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EP 5

亡霊の罠――月の女王と、泥に塗れた反逆者

暴力的なまでの白光が、帝都の闇夜を切り裂いた。

「な、なんだ!? 電源はすべて落としたはずだぞッ!!」

黒田大佐が目を細め、狼狽した声を上げる。

闇の中から無音で現れ、数千の反乱軍を完全に逆包囲していたのは、漆黒の軍服に身を包んだ完全武装の部隊だった。

彼らの腕には、大日本帝國海軍・特別陸戦隊の腕章。そしてその中核には、近衛文麿(若林幸隆)が直轄で育て上げた影の暗殺・諜報部隊『内閣特務機関』の姿があった。

「どういうことだ……なぜ海軍がここにいる!? 理研の通信塔も電話線も、すべて物理的に切断したはず……」

「ええ、帝都の公共インフラは確かに死んでいます。……ですが、黒田大佐。あなたがたは本当に、あの『近衛文麿』という男が、たった一つの通信網しか用意していないとでも思ったのですか?」

輝夜の冷たく、そして酷薄な声が響く。

「この病院の地下には、理研が極秘に建造した独立規格の『非常用小型発電機』と、海軍省にのみ直通する『地下有線ネットワーク』が敷設されています。……幸隆さんが昏睡状態に陥った瞬間に、私の権限で海軍の山本長官へ『特級警戒態勢』の暗号が送られるシステムになっていたのですよ」

「ば、馬鹿な……ッ! 昏睡する前から、自分が倒れた時の罠を張っていたというのか!?」

「彼はそういう男です。そして、彼が残した『罠』は、これだけではありません」

輝夜は、血の滲む首筋を気にする素振りも見せず、白衣のポケットから小さなリモコンを取り出した。

「黒田大佐。あなたがたは『憂国の士』を自称し、兵士たちに『国のために近衛を討て』と説いた。……では、その『愛国心』の正体を、ここで兵士たちに聞かせてもらいましょう」

輝夜がリモコンのボタンを押した瞬間。

病院の建物の外壁、さらに周囲の街灯の裏などに無数に仕掛けられていた『隠しスピーカー』が、一斉にノイズを吹き鳴らした。

そして、夜の帝都に大音量で響き渡ったのは――他でもない、黒田大佐自身の声だった。

『――良いだろう。我ら憂国の士が、君側の奸を討つ!』

『素晴らしい決断だ、大佐。我がドイツ第三帝国は、あなたが陸軍大臣の座に就くための工作資金として、スイス銀行の口座に……』

スピーカーから流れる、ナチスの特使ハインリヒと黒田大佐の生々しい密談の音声。

『……だが、近衛の護衛は固い。数千の兵を動かせば、当然こちらにも多数の死傷者が出るが』

『構わん。下っ端の兵隊など、いくら死んでも補充が利く。奴らを盾にしてでも近衛の首を獲れば、あとはドイツからの最新兵器と資金で、私が帝國の頂点に立つだけだ。……兵士どもには適当に「昭和維新だ」とでも吹き込んでおけば、喜んで死にに行くわ』

「な……ッ!?」

反乱軍の兵士たちに、凄まじい動揺が走った。

祖国を救うため、命を捨てる覚悟で決起した彼ら。だが、自分たちが信じた上官は、裏でナチスからワイロを受け取り、自分たちを「喜んで死にに行く肉の盾」としか思っていなかったのだ。

「ち、違う! それは近衛の得意な捏造だ! 罠だ、信じるな!! 撃てッ! その女狐を今すぐ撃ち殺せェェッ!!」

黒田大佐が顔面を蒼白にしながら絶叫し、自ら輝夜に向けて拳銃を構えた。

だが――。

ガチャン、と。

背後から、無数の冷たい金属音が響いた。

黒田が振り返ると、そこには、血走った眼で彼に小銃を向ける、彼自身の部下たちの姿があった。

「き、貴様ら……上官に銃を向ける気か!!」

「……俺たちは、国のために命を懸けたんだ。ドイツの犬になり下がり、俺たちをゴミ扱いするアンタの出世のために、ここに来たわけじゃねえッ!!」

数千の反乱軍の殺意が、輝夜から黒田大佐へと完全に反転した瞬間だった。

孤立無援となった黒田は、震える手で拳銃を取り落とし、膝から崩れ落ちた。

「……勝負ありましたね」

輝夜は、兵士たちに向けてゆっくりと歩み寄り、その優しくも凛とした声を響かせた。

「帝國の兵士たちよ。銃を下ろしなさい。……あなたたちは騙されていた被害者です。臨時首相代行たる私の名において、あなたたちの罪は一切問わないと約束します。共に、真の敵に立ち向かいましょう」

その慈愛に満ちた言葉に、兵士たちは次々と涙を流しながら武装を解除し、その場に崩れ落ちた。

一発の銃弾も、一滴の兵士の血も流すことなく。

史実で日本を破滅へと導いた『軍部の暴走クーデター』は、月の女王の言葉と、亡霊(幸隆)の罠によって、完全に鎮圧されたのである。

輝夜は、地に這いつくばる黒田大佐を冷たく見下ろした。

「さあ、国内のゴミ掃除は終わりました。……次は、あなたを唆した『大元のゴミ』を片付ける番です」

輝夜の視線は、帝都の空を超え、遠くヨーロッパの地――ナチス・ドイツへと向けられていた。

お読みいただきありがとうございます!


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