EP 6
落日と極寒の島国――大英帝国、完全崩壊
英領インド帝国、デリー総督府。
カニンガム総督の命令で民衆に向けられていた数千の銃口は、近衛文麿(若林幸隆)の「給料を三倍で払う」という悪魔的な買収工作によって、一瞬にしてカニンガム自身へと向けられた。
「ま、待て! 早まるな貴様ら!!」
カニンガムは、バルコニーの床に這いつくばりながら、ジリジリと後退した。
周囲を取り囲むインド人傭兵たちの瞳には、もはや「支配者への畏れ」など微塵もない。あるのは、これまで自分たちを虫ケラのように扱ってきた悪逆な白人に対する、静かで冷酷な怒りだけだった。
「わ、私には金がある! 総督府の地下金庫には、貴様らから搾り取った……いや、集めた莫大な金塊とポンド紙幣が隠してあるのだ! 日本の極東猿が提示した額の、さらに倍を払おう! だから私を守れ!!」
カニンガムが鼻水を垂らしながら絶叫した、その時だ。
「――無駄な足掻きですよ、元・総督閣下」
バルコニーの重厚な扉が開き、数名の屈強な男たちが静かに姿を現した。
彼らは漆黒のスーツに身を包み、腕には大日本帝國を象徴する腕章を巻いている。幸隆が放っていた直属の暗殺・諜報部隊『内閣特務機関』のエージェントたちであった。
「な、日本人がなぜここに……ッ!」
「あなたの言う『地下金庫の金塊』なら、すでに我々がすべて接収し、理研の特別口座へと移送させていただきました。……それに、ポンド紙幣など、もはやちり紙以下の価値しかありませんよ」
特務機関のリーダーが、冷酷な笑みを浮かべて一葉の紙切れをカニンガムの顔の前に落とした。
それは、たった今受信されたばかりの、イギリス本国からの緊急電報だった。
『イングランド銀行、破産を宣言。ポンドは暴落し、為替市場での取引は全面停止。政府機能は完全に喪失した』
「あ……あぁ……」
カニンガムの喉から、ヒューという間抜けな音が漏れた。
「大英帝国の威光は、金と共に完全に沈みました。……あなたのその胸に輝く勲章も、もはやただのガラクタです」
エージェントの合図と共に、インド人兵士たちがカニンガムを取り押さえ、その胸に飾られていた大英帝国の勲章を乱暴に引きちぎった。
かつて「神聖なる文明の教化者」を気取っていた男は、手錠をかけられ、無様な泣き声を上げながら、自分が奴隷と呼んでいた有色人種たちの手によって暗い地下牢へと引きずられていった。
一滴の血も流すことなく。
大英帝国最大の富の源泉であったインドは、完全に解放されたのである。
◆
数日後。
遠く離れたヨーロッパ、イギリス・ロンドン。
この日、ロンドンの街は、まるで大英帝国の最期を象徴するかのような、冷たく重苦しい氷雨に包まれていた。
ダウニング街10番地、イギリス首相官邸。
執務室の暖炉の火は消えかかり、部屋の中はひどく冷え込んでいた。
「……首相閣下。暴動です」
青ざめた顔の秘書官が、震える声で報告書を読み上げる。
「インドからの搾取……いえ、富の流入が完全に途絶えたことで、我が国の経済は完全に息の根を止められました。ポンドの価値はゼロになり、輸入に頼っていた食糧も石炭も、すべてストップしています。……ロンドンの市街地では、飢えた市民たちがパンを求めて略奪を開始し、軍隊も給料未払いで機能していません」
執務机の前に座るイギリス首相は、その言葉を聞いても微動だにしなかった。
彼の目の前には、世界地図が広げられている。かつては世界の四分の一を赤く塗りつぶし、「太陽の沈まぬ国」と称された大英帝国の地図。
しかし今、その地図はただの色褪せた紙切れに過ぎない。
彼らは、自分たちが「優れた文明国」だから世界を支配しているのだと信じて疑わなかった。
だが、現実は違った。彼らは、アジアやアフリカの植民地から血と汗を搾り取り、その上に胡座をかいていた『巨大な寄生虫』に過ぎなかったのだ。
宿主からの栄養供給を日本の『非暴力の暴力(ゼネストとインフラ制圧)』によって完全に断ち切られた瞬間、彼らの富も、軍事力も、そして誇りすらも、砂上の楼閣のように崩れ去った。
「……我々は、負けたのだな」
首相は、力なく呟いた。
「ナチスの爆撃にも耐え抜いた我が大英帝国が、一発の銃弾も撃ち込まれることなく……極東の島国に、経済と情報の力だけで、完全に息の根を止められた」
貴族たちは邸宅を失い、紳士たちは泥水の中ではいつくばってパンの耳を探すことになるだろう。
世界の警察を気取り、他国を見下してきた彼らを待っているのは、二度と歴史の表舞台に立つことの許されない「貧しく、惨めで、極寒の島国」としての惨めな余生であった。
首相は、顔を両手で覆い、静かな執務室に力ない嗚咽を響かせた。
数百年の長きにわたり世界に君臨した大英帝国の『落日』は、あまりにも静かで、あまりにも無様であった。
◆
時を同じくして。帝都・東京、首相官邸。
抜けるような青空が広がるバルコニーで、日野輝夜と近衛文麿(若林幸隆)は、極上のダージリンティーの香りを嗜んでいた。
「……ロンドンが完全に沈黙しました。これで、彼らが二度とアジアに牙を剥くことはないでしょう」
輝夜は、特務機関からの最終報告書に目を通し、優雅に微笑んだ。
その瞳には、一抹の迷いもない。彼女は自らの手で、世界最大の偽善者たちを奈落の底へ突き落としたのだ。罪なき人々を救うための『絶対的な盾(王道)』として。
「クックックッ。まあ、ええ気味じゃ。数百年も他人の飯を横取りしてきたんじゃ、これからは自分たちの国の冷たい土でも耕して、ジャガイモでもかじるんじゃな」
幸隆は、愛用の『ピース』をふかしながら、最高に機嫌の良い悪党の笑い声を上げた。
「さあて。イギリスのタヌキどもは掃除した。インドの民衆も腹いっぱい飯を食っとる。……輝夜、おどれの望んだ『世界』が、いよいよ完成に近づいてきたのう」
幸隆の言葉に、輝夜はゆっくりと頷き、帝都の美しい街並みを見下ろした。
軍靴の音は消え、人々が笑顔で歩く平和な帝國の姿。
「ええ。ですが……まだです。世界から理不尽が完全に消え去るまで、私たちの戦いは終わりません」
太陽の容赦なき暴力と、月の揺るぎない慈悲。
大英帝国という最大の障壁を粉砕し、数億のアジアの民を解放した二人の「神」は、次なる平和の盤面を見据えて静かに微笑み合った。
大日本帝國がもたらす『真の黄金時代』は、もはや誰にも止めることはできない。
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