第十一章 エクソドスの海と鋼鉄の箱舟編
開戦ではなく、救済の出撃――鋼鉄の箱舟
昭和16年(1941年)冬。
列強との歴史的な講和条約が結ばれ、世界が驚愕の余韻に揺れる中。
広島県、大日本帝國海軍・呉鎮守府の極秘ドックに、近衛文麿(若林幸隆)と日野輝夜の姿があった。
彼らの眼前にそびえ立つのは、海軍が国家の威信と莫大な予算を懸けて建造した、史上最大の超弩級戦艦――『大和』である。
「……総理。列強が完全に降伏した今、この巨大な戦艦をどうされるおつもりですか」
出迎えた連合艦隊司令長官・山本五十六は、複雑な表情で幸隆に問いかけた。
山本は、アメリカとの無謀な戦争を誰よりも危惧していた。幸隆の経済チートによって戦争が回避されたことには安堵していたが、同時に「戦う相手がいなくなったこの巨大な矛(大和)は、無用の長物になってしまったのではないか」という葛藤を抱えていたのである。
「捨てるには惜しい鉄の塊じゃろう? だから、最高に贅沢な『使い道』を用意してやった」
幸隆は、ドス黒い広島弁で低く笑いながら、見上げるような大和の巨体を指差した。
「山本。今日この瞬間をもって、戦艦大和をはじめとする我が大日本帝國の『連合艦隊全艦艇』に、特命を下す」
幸隆の放つ修羅の覇気に、山本をはじめとする海軍の高級将校たちがゴクリと息を呑み、直立不動の姿勢をとった。
いよいよ、残存する列強の植民地を武力で制圧しに行くのか。それとも、大西洋へ艦隊を派遣して威容を見せつけるのか。
緊張が走る中、幸隆が放った言葉は、彼らの想像を絶するものであった。
「……全艦艇を『難民輸送船』として運用せえ。今すぐ大和の弾薬庫を空にして、毛布と食料と医薬品を限界まで詰め込め。……ヨーロッパと中東で凍えとる数十万の難民どもを、一人のこらず極東(満州)まで運んでくるんじゃ」
「な……ッ!?」
山本五十六の目が、限界まで見開かれた。
他の将校たちからも「ば、馬鹿な!」「我が帝國海軍の誇りたる大和を、女子供を運ぶ客船にしろと言うのか!」と、悲鳴に近いどよめきが上がる。
「不服か? アホども」
幸隆は、三白眼で海軍の将校たちをギロリと睨みつけた。
「戦争は終わったんじゃ。これからの時代、大砲のデカさや沈めた船の数でイキっとるような国は、ただの『野蛮な三流国』じゃ。……ええか。何十万人もの命を、はるか何千キロの彼方から安全に運んでみせること。それこそが、列強の毛唐どもに『大日本帝國の本当の恐ろしさ(国力)』を底の底まで叩き込む、最強のデモンストレーションになるんじゃ」
幸隆の言葉に、将校たちは言葉を失った。
武力による破壊ではなく、圧倒的な「救済」によって世界の頂点に立つ。それは、これまでの軍人たちの常識を根底から覆す、全く新しい覇道であった。
「……総理の仰る通りです」
将校たちの戸惑いを切り裂くように、真っ白なドレスコートに身を包んだ日野輝夜が、静かに一歩前に出た。
「山本長官。どうか、誇りに思ってください。……あなた方が心血を注いで作り上げたこの美しい船は、人を殺すための『悪魔の兵器』などではありません。絶望の淵にいる人々を光差す場所(満州)へと導く、世界で最も尊い『命の箱舟』なのです」
輝夜の澄んだ瞳と、慈愛に満ちた言葉。
それは、海軍の男たちが心の奥底で抱えていた「人殺しの道具を作ってしまった」という罪悪感を、温かく、完全に浄化する光であった。
「……命の、箱舟……」
山本五十六は、その言葉を噛み締めるように呟き、そしてゆっくりと大和の巨大な主砲(四六センチ砲)を見上げた。
史実において、この戦艦がどのような悲惨な最期を遂げるのか。
片道切符の特攻作戦を命じられ、数千の若き命とともに、誰一人救うことなく沖縄の海に沈む運命にあったことなど、ここにいる彼らは知る由もない。
だが、未来から来た二人のチートプレイヤーによって、その悲劇のシナリオは今、完全に書き換えられたのだ。
「……承知いたしました、総理。そして、特命全権大使殿」
山本は、深く、これまでにないほど誇り高い表情で敬礼をした。
「大日本帝國海軍・連合艦隊はこれより、世界の海を渡り、数十万の命を必ずや黄金の大地(満州)へと送り届けてみせます。……この大和の主砲は、弱き者を脅かすためではなく、彼らを守り抜く『盾』としてのみ、火を噴くことでしょう」
「頼んだぞ。ワシらの『王道』を、世界に見せつけてこい」
幸隆は、愛用の『ピース』に火を点け、満足げに紫煙を吐き出した。
数週間後。
弾薬の代わりに莫大な人道支援物資を積み込んだ戦艦大和を旗艦とする、大日本帝國の「鋼鉄の箱舟艦隊」が、汽笛を高らかに鳴らし、呉の港を出発した。
それは、血塗られた戦争の歴史に終止符を打ち、パクス・ジャポニカの真の力を世界に見せつける、史上最大の「救済の出撃」であった。
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