EP 8
赤き熊の咆哮――資本主義が通じない暴虐
昭和16年(1941年)冬。
ナチス・ドイツが「経済の核爆弾」によって完全に機能停止に追い込まれ、ヨーロッパの戦線が劇的な硬直状態に陥っていた頃。
ユーラシア大陸の北に広がる極寒の地、モスクワ・クレムリン宮殿。
「……愚か者め。資本主義者どもの『金(紙切れ)』に依存して戦争をするから、極東の猿どもに首輪を引かれるのだ」
分厚い執務室の机の奥で、パイプを燻らせながら冷酷に笑う男。
口髭を蓄えたソビエト連邦の絶対的独裁者、ヨシフ・スターリンであった。
彼は、側近から上げられた『ドイツ経済崩壊』の報告書を、暖炉の火へと無造作に投げ捨てた。
「我が偉大なるソビエト連邦には、国際社会の金融ネットワークなど最初から必要ない。人民の血と肉、そして尽きることのない鉄と油。……純粋な『暴力の数』こそが、世界を赤く染め上げる唯一の真理なのだ」
スターリンの目は、壁に掛けられた巨大な世界地図の『極東』――大日本帝國が支配する「黄金の大地(満州)」へと釘付けになっていた。
「日本はヨーロッパから逃げ出した数十万のユダヤ人どもをかき集め、あの荒野を世界一の近代都市へと作り変えたそうだな。……素晴らしい労働力と、素晴らしい技術だ。我が国のものとするに相応しい」
スターリンがパイプを灰皿に叩きつけると、控えていた将軍たちが一斉に直立不動の姿勢をとった。
「極東赤軍、全戦車師団に出撃を命じる。シベリア鉄道をフル稼働させ、満州国境へ向かえ。……経済制裁などという『温い魔法』が通じない、圧倒的な物理の暴力で、あの黄金の大地を蹂躙し尽くしてやれ!!」
「ウラー(万歳)ッ!!!」
その日。
ユーラシアの凍てつく大地を揺るがし、数万両のT-34戦車と、数百万の赤軍兵士たちが、怒涛の勢いで東へと進軍を開始した。
それは、言葉も、金も、いかなる駆け引きも通じない「絶対的な暴力の津波」であった。
◆
同時刻。帝都・東京、首相官邸。
昏睡から目覚めた近衛文麿(若林幸隆)は、まだ本調子ではないものの、車椅子に乗って執務室へと復帰していた。
「……まったく。ワシがちょっと寝ておる間に、世界中を敵に回して大暴れしてくれたもんじゃな、ウチの女王様は」
「ふふっ。誰かさんの『嫌がらせの精神』を、忠実に引き継いだだけですよ」
幸隆が皮肉めいた笑みを浮かべると、隣で書類を整理していた日野輝夜も、優雅に微笑み返した。
数百万の命を救った「太陽と月」の最強バディ。二人が並び立つその空間には、もはや国内のいかなる老害も、軍部の強硬派も口を挟むことはできない、絶対的な王の威厳が漂っていた。
しかし、その和やかな空気は、理化学研究所から飛び込んできた「一本の緊急暗号電報」によって、一瞬にして凍りついた。
「……総理! 代行! 理研の『神の目(早期警戒衛星網)』が、シベリア方面で異常な熱源反応を多数探知しました!! こ、これは……ッ!!」
血相を変えて飛び込んできた側近が広げたデータを見て、幸隆のドス黒い三白眼が、スッと細められた。
「……ソ連の赤軍じゃな。しかも、国境の警備部隊などというチャチなもんじゃない。本国から数千、いや数万単位の機甲師団を引き連れてきとるぞ」
「ソビエト連邦……スターリンですか」
輝夜の表情も、厳しく引き締まった。
史実において、日本が最も恐れ、そして大戦末期に一方的な蹂躙を受けた「最悪の隣国」。
彼らには、ナチスに通用した『海外資産の凍結』も『資源の禁輸』も全く意味を成さない。なぜなら彼らは、自国内の人民をどれだけ餓死させようとも、無理やり戦車を造り続け、国内の資源だけで戦争を完遂できる「完全に閉じた共産帝国」だからだ。
「……厄介ですね。言葉の通じない猛獣の群れが、私たちの『黄金の大地』を物理的に食い破りに来たというわけですか」
輝夜が、忌々しげにつぶやいた。
数百万人の避難民が暮らす満州の近代都市。あそこには、輝夜が命懸けで守り抜いた「罪なき人々の未来」がある。もし赤軍の戦車隊が国境を越えれば、あの美しい都市は一瞬にして火の海となり、難民たちは再び地獄へと叩き落とされるだろう。
「……輝夜。おどれの得意な『話し合い』や『経済制裁』は、あのヒゲダルマには一ミリも通じんど?」
幸隆は、愛用の『ピース』に火を点けながら、輝夜の顔を覗き込んだ。
「ええ、分かっています。相手が『純粋な暴力』で扉を壊しに来るというのなら……こちらも『盾』として、実力で追い払うしかありません」
輝夜の瞳に、一切の迷いはなかった。
「……クックックッ。ええ目をするようになったのう」
幸隆は、紫煙を深く吐き出し、喉の奥でドス黒く笑った。
「安心せえ。相手が『数の暴力』で来るなら、こっちは『未来の絶望』で歓迎してやるまでじゃ。……ワシが満州の国境に、ただの鉄条網しか張ってないわけがなかろう?」
幸隆が指を鳴らすと、巨大な満州の防衛地図がテーブルに広げられた。
そこには、史実の関東軍が夢見て叶わなかった、理研の未来知識と莫大なチート資金によって極秘裏に構築された『絶対防衛線』の全貌が描かれていた。
「さあ、ヒゲダルマのタヌキ狩りじゃ。……ワシらの庭を荒らそうとする赤い害獣どもに、時代を五十年先取りした『地獄の兵器』をたっぷりとお見舞いしてやろうかい」
見えない経済戦から、大地を揺るがす超兵器の激突へ。
大日本帝國を脅かす最凶の「赤き熊」に対し、太陽と月の最強バディによる、容赦なき迎撃戦が今、満州の凍てつく荒野で火蓋を切ろうとしていた。
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