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EP 2

黒い太陽の罠――特命全権大使の出航

昭和16年(1941年)。

アメリカ大使ウィリアムズから「石油とくず鉄の全面禁輸」という最後通牒を突きつけられた数日後。

帝都・東京の首相官邸、地下の極秘作戦室。

そこには、近衛文麿(若林幸隆)と日野輝夜、そして幸隆が長年かけて育成してきた『対米経済戦争』のための精鋭官僚たちが集結していた。

「……いいか、お前ら」

幸隆は、黒板にアメリカの巨大な地図と、ウォール街(金融市場)の相関図を書き殴りながら、ドス黒い声で唸った。

「アメリカ政府の連中は、期限の一週間後、大々的に『対日禁輸措置』を世界に向けて発表するじゃろう。あいつらは、日本が資源を絶たれてパニックになり、土下座してくると本気で信じ込んどる」

幸隆は、黒板のアメリカの心臓部(ウォール街)に、赤色のチョークで大きなバツ印をつけた。

「その『発表の瞬間』が、ワシらの引き金じゃ」

精鋭官僚たちが、息を呑んで幸隆の言葉に耳を傾ける。

「アメリカが禁輸を発表したのと一秒の狂いもなく、ワシらがダミーファンドを通じて買い占めていたアメリカ国債と、米国軍需企業の株式を『すべて』市場に投げ売り(空売り)しろ。同時に、我が国が独占的に握っている東南アジア産の『特殊レアメタル』――米国の最新兵器や航空機の製造に不可欠な資源の輸出を、完全ストップさせる!」

それは、未来の歴史を知る幸隆だからこそ構築できた、完璧な「経済のカウンターパンチ」だった。

史実において、日本は資源を絶たれて軍事的な暴発(真珠湾攻撃)を選んだ。だが、今の日本は違う。武力ではなく、相手の最も痛い『金と経済の急所』を、合法的に、かつ致命的なタイミングで破壊するのだ。

「市場はパニックになり、アメリカの株価は世界恐慌レベルで大暴落する。あいつらの傲慢なへし折って、血反吐を吐かせてやれ!!」

「はっ!!」

官僚たちの目に、熱狂的な光が宿る。

白人至上主義の列強に虐げられてきた極東の島国が、知略と経済力で超大国を完膚なきまでに叩き潰す。その歴史的瞬間の到来に、彼らの魂は震えていた。

「……じゃが、これだけじゃ終わらん」

幸隆はチョークを置き、部屋の隅で静かに微笑む輝夜へと視線を向けた。

「ワシが経済でアメリカの息の根を止めた瞬間、世界中の国々はパニックになり、日本を『恐ろしい化け物国家』として警戒するじゃろう。……そこで、輝夜の出番じゃ」

「はい、総理」

輝夜は静かに歩み出た。

彼女は今日、いつもの地味なスーツではなく、大日本帝國を代表する洗練された白いドレスに身を包んでいた。

「輝夜、お前を『特命全権大使』として、中立国スイスのジュネーブへ派遣する。……ワシが裏で大国を血祭りにあげている間、お前は表舞台で『日本の慈悲(王道)』を見せつけ、世界の世論を根こそぎ奪い取ってこい」

「承知いたしました」

輝夜は、澄み切った瞳で幸隆を見つめ返した。

「アメリカが経済で自滅していく中、私はヨーロッパで苦しむ『難民たち』を救済する宣言を出します。……大日本帝國は、武力で覇権を争う野蛮な国ではなく、人道を重んじ、世界を救う『光の国』であると、世界中に証明してみせます」

幸隆の放つ「黒い太陽(覇道)」の恐怖を、輝夜の放つ「月(王道)」の優しさで中和し、逆に世界中の民衆を日本の味方につける。

これこそが、世界を完全に掌握するための、最強のバディによる『究極のサンドイッチ戦略』であった。

   ◆

翌朝。横浜港。

中立国へ向かう豪華客船の特別デッキに、輝夜の姿があった。

「……気をつけて行けよ、輝夜」

見送りに来た幸隆が、人目を忍んで声をかける。

「幸隆さんも。無茶をして、また胃に穴を開けないでくださいね」

輝夜はフフッと笑い、自分の胸元のアンティークブローチをそっと撫でた。

「世界の裏と表。離れていても、私たちがやることは同じです。……この国を、そして世界を、誰も見捨てない黄金の時代に導くこと」

「ああ。欧米のクソ野郎どもに、お前の『月』の美しさを見せつけてこい」

汽笛が鳴り響き、船がゆっくりと岸壁を離れていく。

幸隆は、水平線の彼方へ消えていく客船を、いつまでも見送っていた。

   ◆

そして、数日後。

アメリカ・ワシントンD.C. ホワイトハウス。

大統領は、世界中のメディアに向けたラジオ演説のマイクの前に立ち、勝ち誇ったように宣言した。

『――合衆国は、世界の平和を脅かす野蛮な極東の国・日本に対し、本日この瞬間をもって、石油および鉄資源の全面禁輸措置を発動する! 彼らが自らの愚かさを悟り、降伏してくるまで、我々の制裁は終わらない!!』

高らかな勝利宣言。

だが、そのラジオの音声は、帝都の首相官邸の総理執務室にもリアルタイムで届いていた。

「……ほゥ。言うたな、毛唐のタヌキ親父」

幸隆は、受話器を耳に当てながら、ドス黒い笑みを極限まで深めた。

「総理。アメリカの禁輸発表を、たった今確認しました」

受話器の向こうから、ウォール街に潜伏している日本のダミーファンドの責任者が、緊張した声で報告してくる。

「ああ。期限切れじゃ」

幸隆は、備前焼の灰皿にタバコを力強く押し付けた。

その三白眼には、大国を屠る無慈悲な修羅の光が宿っている。

「……撃て。アメリカの経済(心臓)を、一秒で吹き飛ばせ」

大日本帝國の、血を流さない残酷な大反撃が、今、放たれた。

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