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EP 5

愚かなる引き金と、買収された銃口――悪党の絶対カウンター

英領インド帝国、デリー。

空を覆う『天の箱舟』から降り注いだ無尽蔵の食糧によって、インド民衆の顔にはかつてない活力と笑顔が戻っていた。

しかし、その光景を総督府のバルコニーから見下ろすカニンガム総督の顔は、屈辱と怒りでドス黒く紫に染まっていた。

「……ふざけるな。ふざけるなふざけるなァァァッ!!」

彼は、壁に飾られていた大英帝国の紋章を軍刀で滅茶苦茶に叩き割った。

海を封鎖したという絶対の自信は、空からの輸送という未来の技術によって完全に粉砕された。民衆はもはや飢えることなく、笑顔でストライキを継続している。

このまま労働力が戻らなければ、インドに進出しているイギリス企業はすべて倒産し、本国に送るべき賠償金はおろか、莫大な赤字がロンドンを直撃することになる。

「認めん……! 誇り高き大英帝国が、野蛮な有色人種と極東の猿の思い通りになるなど、絶対に認めん!!」

カニンガムの理性が、完全に焼き切れた。

彼は血走った目でバルコニーから身を乗り出し、眼下の広場を包囲している『英印軍(イギリス人将校に率いられたインド人傭兵部隊)』に向かって、狂乱の声を張り上げた。

「全軍に告ぐ! 広場にいる暴徒どもに、直ちに銃口を向けろ!!」

その狂気に満ちた命令に、広場にいた数万の民衆の笑顔が凍りついた。

配られた食糧を頬張っていた少年・ラームも、顔面を蒼白にして後ずさる。

「奴らは大英帝国に対する明確な反逆者だ! 輝夜などという極東の魔女の言葉に踊らされ、神聖なる労働を放棄した豚どもめ! 見せしめだ! 子供だろうが女だろうが構わん、一斉射撃で皆殺しにして、その死体の山を極東の猿どもに送りつけてやれェェッ!!」

カニンガムの絶叫が響き渡る。

現場のイギリス人将校たちが一斉に軍刀を振り上げ、現地のインド人傭兵たちに「構えッ!」と号令を下した。

チャキッ、と。

何千もの冷たい銃口が、無抵抗の民衆たちへと向けられた。

圧倒的な暴力の気配。かつて史実において何度も繰り返されてきた、血塗られた虐殺の歴史が、今まさに再現されようとしていた。

「撃てェェェェェェェェェェッ!!!!」

カニンガムが、勝利と残忍さに歪んだ顔で叫んだ。

これで終わる。恐怖を思い出させれば、奴隷は再び腹を這って命乞いをしてくるのだと。

――しかし。

一秒。二秒。三秒。

灼熱の広場には、銃声は一つも響かなかった。

「……ん? 何をしている! さっさと撃たんか!!」

カニンガムが訝しげに目を見開く。

現場のイギリス人将校たちも、「貴様ら、耳が聞こえないのか! 撃て!」とインド人兵士たちを怒鳴りつけている。

だが、銃を構えていたインド人兵士たちの様子が、明らかにおかしかった。

彼らは皆、自分たちの胸元から聞こえてくる『奇妙なノイズ』に耳を傾け、そして……次々と、その銃口をゆっくりと下げ始めたのだ。

「き、貴様ら……反逆する気か!? 給料を打ち切るぞ! 家族ごと極刑だぞ!!」

焦った将校が喚き散らす中。

兵士たちの胸元から聞こえていたノイズが止まり、代わりに、ドス黒く、そして底知れぬ凄みを持った『男の声』が、広場全体に響き渡った。

『――よう、大英帝国のパシリども。ご苦労なこったな』

「な、なんだ!? 誰の声だ!?」

カニンガムが周囲を見渡す。その声は、民衆たちが持っている「魔法の小箱ラジオ」、さらには総督府の軍事用スピーカーのすべてをハッキングして、インド全土に同時放送されていた。

『ワシは、大日本帝國総理大臣、近衛文麿(若林幸隆)じゃ』

その名を聞いた瞬間、イギリス人たちの顔からサーッと血の気が引いた。

世界の列強を恐怖の底に叩き落とした、最強最悪の独裁者。

『今、そこのバルコニーで喚いとるヒゲのオッサンが「給料を打ち切る」とかほざいとったが……安心せえ。おどれらインド人傭兵の給料は、今日から一銭たりともイギリスからは支払われん』

「な、何を言っている……ッ!」

カニンガムが狼狽える。

『つい一時間前、ワシの指示で「国際決済銀行(BIS)」のシステムを完全に掌握した。……そして、イギリス本国が抱え込んどった莫大な債務の償還を一斉に迫り、イングランド銀行の隠し資産をすべて凍結ロックしてやったわ』

幸隆の、まるで悪魔のような笑い声が響く。

『つまり、大英帝国はたった今、国家として完全に破産デフォルトしたんじゃ。お前らの総督府にはもう、一円の価値もない紙切れしか残っとらんよ』

「ば、馬鹿なッ! そ、そんな一瞬で、大英帝国の経済が崩壊するはずが――」

カニンガムが否定しようとした瞬間、彼の背後にある執務室の電話が、狂ったように鳴り響いた。副官が青ざめた顔で飛び出してくる。

「そ、総督閣下ァッ!! ほ、本国のロンドン市場でポンドが暴落し、政府が機能停止に陥りました! 陸軍省からの送金が、完全にストップしています!!」

「な……ッ!?」

カニンガムは、膝の力が抜け、その場にへたり込んだ。

『……というわけじゃ』

スピーカー越しの幸隆の声が、冷酷なトドメを刺す。

『お前らの給与支払いシステムは、すべて大日本帝國ワシらが乗っ取った。……今日から、お前らの雇い主はワシじゃ。給料はこれまでの三倍、すでに理研が用意した新しい口座に振り込んでおいたぞ』

広場にいるインド人兵士たちの間に、どよめきが走った。

『さあ、頭のいいお前らなら分かるよな? ……給料を払えんようになった破産国家のカス(総督)の命令に従って、自分の家族や同胞を撃ち殺すか。それとも、新しい雇い主である大日本帝國の命令に従って、そこのゴミどもを掃除するか』

広場を支配していた空気感が、完全に反転した。

「そ、総督閣下! 逃げてください!!」

副官の悲鳴にハッとしてカニンガムが顔を上げると。

先ほどまで無抵抗な民衆に向けられていた数千の銃口が、今度は一斉に、バルコニーにいるカニンガムと、イギリス人将校たちへ向けられていた。

「ひ……ッ、ひぃぃぃぃぃぃッ!!」

チャキッ、チャキッ、と。

一斉に安全装置が外される冷たい音が、カニンガムの耳に死刑宣告のように響いた。

『クックックッ……アーッハッハッハッハッ!! ざまぁみろ、大英帝国の紳士サマよォ! 金で他人を奴隷にしとった報いじゃ、せいぜい自慢の兵士どもに蜂の巣にされるんじゃなァ!!』

帝都の執務室から高笑いする悪党総理の底知れぬ狂気と、完全に買収された銃口を前にして。

大英帝国が数百年かけて築き上げたインド支配は、一発の銃弾も、一滴の日本人の血も流すことなく、最も無様で、最も滑稽な形で完全崩壊を迎えたのであった。

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