EP 8
帝國議会の審判――最強の共同発議者
昭和15年(1940年)初夏。
帝都・東京、荘厳なる大日本帝國議会議事堂。
本会議場は、開会直後から異様な熱気と、あからさまな敵意に包まれていた。
議席の大部分を占めるのは、財閥から多額の献金(賄賂)を受け取り、幸隆の作り出した狂乱の好景気で私腹を肥やし続ける保守派の老害議員たちである。
彼らの標的は、議場の演壇に立つ一人の若き女性――企画院特別調査官、日野輝夜ただ一人であった。
「……以上が、地方農村を自立した法人として再構築し、国家の食料自給率と内需を安定させる『新・農業および地方再生法案』の全容です」
輝夜は、飛び交う野次にも微塵も動じることなく、凛とした声で法案の説明を終えた。
だが、次の瞬間、保守派の重鎮である大物議員が、鬼の首を取ったような顔で立ち上がった。
「笑止千万! たかが小娘の思いつきで、帝國の根幹を揺るがすような法案が通るはずがなかろう!!」
大物議員は、真っ赤な顔で輝夜を指差した。
「現在の我が国は、都市部の重工業化による『軍需と輸出』こそが生命線である! 農村などにリソースを分散させるこの法案は、近衛総理の進める『強国化政策』に真っ向から逆らう国賊の法案だ! 皆の者、そうは思わんか!!」
「そうだ! 財閥の邪魔をする気か!」
「女は引っ込んでいろ! アカ(共産主義者)の法案など即刻廃案だ!!」
議場は割れんばかりの賛同の野次に包まれた。
彼らは確信していた。近衛総理は「徹底的な工業化と利益至上主義」の覇王である。農村を助けるような輝夜の綺麗事など、総理自身が一番嫌悪しているはずだと。
「……さあ、総理! この世間知らずの小娘に、引導を渡してやってくだされ!」
大物議員が、最前列の中央……総理大臣席で腕を組み、目を閉じている近衛文麿(若林幸隆)に向かって、恭しく頭を下げた。
議場が静まり返る。
すべての視線が、絶対的な権力者である幸隆に注がれた。
幸隆は、ゆっくりと目を開け、立ち上がった。
そして、マイクの前に立つと、冷酷な三白眼で、勝ち誇った顔の大物議員を見据えた。
「……引導を渡す、だと?」
幸隆の低く、地を這うような声が議場に響き渡った。
「貴様ら、耳に腐った泥でも詰まっとるのか。……それとも、字も読めん痴呆の集まりか?」
「そ、総理……?」
大物議員の顔から、スッと血の気が引いた。総理の雰囲気が、いつもと全く違う。全身から、ドス黒く底知れぬ「殺気」のような覇気が立ち昇っていた。
幸隆は、手元の『新・農業および地方再生法案』の表紙をバシィッ! と叩いた。
「この法案の表紙をよく見ろ。発議者『日野輝夜』の隣に、誰の名前が書いてある?」
大物議員が震える手で老眼鏡をかけ、手元の資料を確認する。
次の瞬間、彼はヒィッ、と短い悲鳴を上げて腰を抜かしそうになった。
そこには、はっきりと印字されていた。
【共同発議者:内閣総理大臣 近衛文麿】と。
「そ、そ、総理ッ!? ば、馬鹿な! このような農村優遇の法案、総理のこれまでの工業至上主義の政策と完全に矛盾しておりますぞ!! なぜ、このような小娘の法案に……!」
「矛盾だと? 馬鹿言え」
幸隆は、ドス黒い広島弁を胸の奥に隠し、冷徹な『最強の政治家』として議場全体を睥睨した。
「『工業と軍事』で外貨を稼ぐのは、外の化け物(欧米列強)から国を守るための装甲(外壁)に過ぎん。……だが、その外壁を支えるのは、国民の胃袋と豊かな土壌だ。外壁ばかりを分厚くして、内側の根っこを腐らせる国は、いずれ自重で崩壊する」
幸隆は、演壇で静かに微笑む輝夜に視線を送った。
「ワシの『太陽(覇道)』で稼いだ外貨と物流網を、日野調査官の『月(王道)』が農村の隅々にまで行き渡らせる。……これが、我が大日本帝國を永遠に不沈の超大国とするための、両輪だ」
議場は、水を打ったように静まり返った。
総理大臣が自ら共同発議者となっている以上、この法案は事実上の「内閣の絶対方針」である。
「し、しかし……ッ! 我々保守派は、断じてこの法案には賛成できんッ!!」
大物議員が、財閥からの裏金を死守するため、最後の悪あがきで叫んだ。
「ほう。賛成できないと」
幸隆は、懐から「一枚のメモ」を取り出し、意地悪く笑った。
「なら、お前らが昨晩、銀座の高級料亭『吉兆』で、〇〇財閥の総帥から『法案を潰す見返り』として受け取った【一人あたり五万円(現在の価値で数億円)の裏金リスト】を、この場で読み上げてやろうか?」
「なっ……!? な、なぜそれを……ッ!!」
大物議員をはじめ、野次を飛ばしていた数十人の議員たちが、一斉に顔面を蒼白にして立ち上がった。
「ワシの『情報特高(半導体コンピューターと東條の憲兵隊)』から、隠し事ができると思うなよ。……日野調査官が泥にまみれて美しい世論を味方につけてくれたおかげで、今の貴様らは『農村を苛める悪徳政治家』として国民から大バッシングを受けとる真っ最中だ」
幸隆の目が、極悪非道な商人のように三白眼に細められた。
「さあ、選べ。この場で法案に【全会一致で賛成】して、愛国者のフリをして生き延びるか。……それとも、汚職で逮捕され、東條の地下牢で爪を剥がされるか。好きな方を選んでええぞ」
完璧な退路の遮断。
輝夜が作った「光の世論(王道)」と、幸隆が裏で仕込んでいた「恐怖の脅迫(覇道)」。
二つのチートが完全に噛み合った瞬間、もはや財閥の犬たちに抵抗する術は何も残されていなかった。
「……さ、賛成……賛成いたします……!!」
大物議員が泣き崩れるようにその場に崩れ落ちると、残りの議員たちも次々と雪崩を打って白旗を揚げた。
「よろしい。では、採決に移る」
議長席からの宣言。
結果は、言うまでもなかった。全会一致の可決である。
「……やりましたね、総理」
採決後。すれ違いざまに、輝夜が幸隆にだけ聞こえる声で囁いた。
「お前の『月明かり』のおかげじゃ。……これで、この国の内側に巣食う膿(老害)も、すべて綺麗に駆逐できた」
幸隆は、口元だけでニヤリと笑い返した。
外敵を経済と軍事で屈服させ、内側の歪みを完璧な農村再生システムで治療した。
最強のタヌキ親父と、静かなる革命家の「太陽と月のコンビ」の手によって、大日本帝國はついに、人類史上どの国も到達したことのない『完全無欠の黄金時代』へと突入したのである。




