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EP 2

第三帝国の毒牙と、蠢く軍靴の音

「……女狐め。後悔させてやるぞッ!!」

帝都・迎賓館の廊下に、ナチス・ドイツの特使ハインリヒの激しい怒声が響き渡った。

満州の難民引き渡し要求を、あろうことか「一片の容赦もなく排除する」と冷徹に切り捨てられた屈辱。絶対的な武力でヨーロッパを蹂躙してきた第三帝国のエリートにとって、極東の女一人に完全に見下されたことは、腸が煮えくり返るほどの屈辱であった。

「あの小娘……ッ。総統閣下の威光を何だと思っている! 幸隆という化物が寝込んでいる今、大日本帝國など恐れるに足らんというのに!」

ハインリヒは黒い軍服を怒りで震わせながら、待機させていた専用車へと乗り込んだ。

しかし、車内に入り、外からの視線が遮断された瞬間――彼の顔から激昂の表情が消え、氷のような冷笑が浮かんだ。

「まあ良い。あの小娘がすんなり首を縦に振るとは、最初から思っていない」

彼は懐から一枚の暗号電文を取り出した。

実は、彼が帝都へやってきた「真の目的」は難民の引き渡しだけではない。独裁者・近衛文麿(若林幸隆)が築き上げたこの「平和な帝國」の内部から、致命的な亀裂を生み出すこと――すなわち『内部崩壊クーデターの工作』であった。

深夜。帝都の裏路地にひっそりと佇む料亭の奥座敷。

ハインリヒの前に座っていたのは、先日の閣議で輝夜に凄んでいた、大日本帝國陸軍の急進派・黒田大佐であった。

「……ナチスの特使殿が、我らのような冷遇された軍人に何用かな?」

黒田は日本酒の猪口を弄りながら、不機嫌そうに言った。

史実において大戦を主導するはずだった陸軍の強硬派たちは、幸隆の「経済チート」と「海軍の優遇」によって完全に飼い殺しにされていた。戦う機会を奪われ、難民の世話を押し付けられた彼らの不満は、すでに爆発寸前まで膨れ上がっていたのだ。

「単刀直入に言いましょう、大佐。我がドイツ第三帝国は、近衛総理……そしてあの日野輝夜という女の『弱腰な外交』に辟易しています。我々が真に同盟を結びたいのは、あなた方のような『誇り高き大日本帝國陸軍の武人』だ」

ハインリヒの言葉に、黒田の目が僅かに見開かれた。

「もし、あなた方が『国の癌』であるあの小娘を排除し、眠れる独裁者の首を獲るというのなら……我が総統は、最新鋭の戦車設計図と莫大な軍資金、そして世界を二分する『真の同盟』を約束すると仰っている」

「……ッ!」

「近衛派が支配する今のままでは、あなた方は一生、難民の小守りをして終わる。……今こそ『昭和維新』を成し遂げる時ではないですか?」

悪魔の囁き。

くすぶっていた野心にナチスという最悪の油を注がれた黒田大佐の口元が、暗がりの中でゆっくりと歪んだ。

「……良いだろう。我ら憂国の士が、君側のくんそくのかんを討つ!!」

   ◆

同じ頃。首相官邸の執務室。

輝夜は、深夜になっても帰宅することなく、机に山積みになった外交書類に目を通していた。

そこへ、海軍長官・山本五十六が極秘裏に訪ねてきた。

「……輝夜殿。ナチスの特使を追い返したそうだな」

「ええ。ゴミはゴミ箱へ、です。山本長官」

輝夜は書類から目を離さず、淡々と答えた。その余裕のある態度に、五十六は苦笑する。

「総理にそっくりになってきたな。だが……あのヒトラーが、これで引き下がるとは思えん。何か裏で動いてくるはずだ」

「分かっています。だからこそ、先手を打ちました」

輝夜は、一枚の書類を五十六の前に差し出した。

それは、スイス銀行をはじめとする欧州の主要金融機関に対する『極秘指令書』だった。

米英を経済で屈服させた日本は今、裏の金融ネットワークを完全に掌握している。

「ドイツが軍事力で脅してくるのなら、こちらは『経済』で首を絞めます。ナチスの海外資産の徹底的な洗い出しと、彼らを支援するスイスの隠し口座の凍結準備……。彼らが少しでも妙な動きを見せれば、ドイツの経済を数日で破綻させるスイッチは、すでに私の手の中にあります」

五十六は、その冷酷なまでに完璧な『王道(経済制裁)』の布石を見て、思わず息を呑んだ。

(この少女は……総理の『武力を使わない殺し方』を、完全に自分のものにしている……!)

「それに……」

輝夜は、窓の外の暗い帝都の街並みを見つめた。

「あの特使が接触するとすれば、国内で最も不満を溜め込んでいる者たち……『陸軍の急進派』でしょうね。彼らを利用して、私たちを内部から崩そうとするはずです」

「なんだと!? では、すぐに憲兵を動かして拘束を――」

「いいえ。泳がせます」

輝夜の瞳が、月光を反射して鋭く光った。

「下手に今動けば、彼らは地下に潜ってしまいます。完全に炙り出し、二度と国に刃向かえないよう、彼らの『最も自信に満ちた瞬間』を完璧にへし折らなければなりません。……幸隆さんが、私にそうして残してくれたように」

帝都の夜の底で、数千の反乱軍の足音が、確実に首相官邸と病院へ向かって集結しつつあった。

ナチスの陰謀と、軍部の暴走。

『二・二六事件』のトラウマを再現する史上最大のクーデターが、今まさに月の女王へと牙を剥こうとしていた――。

お読みいただきありがとうございます!


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