EP 7
太陽の休息と、月の戴冠――優しき盾
昭和16年(1941年)冬。
数十万の難民を乗せた戦艦大和が、満州の大連港への「奇跡の航海」を無事に終えてから数日後。
帝都・東京。陸軍中央病院の特別病室。
窓の外には、空襲の炎など微塵も知らない、宝石箱のように光り輝く帝都の夜景が広がっていた。
「……ゴホッ、ゴホッ」
ベッドに身を起こした近衛文麿(若林幸隆)は、薄暗い病室の中で、隠し持っていた『ピース』に火を点けようとマッチを擦った。
しかし、大量の吐血によるダメージと極度の過労は、最強のチートプレイヤーの肉体を確実に蝕んでいた。指先が震え、うまく火をつけることができない。
「……クソが。こんな紙きれ一本、まともに吸えんようになりおって」
幸隆が舌打ちをし、自嘲気味に笑った、その時。
「駄目ですよ、総理。お医者様から絶対安静と言われているのに」
病室のドアが静かに開き、凛とした声が響いた。
満州での難民受け入れの陣頭指揮を終え、帝都へと帰還したばかりの特命全権大使――日野輝夜であった。
輝夜は、真っ白なドレスコートを翻してベッドの傍らまで歩み寄ると、幸隆の震える手からマッチとタバコを、ふわりと優しく取り上げた。
「……輝夜。帰っとったんか」
「はい。たった今」
輝夜は、幸隆の顔を覗き込んだ。
かつて列強のトップたちを震え上がらせた、あの修羅のような覇気は鳴りを潜め、そこにはただ、すべてを成し遂げて燃え尽きた一人の男の、安らかな素顔があった。
「……ご苦労じゃったな。毛唐のクソダニどもにビビり散らして、泣きべそかきながら帰ってくるかと思っとったが」
幸隆が、あえて憎まれ口を叩く。
「ふふっ。誰がですか?」
輝夜は、ベッドの横の椅子に静かに腰を下ろした。
「私には、世界で一番恐ろしくて、世界で一番優しい『最強の盾』がついていましたから。……どんな暗闇の中でも、決して沈むことのない、絶対的な太陽が」
輝夜は、幸隆の大きく、そして幾多の修羅場を越えて傷だらけになったその右手を、自らの両手でそっと包み込んだ。
ひんやりとした輝夜の手の温もりが、幸隆の疲弊しきった心と体に、静かに染み渡っていく。
「幸隆さん。あなたは本当に、すべてをやり遂げてくれました」
輝夜の澄んだ瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、幸隆の手の甲を濡らした。
「未来の知識という重すぎる十字架を、たった一人で背負って。……誰にも理解されない孤独の中で、悪魔と呼ばれながらも泥を被り続け、数百万の命が失われるはずだったあの悲惨な戦争を、完全に消し去ってくれた。……あなたは、私たちの世界を救った神様です」
「……馬鹿を言え」
幸隆は、照れ隠しのように顔を背け、天井を見上げた。
「ワシは神様なんかじゃねえ。ただの、強欲な悪党じゃ。……ワシの国と、ワシの惚れた女(月)を傷つけようとする奴らを、一人残らず叩き潰したかっただけじゃ」
「ええ。知っています」
輝夜は、涙を拭い、そして今度は、かつてないほど真っ直ぐで、力強い『王』の瞳で幸隆を見つめ返した。
「だから……これからは、私があなたの盾になります」
「……何?」
輝夜は、包み込んだ幸隆の手に、ぎゅっと力を込めた。
「世界は平和になりました。しかし、列強を力(経済)で無理やり屈服させただけでは、いつか必ず反発が生まれます。……パクス・ジャポニカを百年先まで持たせるためには、恐怖ではなく、慈悲と対話で世界を束ねる『王道』が必要です」
それは、かつての「幸隆に守られていたか弱い令嬢」の顔ではなかった。
自らの足で立ち、大日本帝國という超大国を背負って立つ、真の指導者(女王)としての覚悟の表れであった。
「幸隆さんは、ゆっくりと休んでいてください。あなたがこれまで築き上げてくれたこの無敵の盤面の上で……今度は私が、表舞台で世界を完全に掌握してみせます」
「……クックックッ」
輝夜の頼もしい宣言を聞き、幸隆の喉の奥から、心底愉快そうな笑い声が漏れた。
「言うようになったのう、輝夜。……毛唐のタヌキどもは、一筋縄じゃいかんぞ?」
「誰の傍で、政治の裏側(地獄)を見てきたと思っているのですか?」
輝夜が優雅に、けれど少しだけ悪戯っぽく微笑むと、幸隆もまた、満足げに目を細めた。
「……そうじゃな。ワシの最高傑作じゃ。おどれなら、間違いなくやれる」
幸隆は、包み込まれた輝夜の手を、力強く握り返した。
「頼んだぞ、輝夜。……ワシらの黄金の国を」
「はい。お任せください、総理」
窓の外では、眩いばかりの満月が、帝都の美しい夜景を静かに照らし出していた。
すべてを焼き尽くし、世界を再構築した熱き『太陽』は、ここに静かにその目を閉じ、休息の眠りにつく。
そして、その太陽が守り抜いた優しい『月』が、新たな時代を導く真の王として、世界の頂点へと戴冠する。
大日本帝國と、二人のチートプレイヤーが紡ぐ歴史の改変は、これより全く新しい「黄金の時代」へと突入していくのであった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




