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EP 4

太陽と月の激突――覇王の試練

昭和15年(1940年)初夏。

帝都・東京、首相官邸・総理執務室。

夜の帳が下りた執務室は、分厚いカーテンが引かれ、たった一つのデスクランプだけが点灯する薄暗い空間となっていた。

その静寂を破り、ノックの音とともに重厚な扉が開かれる。

「……長野からの帰還、ご苦労だったな。日野調査官」

デスクの奥深く、革張りのチェアに沈み込むように腰掛けた近衛文麿(若林幸隆)が、紫煙の向こうから声をかけた。

「ただいま戻りました、総理」

長野の農村からとんぼ返りしてきた輝夜は、アースカラーのスーツにわずかな土埃を滲ませながらも、背筋をピンと伸ばして幸隆の前に立った。

「海軍の輸送部隊をアゴで使って、財閥の物流封鎖をぶち破るとはな。……企画院の末端官僚がやるにしては、少々派手すぎる越権行為だぞ」

「総理が推進された『省庁間連携による国益の最大化』という方針に従ったまでです。海軍の兵站維持と、農村の利益確保。何一つ法には触れておりません」

涼しい顔で答える輝夜に、幸隆はふっと口の端を歪め、手元のピースを灰皿でもみ消した。

「……局地戦での勝利、見事じゃったわ」

突如、幸隆の口からドス黒い『広島弁』が漏れ出す。

それは、洗練された総理大臣の仮面を脱ぎ捨て、裏の顔である「若林幸隆」が本気で相手と対峙する合図であった。

「じゃがな、勘違いするなよ小娘。おどれが長野で勝てたのは、相手が『地方のチンピラ商会』じゃったからに過ぎん。……ここから先、その『農業・地方再生』の仕組みを日本全国に広げ、法制化しようとすれば、帝都に巣食う本物の化け物(財閥と保守派)どもが、束になってお前を殺しにくるぞ」

幸隆が立ち上がる。

180センチを超える長身から放たれる、修羅場を潜り抜けてきた絶対的な覇王のプレッシャー。

並の政治家なら、その三白眼で睨まれただけで膝から崩れ落ちるほどの威圧感だった。

「ワシは今、この国を世界一の重工業・軍事国家にするために、すべてのリソースを都市部に集中させとる。ワシの『覇道(太陽)』に逆らって、農村にリソースを分散させる綺麗事(王道)を通そうとするなら……お前、本物の地獄を見るぞ」

幸隆の冷酷な宣告。

それは、彼自身がこれまで泥と血にまみれて背負ってきた「政治の闇(地獄)」への警告でもあった。

だが。

「……地獄は、私が『光』で照らして消し去ります」

輝夜の澄んだ瞳は、幸隆のドス黒い覇気を真っ向から受け止め、微塵も揺らがなかった。

「総理の覇道は、確かに国を急成長させました。ですが、その強引なトップダウンのやり方は、もう『古い』です」

「……ほう?」

「外敵がいなくなった今、内側の国民(弱者)を焼き尽くすほどの強すぎる太陽(覇道)は、やがて国そのものを干上がらせます。……暗闇の中で人々が安心して足元を見据え、自立して歩ける『月(王道)』の光が、これからの日本には絶対に必要なのです」

輝夜は、胸に抱えていた分厚いファイルを、ダンッ! と幸隆のデスクに叩きつけた。

「『新・農業および地方再生法案』。……この法案を、一ヶ月後の帝國議会に提出します。私が必ず、議会の過半数を寝返らせてみせます」

幸隆は、叩きつけられたファイルと、輝夜の顔を交互に見つめた。

ただの理想論ではない。数字と法律(算盤)を完璧に計算し尽くした上で、既得権益のど真ん中に喧嘩を売ろうとしている。

(……この小娘、本気でワシの喉首(国家の舵取り)を獲りに来やがった……ッ!)

幸隆の胸の奥で、政治家としての歓喜の血が沸騰した。

自分と同じレベルで国の未来を見据え、自分とは全く違うアプローチで、完璧な国造り(盤面)を構築しようとする存在。

「……ええ度胸じゃ」

幸隆は、狂気すら孕んだ極悪な笑みを浮かべ、再び新しいピースに火を点けた。

「一ヶ月だ。次の議会までに、お前のその『月明かり』で、霞が関の官僚どもや保守派の議員を説得し、完璧な法案の根回しを終わらせてみせろ。……もしできなければ、お前は企画院をクビだ。長野の村も、財閥に解体させて更地にする」

「ええ。お受けします。……もし私が法案を通せる見込みを立てたなら、総理も『共同発議者』として、私の法案にサインしていただきます」

「……言ったな。後悔するなよ」

バチバチと火花が散るような、強烈な視線の交錯。

輝夜が一礼し、足音高く執務室から退出していく。

重厚な扉が閉まり、再び一人になった執務室。

幸隆は、輝夜が残していった『新・農業および地方再生法案』の表紙を、太い指でそっと撫でた。

「……地獄を、光で消し去る、か」

幸隆は、窓の外の夜空に浮かぶ、静かで美しい月を見上げた。

彼が未来から持ち込んだ「史実の地獄(原爆・敗戦)」を回避するため、自分一人で泥を被り、悪党としてすべてを焼き尽くそうとしてきた。

だが、もし。

(……じゃが、こいつが本物なら……ワシが背負うはずだった『地獄』は、本当に不要になるかもしれんのう)

ドス黒いタヌキ親父の顔に、この世界に来て初めて、安堵にも似た「一人の人間」としての柔らかな笑みが浮かんだ。

一ヶ月後の帝國議会へ向けた、国家の形を決めるタイムリミット。

「企画院の月」日野輝夜による、霞が関を巻き込んだ前代未聞の『人心掌握(根回し)』が、ついに始まろうとしていた。

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