EP 5
幸隆の最後通牒――帝都への招待状
昭和16年(1941年)。
大日本帝國が放った「経済逆封鎖」と、輝夜による「世界的難民救済(命のビザ)」のコンボは、たった数週間で世界の勢力図を完全に塗り替えてしまった。
アメリカ・ワシントンD.C.。
ホワイトハウスの大統領執務室は、もはや葬儀場のような重苦しい沈黙に包まれていた。
「……大統領閣下。イギリス首相から、五度目の緊急直通電話です」
側近が、震える声で受話器を差し出した。
大統領は、血走った目でそれを受け取る。
『――おい! いったいどうなっているんだアメリカ! 貴国が日本を怒らせたせいで、我が国の株価まで大暴落しているぞ! おまけに市民たちは「日本の聖女(輝夜)を見習え」と暴動を起こす始末だ! 早く日本への制裁を解除し、レアメタルの輸出を再開させろ!!』
受話器越しに響く、かつての大英帝国の指導者の情けない悲鳴。
「……黙れ! こっちだって同じ状況なんだ!!」
大統領は受話器を壁に叩きつけた。
外からは、ホワイトハウスを包囲する数万人の自国民のシュプレヒコールが絶え間なく聞こえてくる。
工場は止まり、失業者が街に溢れ、国庫は空っぽ。軍隊を動かそうにも、燃料も兵器を作る資源もない。
アメリカという巨大な鷲は、極東の島国が仕掛けた「血の流れない戦争」によって、完全に翼をへし折られ、地上でもがき苦しんでいた。
「……認めるしかない。我々の、完全な敗北だ」
大統領は、深い絶望とともに両手で顔を覆った。
数週間前、自分たちが日本に向けて「石油を止めるぞ」と傲慢に脅しをかけていたことが、今となっては滑稽なピエロの振る舞いにしか思えなかった。
「……日本政府へ、緊急電報を打て。我々は……合衆国政府は、無条件での『講和会議』を申し入れる、と」
世界最強を自負していた超大国が、極東の島国に対して白旗を揚げた瞬間であった。
◆
その数時間後。
帝都・東京。首相官邸の総理執務室。
「……クックックッ」
近衛文麿(若林幸隆)は、デスクの上に置かれた『アメリカ大統領からの講和申し入れの電報』を読みながら、腹の底から湧き上がるようなドス黒い笑い声を漏らしていた。
「泣きついてきたのう、毛唐のタヌキ親父が。……ワシの仕掛けた『経済の急所突き』と、輝夜の『世界規模の人道支援』。この二段構えの前に、手も足も出んかったっちゅうわけじゃ」
幸隆は、備前焼の灰皿にタバコを押し付け、執務室に控える外務大臣に視線を向けた。
「総理。直ちに、中立国のスイスあたりで講和会議のセッティングを進めますか?」
外務大臣が恭しく尋ねる。
当時の国際社会において、大国同士の講和会議は、スイスなどの第三国で行われるのが「常識」であった。
「馬鹿を言え。誰がスイスなんかに行くか」
幸隆は、三白眼を鋭く細め、獰猛な牙を剥いた。
「喧嘩を売ってきたのは向こうじゃ。命乞いをするなら、向こうからワシらの足元まで這いつくばって来るのが筋じゃろうが」
「で、では……ワシントンへ出向くと?」
「違う!!」
幸隆は、真っ二つに割れたままのデスクの残骸を力強く叩いた。
「講和の舞台は、ここじゃ。……大日本帝國の首都、東京。『帝国ホテル』のメインバンケットに、あの傲慢な白人どもを全員呼びつけろ」
「な……ッ!? 帝都に、ですか!?」
外務大臣は目を剥いた。
列強のトップたちを、極東の島国に直接呼び寄せるなど、これまでの外交の歴史においてあり得ない「絶対的強者」の振る舞いである。
「ああ。ワシらの条件は三つじゃ」
幸隆は、指を三本立てた。
「一つ。日本へのすべての経済制裁の即時解除。
二つ。大日本帝國が主導する、満州での難民受け入れへの全面協力。
そして三つ……アメリカ大統領とイギリス首相が『直接』帝都へ赴き、ワシの眼の前で講和条約にサインすること」
幸隆の放つ、圧倒的な覇王のオーラ。
それは、史実で日本が味わうはずだった「無条件降伏の屈辱」を、そのまま数万倍にして列強に叩き返すための、最高の儀式の始まりだった。
「……この条件を一つでも拒否するなら、交渉は決裂じゃ。アメリカ経済の心臓(国債の空売り)は、永遠に握り潰すとな」
◆
「なん……だと……!?」
再び、ホワイトハウス。
日本から突き返された『最後通牒』を読んだ大統領は、屈辱と怒りで全身をわななかせていた。
「中立国ではなく……野蛮な極東の島国へ、私が直接出向いてサインしろだと!? この世界の頂点に立つ合衆国大統領を、まるで属国の王のように呼びつけるというのか!!」
「大統領閣下! しかし、これを拒否すれば……我が国の経済は明日にも完全に死に絶えます!! 市民の暴動も、もはや警察では抑えきれません!!」
側近が、涙ながらにすがりつく。
「……くそォォォォォォッ!!」
大統領は、執務室の巨大な地球儀を殴り飛ばした。
だが、どれだけ怒り狂おうと、彼に「ノー」と言う選択肢はすでに残されていなかった。
極東の島国を舐めてかかった代償は、あまりにも大きすぎた。
彼らはついに、自らの傲慢さを噛み締めながら、大日本帝國の皇帝が待つ、黄金の帝都・東京へと向かう船に乗るしかなかったのである。
世界中のメディアが、「世紀の降伏」を見届けるため、一斉に東京を目指し始めていた。




