第十四章 幕府解体・暗黒デモクラシー編
資本主義の限界 ―― 「士農工商」という不良債権
元禄17年(1704年)、冬。
大英帝国を完全に屈服させ、莫大な賠償金と最先端の技術を強奪してから約一年。
日本の風景は、若林幸隆(吉良上野介)という一人のバケモノの算盤によって、もはや別世界のように様変わりしていた。
「ポォォォォォォォォッ!!」
江戸湾(お台場要塞)のドックから、力強い汽笛の音が響き渡る。
海には吉良海兵隊が誇る鋼鉄の装甲蒸気船が何隻も停泊し、陸には江戸と三河を結ぶ鉄道のプロトタイプが黒煙を上げて疾走している。
イギリスからの巨額の賠償金と、アジアの貿易権の独占。大日本帝国(実質的な吉良帝国)の経済成長率は、前年比で数百パーセントという、文字通り『爆発的』な数値を叩き出していた。
だが。
お台場要塞の最上階、冷暖房を完備した最高級の執務室において、吉良大蔵省のトップである吉良義周の顔は、決して明るくはなかった。
「……父上。現在の我が国の経済成長は、数年以内に『頭打ち(限界)』を迎えます」
洗練されたフロックコートを着こなす義周が、分厚い決算報告書を若林のデスクにドンと置いた。
「限界じゃと? これだけ金と技術をかき集めておいて、何が不満なんじゃ」
若林は、上質なソファに深く腰掛けながら、無骨な鉄の煙管に火をつけた。
「『人手』と『内需』です」
義周は、銀縁眼鏡を押し上げながら、冷徹な官僚の声で答えた。
「現在、我が吉良グループの工場やインフラ整備には、莫大な労働力が必要です。しかし、この国には『士農工商』という時代遅れの身分制度がある。農民は土地に縛られ、商人は特権階級に搾取される。……労働力の流動性が、極めて低いのです」
義周は、報告書の特定のページを開き、指でトントンと叩いた。
「中でも最も致命的な『不良債権』が……人口の約一割を占める『武士階級』です」
その言葉に、執務室の壁際で控えていた大石内蔵助が、ピクリと眉を動かした。
「武士は一切の生産活動を行いません。それどころか、ただ『家柄が良い』というだけで、公儀(幕府)から毎年莫大な『給金(米)』を受け取っています。公儀の税収の大半が、この『何も生み出さないニート集団』を養うために消えているのです」
義周の言葉は、江戸時代の根本原理を根底から否定する、極めて危険なものであった。
だが、若林は鉄の煙管をくわえたまま、悪魔のように口角を吊り上げた。
「……フン。言うようになったのう、義周」
若林は、現代の政治家としての経験から、その問題をとうの昔に理解していた。
資本主義社会において、最も忌むべきは「既得権益に胡座をかき、生産も消費も適正に行わない階級」である。
武士たちはプライドばかり高く、「商売など下賤の者のやることだ」と見下し、労働を嫌う。そのくせ、特権としてふんぞり返り、平民を切り捨て御免で殺す権利すら持っている。
「大石」
若林は、元・赤穂藩の筆頭家老であった男に声をかけた。
「ハッ!! ここに!!」
大石は、ビシッと近代軍隊の敬礼をして直立不動の姿勢をとった。
「お前は、元は武士のトップクラスじゃったな。今の義周の報告を聞いて、どう思う?」
大石は、微塵の迷いもなく、狂信的な光を宿した目で即答した。
「大殿(社長)!! 我ら吉良グループの理念(経世済民)に照らし合わせれば、生産性ゼロで利益を圧迫するだけの武士など、言語道断!! 即座にリストラ(身分剥奪)し、炭鉱か塩田に放り込んで強制労働させるべきかと存じます!!」
大石の脳内は、すでに武士道ではなく、若林が叩き込んだ『超絶ブラック資本主義』によって完全に上書きされていた。働かざる者食うべからず。利益を出さない部署は即座に潰す。それが大石の新しい絶対正義であった。
「フハハハハッ!! 違いねえ!」
若林は、愉快そうに腹を抱えて笑った。
そして、鉄の煙管の雁首を、灰吹の代わりにデスクの上の純銀のトレイに打ち付けた。
――ガキィィンッ!!
重厚な金属音が、執務室の空気を一変させた。
若林の瞳に、国会で政敵を社会的に抹殺してきた、あのドス黒い権力者の光が宿る。
「ええか、義周。大石」
若林は、窓の外に広がる江戸の町を見下ろした。
無数の屋敷が立ち並ぶ、武士たちの居住区(山の手)。そこには、日本の富を無駄に食い潰す『ダニ』どもが、時代の変化に気づかず呑気にふんぞり返っている。
「大英帝国を叩き潰した今、外の脅威は当分来ん。……ならば次は『内』の掃除じゃ」
若林は、ドス黒い広島弁で、日本の歴史を根本から覆す爆弾発言を放った。
「徳川幕府を、解体する」
義周と大石が、息を呑んだ。
「武力で倒すんじゃねえ。……『法律』と『カネ』を使って、武士という身分そのものを、この世から合法的に消し去ってやるんじゃ」
若林は、懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。
秒針が進むたびに、江戸時代というシステムそのものの寿命が削られていく。
「士農工商なんぞというカビの生えた身分制度は、今日限りで終わりじゃ。……すべての人間を、ワシの算盤の上で『平等な労働力』にしてやる」
「……父上。それはすなわち、全国数十万の武士たちを完全に敵に回すということです。彼らは刀を抜き、死に物狂いで反乱を起こすでしょうが……」
義周が冷静にリスクを指摘する。
「上等じゃ」
若林幸隆は、極悪非道な笑みを浮かべた。
「プライドしか脳のない時代遅れの侍どもに、現代政治の『本物の社会抹殺』のやり方を、骨の髄まで教えてやろうぜ」
元禄17年。
大航海時代を力ずくで終わらせた老練なる泥棒政治家は、ついに自国の「封建制度」そのものに牙を剥いた。
刀と血の時代を終わらせ、カネと情報がすべてを支配する『暗黒の民主主義』への壮絶なパラダイムシフトが、今、静かに幕を開けたのである。
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