EP 10
精神の陥落――傲慢なる貴族と未来の芸術
「……ふぅっ、はぁっ……」
帝都の超高級迎賓館、大晩餐会会場。
先ほどまで「極東の未開な料理など」と見下していた世界のVIPたちは今、ネクタイを緩め、額に汗を浮かべながら、恍惚とした表情で天井を見上げていた。
フランスの元・貴族、フランソワ侯爵は、銀の皿の底に残った『A5和牛スパイスカレー』の最後の一滴を、ちぎったパンで上品さの欠片もなく拭い取り、口に放り込んだ。
(なんという……なんという恐ろしい料理だ。私の舌が、胃袋が、もっとあの茶色いソースを寄越せと狂ったように叫んでいる……!)
彼らは完全に敗北していた。数百年かけて洗練させてきたはずのフランス料理やイギリスの伝統食が、極東の島国が提供したたった一皿の「旨味の暴力」の前に、いとも容易く粉砕されてしまったのだ。
「皆様、お口に合いましたでしょうか?」
純白のドレスに身を包んだ日野輝夜が、優雅な微笑みを浮かべてVIPたちの前に進み出た。
「お腹が満たされた後は、極上の『精神のデザート』をご用意しております。……どうぞ、奥の特別室へお進みください」
◆
案内されたのは、窓のない巨大なドーム型の部屋だった。
部屋の正面には、壁一面を覆い尽くすほどの巨大な『純白のスクリーン』が設置されており、ふかふかの革張りソファがVIPたちのために並べられている。
「……映画、だろうか?」
フランソワ侯爵は、少しだけ侮蔑の感情を取り戻して鼻を鳴らした。
「極東の猿どもが、我々白人が発明した活動写真の真似事を見せようというのか。……料理は確かに未知の味だったが、芸術や娯楽にかけては我々ヨーロッパの歴史には勝てん。我が国のオペラや、アメリカのディズニーのアニメーションを超える映像など、作れるはずがない」
他のVIPたちも、侯爵に同意するように小さく頷いた。
胃袋は掴まれたが、魂(文化)までは売らない。我々には世界最高の芸術があるのだ、と。
部屋の照明が、ゆっくりと落とされる。
漆黒の闇の中、理化学研究所が時代を数十年先取りして開発した『超高精細プロジェクター(4K・8K相当)』と『立体音響システム(ドルビーサラウンド)』が、静かに息を吹き返した。
スクリーンに、光が灯る。
『――ッ!!』
その瞬間。フランソワ侯爵は、心臓を直接鷲掴みにされたような衝撃に襲われた。
スクリーンに映し出されたのは、実写の映画ではない。絵だ。
しかし、それは彼らが知っている「子供向けの単調なカートゥーン」とは次元が違った。
どこまでも透き通るような青空、風に揺れる何万枚もの葉の擦れ、そして水面に反射する光の粒子。
それらが、信じられないほど滑らかな動き(フルフレーム・アニメーション)と、息を呑むほど鮮やかなフルカラーでスクリーンに描き出されていたのだ。
「な、なんだこれは……ッ! 絵が……絵画が、生きているだと!?」
侯爵が驚愕の声を上げた直後、部屋全体を震わせるほどの重厚で美しいフルオーケストラの音楽(劇伴)が響き渡った。
上映されたのは、理研のアニメーションスタジオが莫大なチート資金を投入して制作した、一本の長編ファンタジー映画。
戦火によってすべてを失った少女が、様々な人々との出会いを通じて「愛」と「平和」の意味を知っていく、極上のヒューマンドラマであった。
◆
二時間後。
「うっ……うぅっ……あぁぁぁぁぁっ……!!」
暗闇のシアタールームには、世界の指導者や貴族たちの『号泣する声』だけが響き渡っていた。
「フランソワ侯爵! 私の……私のハンカチを貸してくれ! 涙でスクリーンが見えないッ!!」
イギリスの元・大臣が、顔をくしゃくしゃにして子供のように泣きじゃくっている。
「馬鹿者、私だって涙と鼻水でもうハンカチが絞れるほどだ! ……ああ、なんという美しさだ! なんという深い物語だ!! 主人公の少女が最後に笑ったあの瞬間、私の魂は完全に浄化されたのだ!!」
フランソワ侯爵は、スクリーンに向かって両手を合わせ、ボロボロと大粒の涙を流していた。
プライドなど、とうの昔に消し飛んでいた。
彼らが何百年もかけて誇ってきたオペラや演劇が、ひどく退屈で陳腐なものに思えてしまうほどの、圧倒的な【芸術的暴力】。
美しい作画、魂を揺さぶる音楽、そして緻密に計算されたシナリオの連続コンボが、彼らの精神の防壁を跡形もなく打ち砕いたのだ。
パッと、部屋の明かりが点く。
そこには、涙と鼻水で顔をドロドロにし、魂を完全に抜かれたVIPたちの姿があった。
「皆様。大日本帝國の『アニメーション』は、いかがでしたか?」
輝夜が、鈴の音のような声で問いかける。
「す、素晴らしい……! 敗北だ! 我々白人の芸術は、今日この日をもって、極東の文化に完全なる敗北を喫した!!」
フランソワ侯爵が、椅子から崩れ落ちるようにして輝夜の前に跪いた。
「お願いだ! この続きはないのか!? あの少女のその後を描いた物語を、私にもっと見せてくれ! 金ならいくらでも払う! 領地を売り払ってでも見たいのだ!!」
「私もだ! 日本の芸術なしでは、もう生きていけない体になってしまった!!」
世界のVIPたちが、ゾンビのように手を伸ばして輝夜にすがりつく。
「ふふっ。ご安心ください。アニメーションの続きは、こちらの『漫画』という書籍にすべて描かれています。……もちろん、全巻、皆様の母国語に翻訳済みですよ」
輝夜が合図をすると、給仕たちがうず高く積まれた『コミックスの束』を運び込んできた。
VIPたちは、飢えた獣のようにそれに群がり、「これが……これが神の書物か!」と狂喜乱舞してページをめくり始めた。
「……クックックッ。見ろ、輝夜」
部屋の片隅で、近衛文麿(若林幸隆)が腹を抱えてドス黒く笑っていた。
「かつて世界を支配しとった特権階級のジジイどもが、ただの『オタク』に成り下がりよったわ。……これで完全に、世界中の権力者の精神を握ったな」
「ええ。武力で縛るよりも、文化(娯楽)で骨抜きにする方が、圧倒的に強固な支配体制が完成します。……彼らはもう、大日本帝國のエンタメなしでは一日も生きられないのですから」
輝夜は、狂乱する貴族たちを見下ろしながら、絶対的な女王の微笑みを浮かべた。
恐怖による支配ではなく、熱狂による支配。
世界の VIPたちを『重度のオタク』へと洗脳し、精神の根底から完全に服従させるという、大日本帝國の恐るべき【最終侵略兵器】。
ここに、パクス・ジャポニカは武力、経済、そして『文化』の全方位において、永遠に覆ることのない完全無欠の絶対覇権を確立したのであった。
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