EP 10
黒幕の茶会 ―― 新たなる「日本の支配者」の誕生
元禄14年、大晦日。
江戸の町は、降りしきる雪の中で静かに新年を迎えようとしていた。
かつて「赤穂浪士の討ち入り」によって血に染まり、歴史に永遠にその名を刻むはずだった吉良邸は、今や一滴の血の匂いもない、絶対的な静寂と権力に包まれている。
吉良邸の最も奥深くにある、外界から完全に遮断された茶室。
そこに、現在の日本を事実上支配する『怪物たち』が集結していた。
上座で静かに湯を沸かすのは、純銀の煙管を手にした初老の男――吉良上野介、いや、現代日本のドブ泥を泳ぎ切った政治の怪物・若林幸隆である。
その後ろには、絶対の忠誠を誓う防衛隊長・小林平八郎が、彫像のように控えている。
そして、若林の前に平伏している四つの影。
一つ目は、幕府の最高権力者でありながら、完全に心を砕かれ「表の防波堤」として飼い慣らされた側用人・柳沢吉保。
二つ目は、若林の冷酷なる官僚主義に脳を焼かれ、感情を持たないエリートへと覚醒した吉良家次期当主・吉良義周。
三つ目は、江戸のあらゆる秘密を握る諜報網のトップであり、無機質な瞳を持つ少女・お雪。
四つ目は、かつては復讐の鬼であったが、今や資本主義の「やりがい」に洗脳され、吉良グループの最強の武力(社畜)となった元赤穂藩家老・大石内蔵助。
官僚、情報、武力、そして国家権力。
すべてが、若林幸隆という一人の老人の掌の上に揃っていた。
「……皆の者、面を上げい」
若林の静かな声に、四人が一斉に顔を上げる。
そこにあるのは、恐怖、狂信、そして絶対者に対する圧倒的な畏怖であった。
若林は、点てた茶を自分で一口啜ると、煙管の雁首を灰吹に打ち付けた。
――カンッ!!
澄んだ金属音が茶室に響き渡り、空間の「支配権」が完全に若林のものとなる。
彼は、己の本来の言葉――ドス黒く、そして威厳に満ちた広島弁を解き放った。
「さて。これにて、ワシの『第一段階』は完了じゃ。……テメェらのような優秀な『手足』が揃ったこと、心より歓迎するぞ」
若林は、極悪非道な笑みを浮かべ、四人を見渡した。
「柳沢。上様(将軍)のご機嫌はいかがじゃ?」
「はっ……」
柳沢吉保が、かつての傲慢さを微塵も感じさせない、卑屈な声で答える。
「上様は、吉良大殿様(若林)を『類まれなる忠臣であり、我が理想の最大の理解者』として、全幅の信頼を置いておられます。私が大殿様の意向を上様に奏上すれば、どのような法案も、公共事業も、すべてが滞りなく可決される状態にございます」
「ようやった。お前はそのまま、上様の隣で『良い家老』を演じ続けろ。……ワシの手を煩わせるなよ?」
「御意にございまする……!」
若林は次に、義周とお雪に視線を移した。
「義周。吉良札の流通具合はどうなっとる」
「はっ。大坂と江戸の主要な商取引の四割が、すでに小判から『吉良札』へと切り替わりました。我々が信用枠を絞れば、幕府の御金蔵すらも一瞬で干上がる状態にございます」
「お雪。不穏分子の動きは?」
「江戸市中、並びに諸大名の江戸屋敷の動向、すべて掌握済みです。……現在、ご主人様(若林)に刃向かおうとする組織的行動は『ゼロ』。もし兆候があれば、瓦版によるスキャンダル攻撃で、事前に社会的に抹殺いたします」
「完璧じゃな」
若林は紫煙を吐き出し、最後に大石内蔵助を見た。
「大石。三河の塩田はどうじゃ」
「大殿(社長)!! 我ら社員一同、大殿の経世済民の理念に報いるため、日夜労働に励んでおります! 塩の生産量はさらに倍増! 利益は右肩上がりにございます!! 万が一、吉良札の信用を疑う不届きな商屋が現れれば、我ら特別保安課が即座に出向き、『物理的な説得(制圧)』を行う手筈も整っております!!」
大石の目は、完全にイカれていた。忠義という名の狂気が、資本主義というエンジンを積んで暴走しているのだ。
「フハッ……ハハハハハッ!!」
若林の喉の奥から、愉快でたまらないといった笑い声が溢れ出した。
大義名分もない。武士の誇りもない。
あるのは、徹底的な『算盤(経済力)』と『情報』、そして『法』による冷酷無比な支配。
「ええか、お前ら。よう聞け」
若林は懐から、オランダ渡りの懐中時計を取り出した。カチカチと時を刻むその精密な機械は、若林がこれから作ろうとしている「国家」そのものの象徴であった。
「ワシらは、幕府を倒す気など毛頭ない。そんな面倒なことはせん。……ワシらは、江戸幕府という巨大なシステムを『皮』として被り、内側から完全に操縦するんじゃ」
若林の五つの哲学。そのすべてがここに結実していた。
「柳沢が幕府の権威(法)を保証し、義周がカネ(吉良札)の心臓を握り、お雪が情報(神経)を張り巡らせ、大石が暴力(免疫)として異物を排除する」
若林は、煙管の先で彼らを順番に指し示した。
「これがワシの創り上げた『影の内閣』じゃ。武士が刀でチャンバラをしとる時代は、今日、このワシが終わらせた。……これからの日本は、見えない『カネと情報』がすべてを支配する、究極の資本主義国家へと変貌する」
柳沢も、義周も、お雪も、大石も。
目の前の老人が語る、あまりにも途方もなく、恐ろしく、そして美しい『国家の完成図』に、息をすることすら忘れて魅入られていた。
「大義名分? 忠義? 平和? ……嗤わせるな。そんなもんは、ワシが後からいくらでもでっち上げてやる」
若林幸隆の魂の深層――。
国家のためでも、民のためでもない。彼の原動力は、ただひたすらに『絶望的な盤面をひっくり返し、世界を己の思い通りに支配する、その絶対的な勝利の快感』にあった。
「ワシはただ、勝つんじゃ。この国の歴史そのものを、ワシの算盤で完全に支配してやる。……さあ、テメェら。ワシの極上の『暇つぶし(政治)』に、骨の髄まで付き合えや」
――カンッ!!
若林が煙管を力強く打ち鳴らした瞬間。
「「「ははぁっ!! 命の限り、大殿様の御意のままに!!」」」
かつての敵も、味方も、権力者も。
すべてが一つになり、現代の怪物・若林幸隆の前に深々と平伏した。
外では、江戸の町に除夜の鐘が鳴り響き始めていた。
だが、歴史の歯車はすでに狂い、全く別の未来へと向かって凄まじい勢いで回り始めている。
一人の泥棒政治家による、一滴の血も流さない「完全なる日本征服」。
歴史の教科書には永遠に記されることのない、江戸時代における暗黒の支配者が、ここに誕生したのである。
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