ◆

時を同じくして。帝都・東京、首相官邸。

「……輝夜。本当に行く気か」

総理執務室のソファで、近衛文麿(若林幸隆)は深い隈の浮いた目で、旅支度を整えた日野輝夜を見上げていた。

世界中の通信を傍受し、理研の電子計算機を不眠不休で回し続けて列強を屈服させた代償。そして、未来の知識(歴史の特異点)をたった一人で背負い続けてきた尋常ならざる過労により、最強のチートプレイヤーである幸隆の肉体は、限界に近い悲鳴を上げ始めていた。

「ええ、行きます」

輝夜は、心配そうに幸隆の顔を覗き込み、その大きな手を両手で包み込んだ。

「これから難民の方々は、見知らぬ極東の国へ向かう船に乗ります。不安で押し潰されそうになっている彼らを安心させるためには、私(特命全権大使)自身が『大和』の甲板に立ち、彼らと共に旅をする必要があるのです」

「……危険じゃ。列強のトップは降伏したが、あのアメリカの『裏社会(軍産複合体)』が、このまま大人しく引き下がるとは思えん。……必ず、何か汚い手を使ってきよるぞ」

幸隆の脳裏には、史実においてケネディ大統領すら暗殺してみせた「影の狂信者ディープステート」たちの不気味な存在がチラついていた。

だが、輝夜の瞳は、微塵も揺らいでいなかった。

「大丈夫です、幸隆さん。……私が、彼らの『盾』になりますから」

輝夜は、澄んだ微笑みを向けた。

「あなたはこれまで、ずっと一人で地獄の泥を被り、私とこの国を守る盾になってくれました。……だから今度は、私が世界の人々を守ります。あなたは、少しだけ……休んでいてください」

「……クッ。ホンマに、おどれは立派な『月の王』になりおったわ」

幸隆は、苦笑しながら輝夜の頭を乱暴に、しかし愛おしそうに撫でた。

「行け、輝夜。……じゃが、もしてめえに指一本でも触れるようなクソダニがおったら。……ワシが地獄の底からでも這い上がって、そいつらを世界の裏側ごと焼き尽くしてやるからな」

「はい。いってきます、総理」

大日本帝國が誇る無敵の矛を「盾」に変えた、鋼鉄の箱舟。

世界中の難民の希望と、一人の聖女を乗せた戦艦『大和』は、見えざる悪意が待ち受ける大西洋へと、その巨大な舳先を向けたのである。

お読みいただきありがとうございます!

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