EP 6
史上最大の講和会議――帝都の摩天楼と敗者の群れ
昭和16年(1941年)。
アメリカ合衆国大統領とイギリス首相を乗せた黒塗りの最高級車列が、横浜港から大日本帝國の首都・東京へと向けて、なめらかに舗装されたアスファルトの上を走っていた。
「……信じられん。これが、あの極東の後進国だと言うのか」
後部座席から窓の外を見つめていたアメリカ大統領は、呆然と呟いた。
彼らが事前に聞いていた日本の情報は「木と紙でできた家が並び、貧しい農民が飢えに苦しむ、野蛮で遅れた島国」というものだった。
だが、目の前に広がる光景は、その傲慢な偏見を粉々に打ち砕くものだった。
幸隆が「未来知識」と「理研の技術力」を注ぎ込んで整備した帝都・東京は、すでに史実の数十歩先を行く『超近代都市』へと変貌を遂げていたのである。
天を突くような鉄筋コンクリートの摩天楼。
排気ガスを出さない、理研開発の最新型電気自動車が走る美しい大通り。
そして何より、すれ違う国民たちの誰もが豊かに身を装い、活気と笑顔に満ち溢れている。そこには、アメリカが発動した「経済封鎖」による困窮など、微塵も存在していなかった。
「我々は……こんな化け物のような国を相手に、経済戦争(兵糧攻め)を仕掛けていたのか……ッ!」
隣に座るイギリス首相も、真っ青な顔で震えていた。
自分たちの方が遥かに進んだ文明国であるという前提は、東京に足を踏み入れた瞬間に完全に崩れ去ったのだ。
◆
帝都・東京、帝国ホテル。
世界中のメディアがフラッシュを焚く中、メインバンケットに用意された巨大な円卓に、列強の首脳たちが案内された。
彼らの席には、すでに英語で書かれた分厚い『講和条約(という名の降伏文書)』が置かれていた。
その条文に目を通したアメリカ大統領は、屈辱で顔を真っ赤に染めた。
「ふ、ふざけるな! なんだこの条件は!」
大統領は、条約書をテーブルに叩きつけた。
そこには、日本への経済制裁の無条件解除はもちろんのこと、東南アジアにおける欧米の植民地支配の段階的放棄、そして日本が主導する満州の難民受け入れへの『莫大な資金提供』が記されていた。
「こんな一方的な要求、到底飲めるはずがない! 我々にはまだ、世界最強の艦隊が残っているのだぞ!!」
大統領が吠えた、まさにその時。
ギィィィッ、と。
バンケットの重厚な扉が開き、この講和会議の「絶対的な支配者」が姿を現した。
「……艦隊、じゃと?」
地獄の底から響くような、ドス黒い広島弁。
漆黒の和装に身を包み、修羅のような覇気を纏った大日本帝國総理大臣・近衛文麿(若林幸隆)が、ゆっくりと円卓の最上座へと歩み寄った。
「石油のない鉄の塊なんぞ、ただのデカい棺桶じゃろうが」
「ッ……!」
幸隆は、大統領たちを一瞥すらせず、ドカッと最上座の椅子に腰を下ろした。
そして、愛用の『ピース』に火を点け、列強のトップたちの顔に紫煙を吹きかけた。
「勘違いするなよ、毛唐のタヌキども。……ワシは今日、お前らと『交渉』をするためにここへ呼んだんじゃねえ」
幸隆の三白眼が、猛禽類のように大統領と首相を射抜く。
「これは『通告』じゃ。……お前らがこの条件を蹴って席を立つなら、ワシは一向に構わんぞ。その代わり、ワシが握っとるアメリカ国債と軍需株は、永遠に紙屑になる。お前らの国の経済は明日完全に死に絶え、お前らは数万人の暴徒と化した自国民に、ホワイトハウスから引きずり出されて首を括られるじゃろうな」
「あ……うう……ッ!」
大統領の喉から、情けない呻き声が漏れた。
幸隆の言う通りだ。もはや彼らに「交渉のカード」は一枚も残されていない。日本は一発の弾も撃たずに、列強の息の根を完全に握り潰しているのだ。
「だが……だが、こんな条約にサインすれば、我々は国内で『悪魔に国を売った無能』として歴史に名を残すことになる……ッ!」
イギリス首相が、涙声で抗議する。
「安心せえ。お前らが国へ帰って『言い訳』ができるように、ちゃんと極上のサプライズ(プレゼント)を用意してある」
幸隆は、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべ、バンケットの扉の方へと視線を向けた。
「世界の世論を掌握した『光』が、たった今、帝都に帰還したんでな」
その言葉と同時に、再び扉が開かれた。
列強の首脳たちが振り返った先。そこに立っていたのは、スイスでの「命のビザ」宣言によって、今や世界中から『聖女』として崇められている大日本帝國の特命全権大使――日野輝夜であった。
「お待たせいたしました、総理」
真っ白なドレスを纏い、神々しいまでの月の光を放つ輝夜が、ゆっくりと会議場へと足を踏み入れた。
絶対的な恐怖(太陽)で大国を絶望のどん底に叩き落とした直後、世界を救う慈悲(月)が手を差し伸べる。
列強の指導者たちを完全に屈服させるための「究極のサンドイッチ」の、最後の仕上げが始まろうとしていた。




