EP 9
傲慢なる美食家たちと、未知なる『旨味』の暴力
昭和17年(1942年)夏。
世界を裏から操ろうとした白人至上主義の亡霊たちは、彼らが神と崇めた原子爆弾ごと、宇宙からのレーザーで文字通り『蒸発』した。
これをもって、大日本帝國に物理的に逆らう国や組織は、地球上から完全に消滅したのである。
世界は名実ともに、大日本帝國が主導する絶対的平和『パクス・ジャポニカ』の時代へと突入した。
だが。
武力や経済力で完全に屈服させられながらも、旧体制の欧米エリートたちの心の中には、まだひどく歪んだ『最後のプライド』が残っていた。
「……確かに、極東の猿どもは未知の科学技術と莫大な富を持っている。だが、所詮は成金だ。我々ヨーロッパ人が数百年かけて培ってきた『芸術』や『美食』といった、真の文化を持たない野蛮人に過ぎん」
帝都・東京の中心にそびえ立つ、超高級迎賓館。
そこに招かれていたフランスの元・貴族、フランソワ侯爵は、手にしたシャンパングラスを揺らしながら、周囲の欧米VIPたちと鼻で笑い合っていた。
大日本帝國は本日、世界の指導者やVIPたちを集めた『世界平和記念・大晩餐会』を主催していた。
フランソワ侯爵をはじめとする欧米のエリートたちは、敗戦国としての立場上、出席を断ることはできなかったが、腹の底では日本を見下していた。
「今日は極東の未開な料理(生の魚や味のない草)が出るのだろう。せいぜい、我々が一流のテーブルマナーというものを教えてやろうではないか」
彼らが勝ち誇ったように笑い合った、その時。
「――皆様、本日はようこそお越しくださいました」
重厚な扉が開き、純白のイブニングドレスに身を包んだ日野輝夜と、漆黒のタキシードを纏った近衛文麿(若林幸隆)が、圧倒的なオーラを放ちながら入場してきた。
その美しさと威厳に、会場のVIPたちは思わず息を呑み、沈黙する。
「本日は、皆様の長旅の疲れを癒やすため、我が国が誇る『最高の美食』をご用意いたしました。……理化学研究所が総力を挙げて再現した、大日本帝國の魂をご堪能ください」
輝夜が優雅に指を鳴らすと、何十人もの給仕たちが、銀色のクロッシュ(ドーム型の蓋)が被せられた皿を、VIPたちのテーブルへ次々と運んできた。
フランソワ侯爵は、内心で舌打ちをした。
(ふん。どうせ見掛け倒しのゲテモノだろう。フランス料理の足元にも及ばない粗末な代物に、大仰な……)
「どうぞ、お召し上がりください」
給仕が一斉にクロッシュを開けた瞬間。
会場全体が、これまで誰も嗅いだことのない『爆発的な芳香』に包み込まれた。
「な、なんだこの香りは……ッ!?」
フランソワ侯爵の鼻腔を、幾重にも重なる複雑なスパイスの香りと、極限まで引き出された肉の脂の甘い匂いが強烈に突き抜けた。
彼らの目の前に置かれていたのは、史実の1940年代には存在し得ない、理研のチート農業と未来の食品工学が生み出した究極の一皿。
『A5ランク特大和牛の、スパイス・極旨カレーライス』であった。
「な、なんだこの茶色いドロドロとしたソースは……。これに、この真っ白な穀物(米)を絡めて食えというのか?」
見たこともない料理に、フランソワ侯爵は眉をひそめた。フランス料理の洗練された盛り付けとは違う、暴力的なまでの『食欲をそそる匂い』に、彼の胃袋が勝手にギュルギュルと鳴り声を上げる。
「……毒味だ。一口だけ食べて、その野蛮な味を酷評してやる」
フランソワ侯爵は、銀のスプーンでカレーと輝くような白米をすくい、おそるおそる口に運んだ。
その瞬間。
ガツォォォォォォォンッ!!!!!
侯爵の脳天を、雷に打たれたような『衝撃』が貫いた。
「あ……あぁ……っ! な、なんだこれはァァァッ!?」
彼は、椅子から転げ落ちそうになるのを必死に堪えた。
数十種類のスパイスが織りなす複雑な辛味と香り。それを包み込む、A5和牛から溶け出した圧倒的な脂の甘み。そして何より、史実のヨーロッパ人がまだ明確に認知していない、理研が抽出した究極の第六の味覚――『旨味(UMAMI)』の暴力。
それらが、ふっくらと炊き上がったチート白米と口の中で完璧に融合し、彼の脳の報酬系を完全に焼き切ったのだ。
「う……美味い! 美味すぎるッ!!」
フランソワ侯爵は、貴族としての矜持も、一流のテーブルマナーもすべて投げ捨て、犬のように皿に噛み付き、スプーンを猛烈な勢いで動かし始めた。
「侯爵!? はしたないですよ、あなたほどの身分の方が……むっ!? な、なんだこれは、止まらん! スプーンが止まらんぞォォォッ!!」
隣にいたイギリスの元・大臣も、一口食べた瞬間に目を血走らせ、一心不乱にカレーを掻き込み始めた。
彼らだけではない。会場にいる数百人の世界のVIPたちが、顔をスパイスの汗でドロドロにしながら、「おかわり! 頼む、もう一皿くれェェッ!!」と泣き叫びながら皿を舐め回している。
第一部で世界を恐怖に陥れた大英帝国の紳士も、アメリカの資本家も、全員がただの『カレーの虜(腹ペコのおっさん)』へと成り下がっていた。
◆
「……クックックッ。アーッハッハッハッハ!!」
その凄まじい光景をバルコニーから見下ろしながら、近衛文麿(若林幸隆)は腹を抱えて大爆笑していた。
「見ろ輝夜! 気取った白人の貴族サマたちが、ワシらの用意した『B級グルメ』に完全に脳みそを溶かされとるわ!」
「ふふっ。理研の科学者たちが総出で調合した『化学調味料(旨味成分)』と未来のスパイスですからね。……1940年代の舌しか持たない彼らにとっては、まさしく抗うことのできない『麻薬』でしょう」
輝夜は、扇子で口元を隠しながら、冷酷で美しい微笑みを浮かべた。
「武力で国を奪っても、反乱の火種は残ります。……ですが、文化(胃袋と娯楽)を完全に支配してしまえば、彼らは二度と私たちに逆らうことはできません。私たちの文化なしでは、生きていけない体になるのですから」
「えげつないのう。ワシの経済ハッキングよりよっぽどタチが悪いわ」
幸隆は、楽しそうに『ピース』の煙を吐き出した。
「飯の次は、アレじゃな?」
「ええ。お腹が満たされた後は、極上の『精神の娯楽』を与えて差し上げましょう。……理研のアニメーションスタジオが完成させた、フルカラー高精細の『魔法の映像(未来のアニメ)』をね」
彼らはまだ知らない。
極上の飯で胃袋を掴まれた後、ディズニーの初期作品すら遥かに凌駕する『未来の日本アニメと漫画』という名の【精神の麻薬】を浴びせられ、自分たちの尊厳とアイデンティティが、極東のサブカルチャーによって完全に上書きされてしまう運命にあることを。
大日本帝國が放つ、血を流さない最終戦争――『文化侵略』。
世界の指導者たちを骨抜きにする、最高に平和で、最高に残酷な宴が、今まさに幕を開けたのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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