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EP 4

兵糧攻めを無効化する『天の箱舟』――奇跡の雨

ゼネスト(大ストライキ)が決行されてから、三日が経過した。

英領インド帝国、デリー。

容赦なく照りつける灼熱の太陽の下、スラムの広場には数千のインド人が座り込んでいた。

カニンガム総督の命により、市場の食糧はすべてイギリス軍に没収され、配給も完全にストップしている。彼らの胃袋は空っぽで、喉はカラカラに乾ききっていた。

「……おい、そこのお前。美味そうなパンだろう?」

広場を見張るイギリス軍の兵士が、わざとらしく焼きたての白いパンをかじり、冷えた水を飲みながら下劣な笑い声を上げた。

「腹が減ったなら、今すぐ港に戻って船の積み荷を運べ! 工場を動かせ! 鞭で打たれながら働く『いつもの日常』に戻れば、このパンの欠片くらいは恵んでやるぞ。……極東の女狐の言葉を信じたところで、腹の足しにはならんのだからな!」

兵士の残酷な挑発。

だが、広場に座り込むインドの民衆たちは、誰一人としてそのパンに群がろうとはしなかった。

少年のラームは、空腹でめまいを起こしそうになりながらも、両手でしっかりと「黒い小箱ソーラーラジオ」を抱きしめていた。

(負けない……。僕たちは、もう奴隷じゃないんだ……!)

輝夜がラジオ越しに約束してくれた『あなたたちの命は、私たちが完全に保証します』という言葉。

それだけが、数千万のインド民衆を繋ぎ止める、たった一つの、しかし決して折れない『希望の光』であった。

   ◆

「ふん。愚かな猿どもめ。いつまで痩せ我慢が続くか見物だな」

総督府のバルコニーから、カニンガムは冷酷な眼差しでデリーの街を見下ろしていた。

ストライキによる経済的ダメージは深刻だが、カニンガムには『絶対の勝算』があった。

「日野輝夜とやらがラジオでいくら綺麗事をほざこうと、数千万の民衆の胃袋を遠隔で満たすことなど不可能なのだ。……海路で食糧を運ぼうにも、我が大英帝国の誇る東洋艦隊がインド洋を完全封鎖している。極東の島国から、一粒の麦すら届きはしない」

カニンガムは、勝利を確信したように葉巻の煙を吐き出した。

「あと数日もすれば、飢えに耐えかねた暴動が起きる。そうすれば『治安維持』を名目に、堂々と軍隊を出動させて首謀者どもを皆殺しにできる。……しょせんは、現実の地政学を知らん小娘の浅知恵よ」

カニンガムが勝ち誇ったように笑った、その時だ。

スゥッ……と。

灼熱のデリーの街から、ふいに「太陽の光」が消えた。

分厚い雲が太陽を覆い隠したのではない。あまりにも巨大な『何か』が、上空を完全に覆い尽くしたのだ。

「……ん? なんだ、急に暗く……」

カニンガムが怪訝な顔をして上空を見上げた瞬間。

彼の口から咥えていた葉巻が、ポロリと床に落ちた。

「な、な……な、なんだ、あれは……ッ!?」

広場に座り込んでいたラームたちも、そして彼らを嘲笑っていたイギリス軍の兵士たちも、全員が口をポカンと開けて天を仰いだ。

空を覆い尽くしていたのは、雲ではなかった。

一隻が全長数百メートルにも及ぶ、巨大な葉巻型の『超大型飛行船』。それが数十、数百という途方もない数で編隊を組み、デリーの上空を完全に埋め尽くしていたのだ。

銀色の船体には、大日本帝國を象徴する『日章旗』と、輝夜の慈愛を示す『月の紋章』がデカデカと描かれている。

理化学研究所が、未来の航空工学と新素材を用いて極秘裏に建造していた、空飛ぶ巨大輸送艦隊。通称『天の箱舟』である。

「ば、馬鹿なッ! あんな巨大な飛行船の艦隊など、世界中のどこにも……ッ! 海が封鎖されているからと、空から来ただと!?」

カニンガムがパニックを起こして絶叫する中、数百隻の『天の箱舟』の腹部カーゴハッチが、一斉に開かれた。

爆弾が降ってくるのかと、イギリス軍の兵士たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

しかし、空から降ってきたのは死の雨(爆弾)ではなかった。

ポン、ポン、ポンッ!

