EP 8
反撃の号砲 ―― 江戸湾の圧倒的蹂躙(装甲蒸気船vs無敵艦隊)
元禄16年(1703年)、春。
江戸湾(現在の東京湾)の入り口に、突如として異形の影が姿を現した。
「ひ、ひぃぃぃッ!! なんだあれはァッ!?」
「山だ! 海の上に、巨大な山がいくつも浮かんでるぞォォッ!!」
品川宿の海岸にいた漁師や町民たちは、腰を抜かして悲鳴を上げた。
海上に浮かんでいたのは、日本の千石船とは比較にならないほど巨大な、三本の高いマストを持つ重武装のガレオン船団。
大英帝国(イギリス東インド会社)が誇る、最新鋭の東洋艦隊である。その数、実に十二隻。
「……見ろ、副官。引きこもりの猿どもが、我々の偉大なる船団を見て震え上がっているぞ」
旗艦『ヴィクトリア号』の甲板で、艦隊司令官のスターリング提督が、望遠鏡を覗き込みながら傲慢な笑みを浮かべていた。
横浜の偽札・アヘン拠点を潰された大英帝国は、ついに本国からの大艦隊を動かし、直接的な「砲艦外交(武力脅迫)」に出たのだ。
「提督。いかがなさいますか?」
「決まっている。野蛮な猿どもに、世界のルールと大英帝国の偉大さを教えてやるのだ。……江戸の町へ向け、一斉に威嚇射撃を行え」
スターリングの号令により、十二隻のガレオン船の側面に並んだ百門近い大砲が、一斉に火を噴いた。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
空気を切り裂く轟音が、江戸の町全土を激しく揺るがした。
江戸城本丸では、将軍・徳川綱吉が恐怖のあまり腰を抜かし、老中たちがパニックになって逃げ惑っていた。
だが、その中で一人、側用人の柳沢吉保だけは、冷や汗を流しながらも不気味なほど冷静に平伏し続けていた。
(……来たか、白豚ども。だが、貴様らの相手は公儀ではない。あのバケモノだ)
柳沢の脳裏には、数日前に吉良上野介から突きつけられた「手筈」が刻み込まれている。
江戸幕府の最高権力者ですら、今やあの化け物の描いた「盤面」の上で踊るただの駒に過ぎないのだ。
***
「……提督! 御覧ください! 湾の奥、三河の方向から……妙な船が近づいてきます!」
ヴィクトリア号のマストの上から、見張りの水兵が切羽詰まった声で叫んだ。
「日本の軍船か? フッ、どうせ竹と紙で作ったような小舟だろう。蹴散らして……」
スターリングが再び望遠鏡を覗き込んだ瞬間。彼の顔から、スッと血の気が引いた。
「な、なんだアレは……!? 帆が……ないだと!?」
江戸湾に立ち込める春霞を切り裂いて現れたのは、これまでの常識を根底から覆す『異形』であった。
帆柱は存在しない。代わりに、船体の中央から太い煙突が突き出し、猛烈な黒煙をモクモクと吐き出している。
船の側面には巨大な水車(外輪)が取り付けられ、それが海水を激しく掻き回しながら、「風向きを完全に無視して」真っ直ぐにイギリス艦隊へと突進してくるのだ。
ガションッ! ガションッ! ガションッ!!
ボイラーが燃え、ピストンが往復し、玉鋼で鍛え上げられた鉄のシリンダーが脈打つ音。
三河の職人たちが血と汗と涙で組み上げた、日本初、いや世界初の『和製・外輪式蒸気船』の姿であった。
「馬鹿な……風もないのに、なぜあれほどの速度で動ける!? ええい、撃て! あの気味の悪い黒船をただちに沈めろ!!」
スターリングの命令で、ガレオン船団の片舷から一斉に実弾が発射された。
数十発の重い鉄球が、恐るべき速度で蒸気船の船体へと直撃する。
ガギィィィィィンッ!!!
