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第十章 世界大戦と黄金の太陽編

ABCD包囲網の『真実』――傲慢なる鷲と黒い太陽

昭和16年(1941年)。

ヨーロッパ全土を巻き込んだ大戦の炎が激しさを増す中、大日本帝國は未だかつてない「目に見えない巨大な壁」に直面していた。

帝都・東京。首相官邸の応接室。

最高級の葉巻の煙が立ち込める中、ソファにふんぞり返って座る白人の大男が、傲慢な笑みを浮かべて一枚の書類をテーブルに放り投げた。

「……これが、我が合衆国政府からの『最終通告』です。近衛総理」

駐日アメリカ大使、ウィリアムズ。

彼は、眼の前に座る大日本帝國の最高権力者(若林幸隆)を見下すような視線でねめつけた。

「我が国は、イギリス、オランダ、そして中国の指導者たちと完全に合意しました。日本がこれ以上の大陸での権益拡大をやめ、軍を全面撤退させない限り……我が国は日本に対する『石油』および『くず鉄』の輸出を全面禁止し、合衆国国内にある日本の在外資産をすべて凍結します」

いわゆる、『ABCD包囲網』。

資源を持たない島国である日本への、事実上の死刑宣告であった。

ウィリアムズ大使は、葉巻の灰をわざとテーブルに落とし、ニヤリと笑った。

「日本が消費する石油の八割は、我が国からの輸入に頼っている。……これがストップすれば、貴国の誇る無敵の連合艦隊も、工場も、たった数ヶ月でただの巨大な鉄くずへと変わる。総理、賢明な判断を期待していますよ。資源のない極東の小国が、世界の覇者たるアメリカに楯突くなど、百周遅れの自殺行為ですからね」

強国の威信を笠に着た、露骨な恫喝。

この時代の白人特有の「黄色人種への見下した態度」が、その言葉の端々に滲み出ていた。

「……なるほど。石油と鉄の禁輸、ですか」

幸隆は、備前焼の灰皿を引き寄せながら、わざとらしく眉間に皺を寄せ、ひどく苦悩したような表情を作った。

「それは困りましたな。……我が国にとって、アメリカ様からの資源はまさに生命線。それを絶たれれば、国民はたちまち飢えと寒さに苦しむことになります」

「ええ、その通りです。ですから、大人しく我々の靴を舐めることです」

ウィリアムズ大使は、幸隆が完全に屈服したと確信し、満足げに席を立った。

「回答の期限は一週間。……良いお返事をお待ちしておりますよ、ミスター・コノエ」

アメリカという巨大な鷲は、極東の島国を完全に鳥籠に閉じ込めたと信じて疑わず、意気揚々と官邸を後にした。

   ◆

バタン、と。

応接室の重厚なドアが閉まり、大使の足音が完全に遠ざかった数秒後。

「……クッ、クックックッ」

苦悩に満ちていたはずの幸隆の口から、低く、ドス黒い笑い声が漏れた。

それは次第に大きくなり、やがて腹の底からの大爆笑へと変わった。

「ガッハッハッハッ!! アーッハッハッハ!!」

「……総理。あまり笑うと、傷が響きますよ」

応接室の奥の隠し扉が開き、そこから日野輝夜と、数名の経済官僚が静かに姿を現した。

「いや、笑わずにおれるか! なあ輝夜、お前も聞いとったじゃろうが! 『石油を止めれば数ヶ月で鉄くずになる』じゃと!」

幸隆は、涙を拭いながら、ドス黒い広島弁で吐き捨てた。

「未来の歴史の教科書に書いとった通りの、アホみたいにワンパターンな脅し文句じゃ! ……あいつら、ワシらが自分たちの何倍もの国力を持っとる白人サマにビビり散らかして、土下座してくると本気で思っとるんじゃ!!」

幸隆の三白眼に、地獄の底から這い上がってきた修羅のような、漆黒の覇気が宿る。

アメリカは知らないのだ。

眼の前にいる総理大臣が、「日本が資源を絶たれて暴発し、破滅の戦争に突き進んで原爆を落とされる」という最悪の未来トラウマを、すでに知っているということを。

だからこそ幸隆は、この数年間、国内の政治を強権でまとめ上げながら、同時に『対アメリカ用の見えない罠』を、誰にも気づかれないように何重にも張り巡らせてきた。

「……経済産業局長。例の『備蓄』の状況はどうなっとる」

幸隆が視線を向けると、控えていた官僚が恭しく一礼した。

「はっ。理化学研究所との極秘プロジェクトにより、満州および東南アジアから独自ルートで調達した『石油』と『希少金属レアメタル』は、すでに日本全土の地下サイロに、史実の五倍……向こう十年間は国が回るほどの量を確保しております」

「そして、アメリカの金融市場への『仕掛け』は?」

「そちらも準備完了です。ダミーファンドを通じて、合衆国の国債と、彼らの軍需産業を支える重要企業の株式を密かに買い占めました。総理の『合図』一つで、アメリカ市場の息の根を止めることが可能です」

「上等じゃ」

幸隆は、ニヤリと獰猛な牙を剥いた。

アメリカは「自分たちが日本を兵糧攻めにしている」と錯覚している。

だが真実は逆だ。幸隆の未来知識というチートによって、大日本帝國はすでにアメリカ経済の『心臓』に合法的な爆弾を仕掛け終わっているのである。

「武力なんぞ使わん。あいつらが大好きな『経済と金』のルールで、手も足も出んくらい完膚なきまでにボコボコにしてやるわ」

幸隆は、愛用の『ピース』に火を点け、紫煙を吐き出した。

そして、傍らに立つ輝夜に向き直った。

「輝夜。ワシの『黒い太陽(経済の罠)』が向こうの懐で爆発した時、世界は大混乱に陥る。……その時、世界中の連中が『日本はなんて恐ろしい国だ』と敵に回らんよう、お前には表舞台(世界)に出てもらうぞ」

「はい。わかっています」

輝夜は、澄んだ瞳で真っ直ぐに幸隆を見つめ返した。

「あなたは影で大国を縛り上げてください。……私は光の当たる場所で、世界の世論を『大日本帝國の王道』で包み込みます」

最強の政治家が放つ、血を流さない残酷な『覇道』。

静かなる革命家が放つ、世界を救う慈愛の『王道』。

二人の神による、世界中の歴史家がひっくり返るような「史上最大のカウンター(ざまぁ)」の引き金に、今、静かに指がかけられた。

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