青空に、無数の色鮮やかなパラシュートが花開いた。

それはデリーだけでなく、カルカッタ、ボンベイ、マドラス……インド全土の主要都市の上空で、全く同時に行われていた。

パラシュートに吊るされた巨大なコンテナが、スラムの広場に、農村に、次々とふわりと着地していく。

ラームが恐る恐るそのコンテナの一つに近づき、留め金を外して蓋を開けると……。

「……あ、あぁ……ッ!!」

中から現れたのは、光り輝くような最高級の白米、栄養満点の小麦粉、満州の理研農場で採れた新鮮な野菜の山、そして誰でもすぐにお湯で戻して食べられる「未来の保存食(フリーズドライ食品)」と、大量の医薬品であった。

『――同胞の皆様、お待たせいたしました』

ラームの胸元のラジオから、再び輝夜の優しい声が響いた。

『これは、皆様が勇気を持って立ち上がってくれたことへの、大日本帝國からのささやかな贈り物です。……どうか、お腹いっぱい食べてください。私たちは、皆様が自由になるその日まで、この「奇跡の雨」を永遠に降らせ続けます』

「う、うおおおおおおおおおッ!!」

「食べ物だ! 食べ物があるぞ!! 万歳! 日本帝國万歳! 輝夜様、万歳ッ!!!」

インドの民衆たちの、地響きのような歓喜の叫びが沸き起こった。

人々は泣きながらコンテナに群がり、子供たちは甘い保存食を口いっぱいに頬張り、老婆は天に向かって祈りを捧げた。

「な、なんだこれは……。信じられん、こんな美味いパン、俺たちだって食ったことがないぞ……」

先ほどまで民衆を嘲笑っていたイギリス兵が、コンテナからこぼれ落ちた食糧の匂いに、呆然と立ち尽くしていた。

彼らが兵站へいたんとして食べている硬いビスケットや塩漬け肉など、ゴミに思えるほどの、圧倒的に豊かで高品質な食糧の山。

「撃て! 対空砲火だ! あのふざけた飛行船どもを撃ち落とせェェェッ!!」

カニンガム総督が、バルコニーから顔を真っ赤にして絶叫した。

「そ、総督! 駄目です、あんな高高度を飛ぶ巨大船を撃ち落とせる対空砲など、我が軍にはありません!!」

「チクショォォォォォォッ!!」

もはや、イギリスの「兵糧攻め」というカードは、完全に、そして物理的に破られた。

海を封鎖したと勝ち誇る19世紀の頭脳に対し、日本は「空から無限に美味い飯をタダでばら撒く」という、次元の違う未来のチート(物流)で完封してみせたのだ。

   ◆

「……アーッハッハッハ! 見ろ輝夜、イギリスのタヌキどもが空を見上げて泡を吹いとるわ!!」

帝都・東京、首相官邸。

モニター越しにインドの惨状(イギリス側にとっての)を見ていた近衛文麿(若林幸隆)は、腹を抱えて大爆笑していた。

「補給線を絶てば勝てるなどという、カビの生えた兵法に頼るからこうなるんじゃ。……ワシらの『チート農業』と『チート物流』を舐めるなよ」

「ええ。これで、民衆の心は完全に一つになりました」

日野輝夜は、安堵の微笑みを浮かべて紅茶のカップを手にした。

「民衆はもう飢えません。イギリスは彼らを労働力としても搾取できず、兵糧攻めも通じない。……大英帝国の支配システムは、これで完全に『詰み』です」

輝夜の冷たくも美しい瞳が、次なる盤面を見据えてスッと細められた。

「ですが、追い詰められた鼠は、必ず最後に狂ったように噛み付いてきます。……カニンガム総督は面子を完全に潰されました。彼は必ず、次なる『愚行(実力行使)』に打って出るでしょう」

絶対的非暴力の民衆に対し、理性を失った大英帝国が銃口を向ける。

だがそれすらも、月の女王と悪党総理の掌の上で踊らされる、滑稽な『自滅への引き金』に過ぎないことを、カニンガムはまだ知る由もなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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