だが。木っ端微塵に砕け散るはずの船体は、無傷であった。
命中した砲弾の方が、ひしゃげて海へとポロポロと落ちていく。
「なっ……弾き返しただとォ!?」
スターリングは己の目を疑った。
蒸気船の表面は、木材ではない。鉄五郎たち刀鍛冶が、不眠不休で打ち鍛えた『玉鋼の装甲板』によって、びっしりと覆い尽くされていたのだ。
「アイアンクラッド(装甲艦)だと……!? そんな技術、本国にすら存在しないぞ!!」
イギリス艦隊が戦慄と混乱に陥る中、装甲蒸気船は圧倒的な速度で距離を詰め、ヴィクトリア号の真横へとピタリと並んだ。
「……接舷完了!!」
蒸気船の甲板から、獣のような咆哮が上がった。
濃紺の軍服(作務衣)に身を包み、手首に数珠を巻いた狂鬼――大石内蔵助である。その後ろには、四十六人の特別保安課(旧赤穂浪士)の面々が、抜き身の日本刀とマスケット銃を手に、爛々と目を輝かせている。
「これより、吉良グループ特別保安課による『強制監査(立ち入り)』を行う!!」
大石が、刀を振りかざして絶叫した。
「大殿(社長)の海を荒らす不法投棄物どもめ! てめぇらの命で、我が社の莫大な開発費を償えェェェェッ!!」
「「「ウオォォォォォォォォッ!!!」」」
ロープが投げ込まれ、狂信の社畜兵士たちが、次々とヴィクトリア号の甲板へと雪崩れ込んだ。
「う、撃て! 撃ち殺せ!!」
イギリスの傭兵たちがマスケット銃を構えるが、大石たちの動きは人間業ではなかった。発砲のタイミングを完全に見切り、銃煙の中をすり抜けて至近距離へと潜り込む。
「甘いッ!!」
大石の一刀が閃き、傭兵の持つ銃身ごと、その胴体を真っ二つに両断した。
「ヒィィッ! バ、バケモノだ!!」
「助けてくれ!!」
近代戦列歩兵の白人傭兵たちは、死を恐れずに突撃してくる狂気の侍たちの前に、成す術なく蹂躙されていく。
斬り合い、撃ち合い、そして圧倒的な暴力。
誇り高き大英帝国の旗艦は、ものの数分で完全に制圧され、血の海と化した。
***
「……フン。騒々しい連中じゃ」
阿鼻叫喚の地獄絵図と化したヴィクトリア号の甲板に、一つの影がゆっくりと降り立った。
泥臭く、無骨な『鉄の煙管』を咥えた初老の男。
日本を裏から支配し、ついに世界の歴史を力ずくで書き換えた怪物――若林幸隆である。
若林の後ろには、感情を持たない諜報少女のお雪と、冷徹な官僚・吉良義周が静かに付き従っている。
「ひっ……! 貴様、何者だ! 我々を大英帝国の艦隊と知っての狼藉か!!」
甲板に引きずり出され、大石に首元へ刃を突きつけられたスターリング提督が、血と涙にまみれながら叫んだ。
若林は、スターリングの目の前まで歩み寄ると、鉄の煙管の雁首を、ヴィクトリア号のメインマストに打ち付けた。
――ガキィィンッ!!
重厚な鉄の音が、海風に乗って響き渡る。
「ワシは吉良上野介。……この国の『ルール(支配者)』じゃ」
若林は、流暢な英語で冷酷に言い放った。
スターリングは、極東の老人が完璧な英語を話したことに、さらなる絶望と恐怖を覚えた。
「大英帝国じゃと? 帝国主義じゃと? ……嗤わせるな、白豚。テメェらが数百年かけてやろうとしとる程度の『搾取』なんざ、ワシがとっくの昔に(前世で)見てきた、古臭い手口なんじゃよ」
若林は、鉄の煙管から紫煙を吐き出し、スターリングを見下ろした。
「偽札とアヘンでワシの国を腐らせようとしたこと、あの世でヴィクトリア女王に詫びながら死ぬか? ……それとも、ワシが用意した『紙切れ』にサインして、尻尾を巻いて本国に逃げ帰るか?」
若林の合図で、義周が懐から分厚い羊皮紙の契約書を取り出し、スターリングの前に広げた。
それは、大英帝国がアジアの市場から完全に撤退し、吉良家に対して莫大な賠償金を長年にわたって支払い続けるという、屈辱的かつ歴史上最悪の『超・不平等条約』であった。
「こ、こんなものにサインなどできるか! 大英帝国の誇りが……!」
「大石。こいつの右腕を斬り落とせ。サインは左手でさせろ」
若林の一切の感情を交えない命令に、大石が「御意!」と刀を振り上げた。
「ま、待て! 待ってくれェェッ!! サインする! サインするからァッ!!」
スターリングは、誇りも名誉もすべてへし折られ、涙と鼻水にまみれながら、震える手で羽ペンを握り、契約書に自らの名前を記した。
ペリー来航による不平等条約の締結。
日本人が味わうはずだった歴史の屈辱は、140年以上前の江戸湾にて、逆に世界最強の大英帝国に対して完璧に叩き返されたのだ。
「……よおし。交渉成立じゃ」
若林幸隆は、契約書を受け取り、鉄の煙管をくわえながら、江戸湾の水平線の向こう――世界へと視線を向けた。
装甲蒸気船の煙突から吹き上がる黒煙が、大英帝国の旗を完全に覆い隠していく。
一人の老練なる泥棒政治家による、歴史のタイムラインの完全な破壊と、超絶重商主義国家・大日本帝国の誕生。
パクス・ヤポニカ(日本による平和と支配)の号砲は、今、圧倒的な勝利のカタルシスと共に、世界中に向けて鳴り響いたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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