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EP 9

絶対防衛線キルゾーン――時代を置き去りにした殲滅戦

昭和16年(1941年)冬。

満州国とソビエト連邦の国境地帯。見渡す限りの雪原を、地響きと共に真っ黒な鋼鉄の波が埋め尽くしていた。

スターリンの命を受けた極東赤軍、その第一陣。

数千両に及ぶ新型のT-34中戦車と、地平線を黒く染める数十万の歩兵部隊。それはまさに「暴力の津波」であった。

「……見ろ。極東の猿どもは、我々の偉大なる赤軍の姿に怯え、塹壕の中で震えているぞ!」

前線指揮官であるソ連の将軍は、装甲車のハッチから双眼鏡を覗き込み、醜く歪んだ笑い声を上げた。

彼の視線の先には、満州国境に築かれた日本軍の防衛陣地がある。

しかし、そこから聞こえてくるはずの大砲の音は全くない。それどころか、旧式の戦車や兵士の姿すら見当たらなかった。ただ、コンクリートで固められた奇妙な形状のトーチカが、雪原にポツンポツンと点在しているだけである。

「はっはっは! 逃げ出したか、それとも弾がないのか! 構わん、全軍突撃! あの忌々しい成金都市(満州)を火の海にし、女子供はシベリアの強制収容所へ送れ!!」

将軍の号令と共に、数千両の戦車が一斉にエンジンを咆哮させ、雪原を蹴り立てて突進を開始した。

圧倒的な物量。いかなる小細工も通用しない、ソ連が世界に誇る「鋼鉄のローラー作戦」である。

だが。

彼らは知らなかった。

この沈黙が「怯え」ではなく、ただ獲物が『死の領域キルゾーン』へ完全に足を踏み入れるのを、冷酷に待っているだけの状態であることを。

   ◆

同時刻。防衛陣地の地下深くに建造された、近代的かつ巨大な地下要塞コマンドセンター

史実の帝國陸軍では到底考えられない、無数の計器とオシロスコープが緑色の光を明滅させていた。

「……敵機甲師団、第一防衛線アルファを突破! 指定された『キルゾーン』へ完全に進入しました!」

理研の技術者が、レーダー画面を見ながら冷静に報告する。

防衛司令官は、幸隆からこの「極秘要塞」の全権を任されていた男だった。彼は、地上を覆い尽くす何千もの戦車を前にしても、額に汗ひとつかいていなかった。

彼の前には、赤と黒で彩られた「スイッチ」の並んだ巨大なコンソールがあるのみ。

「よし。総理の仰った通り、タヌキ(赤軍)が罠のど真ん中に入りよったな」

司令官は、ニヤリと不敵に笑った。

「これより、理研謹製『対機甲・広域面制圧システム(通称:アマテラス)』を起動する。……時代遅れの野蛮人どもに、半世紀先の『絶望』を叩き込んでやれ。全門、ファイア」

カチッ。

静かな地下室に、無機質なスイッチの音が響いた。

その瞬間。

地上の雪原を爆走していたソ連兵たちは、自分たちの頭上に『異様な影』が落ちたことに気づいた。

「ん……? な、なんだ、あれは?」

満州側の陣地のはるか後方。山陰に隠されていた数十基の巨大な発射機から、無数の「火の尾」を引く飛翔体が、空を覆い尽くすようにして放たれていたのだ。

それは、史実の大砲の放物線とは全く違う。

まるで意思を持っているかのように、ロケットの炎を噴き出しながら、音速を超えて赤軍の頭上へと殺到してくる。

未来の技術――『多連装ロケットシステム(MLRS)』の原型にして、理研がチート資金で無理やり完成させた化物兵器。

「大砲……? いや、違う! 散開しろッ! 散開――」

ソ連将軍が絶叫した、次の瞬間。

上空に到達した数百発の大型ロケット弾が、赤軍の頭上、高度数十メートルの空中で「パカン」と弾けた。

「……あ?」

空から降り注いできたのは、無数の小さな「黒い雨」だった。

それは、一つ一つが強力な装甲貫徹力を持つ『成形炸薬弾(子爆弾)』であった。時代を五十年先取りした「対戦車クラスター弾」である。

ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!

何万発という子爆弾が、広大な雪原を埋め尽くすT-34の群れの『最も装甲の薄い上面(天井)』へと、容赦なく降り注いだ。

ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!

地獄の釜の蓋が開いた。

雪原全体が、一瞬にしてオレンジ色の爆炎と業火に包まれた。

「最強の戦車」と驕っていたT-34の分厚い前面装甲など全く意味を成さない。真上から降り注ぐ高熱のメタルジェットが、装甲をバターのように溶かし切り、車内の弾薬を連鎖的に誘爆させていく。

「ぎゃああああああああッ!!」

「熱い! 熱いッ!! 助けてくれェェッ!!」

数千両の戦車と、その後ろを歩いていた数十万の歩兵部隊。

それらが、たった『一回の斉射』で、見渡す限りのスクラップと、黒焦げの肉塊へと変わってしまった。

「な……ななな……」

奇跡的に直撃を免れた後方の装甲車の中で、ソ連の将軍は、目の前に広がるこの世の終わり(この世の地獄)を前に、口から泡を吹いてへたり込んだ。

「ば、馬鹿な……。数千の戦車師団が……我らの最強の赤軍が……たった一撃で、蒸発しただと……!?」

彼らは理解できなかった。

大日本帝國は、武士道などという時代遅れの精神論で戦う野蛮な猿ではなかったのか。

なぜ、神の怒りのような、防ぐことすら不可能な『未来のいかずち』を落としてくるのだ。

   ◆

時を同じくして。帝都・東京、首相官邸。

「……ほう。理研の連中も、ええ花火を打ち上げおるのう」

車椅子に座る近衛文麿(若林幸隆)は、巨大な電子モニターに映し出された満州国境の「殲滅映像」を見ながら、上機嫌で『ピース』の煙を吐き出した。

隣で紅茶を淹れていた日野輝夜が、苦笑しながらティーカップを幸隆のデスクに置く。

「……えげつないですね、幸隆さん。あんなものを密かに作らせていたなんて」

「なに、相手はヒゲダルマ(スターリン)の軍隊じゃ。あいつらは、一千万人の兵士が死のうが、平気で次の二千万人を突撃させてくる『数の化物』じゃからな。……こっちも、ボタン一つで万単位の敵をスクラップにする『効率の化物』を用意しとかな、釣り合いが取れんじゃろうが」

幸隆は、モニターの中で燃え盛るソ連軍の残骸を冷酷な三白眼で見つめ、喉の奥でドス黒く笑った。

「さあ、ヒゲダルマよ。おどれが『ルール無用の暴力』で来るというのなら、ワシらは『ルール無用の未来兵器』で、おどれの国の若者を一人残らずひき肉にしてやるわ。……どっちの心が先に折れるか、とことん地獄のチキンレースをしようじゃねえか」

経済制裁が通じない暴君への、最も残酷で、最も暴力的な解答。

太陽と月の最強バディが放つ「未来からの死神」の前に、ソビエト連邦の誇る赤い津波は、満州国境という名の『防波堤』で、無惨に砕け散るのであった。

お読みいただきありがとうございます!


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