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EP 6

約束の地、満州――黄金の大地への帰還

昭和16年(1941年)冬。

世界の通信網をジャックした近衛総理(若林幸隆)の「全世界同時生中継」によって、裏の黒幕たちが自滅を遂げてから、数日。

見えざる狼の脅威が完全に消え去った海を、戦艦大和を旗艦とする大日本帝國の「箱舟艦隊」は、おだやかな波を蹴りながら東へと進んでいた。

中破した駆逐艦『雪風』も、大和の巨体に寄り添うように、誇らしげに航行を続けている。

「……あ、あれは何かしら?」

大和の広大な甲板から、水平線の彼方を見つめていたユダヤ人難民の少女が、小さな指をパッと前方に向けた。

その声に誘われるように、テントに身を寄せていた難民たちが、次々と海原へと視線を走らせる。

白いドレスコートをまとった特命全権大使・日野輝夜もまた、彼らの隣に並び、昇り始めた眩しい朝日の光の中に、その「目的地のシルエット」を捉えた。

「――皆様、ご覧ください」

輝夜の、鈴の音のように澄んだ声が、甲板の難民たちへと優しく響き渡る。

「あれが、大日本帝國が皆様のために用意した約束の地……『満州』です」

朝日に照らされ、黄金色に輝く水平線の向こう。

そこに現れたのは、難民たちがかつて欧米の新聞やプロパガンダで聞かされていた「東洋の果ての、荒れ果てた過酷な不毛の地」などでは、断じてなかった。

巨大なコンクリートの岸壁がどこまでも続く、東洋一の近代港湾・大連港。

その背後に広がっていたのは、天を突くように整然と立ち並ぶ白亜の高層ビルヂング群と、理研の最新技術によって煤煙を一切出さない、息を呑むほど美しい「超近代的な都市」の姿であった。

それだけではない。都市の周囲には、地平線の彼方まで続く広大な緑の農地と、近代的な灌漑設備、そして難民たちが今日からすぐに暖かく暮らせるように新築された、無数の美しい集合住宅ユートピアが整備されていた。

幸隆が、史実の歴史が残した数々の歪みを強権で叩き潰し、未来の知識と理研の天才たちの技術、そして大財閥から毟り取った巨額の資金のすべてを注ぎ込んで作り上げた、世界で最も豊かで平和な『黄金の大地』。

「……素晴らしい。なんて美しい街なんだ……」

「お父さん、見て! 兵隊さんたちが銃を持っていないよ! みんな手を振ってくれている!」

大和が大連港のドックへとゆっくりと滑り込んでいく。

岸壁には、何十万人もの難民を温かく迎え入れるための巨大な医療テントや、湯気の立ち込める炊き出しの鍋、そして「ようこそ、大日本帝國へ!」と書かれた横断幕を掲げた、笑顔のスタッフたちが溢れ返っていた。

誰からも拒絶され、冷たい路上で凍え死ぬのを待つだけだった難民たち。

彼らは、自分たちを受け入れてくれたのが、列強の言うような「野蛮な極東の悪魔」ではなく、世界の誰も成し得なかった慈悲を体現してみせた「本物の救世主」であったことを、その身を以て理解したのだ。

ポロポロと、難民たちの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

「ああ……神よ……! 感謝します……!!」

「私たちは、本当に生き延びたんだ……! 殺されずに済んだんだ……ッ!!」

甲板のあちこちで、人々が抱き合い、声を上げて泣き崩れた。

彼らにとって、自分たちが乗ってきたこの『戦艦大和』という巨大な鉄の塊は、人を殺すための悪魔の兵器などではない。絶望の深海から自分たちを引き揚げてくれた、人類の歴史に永遠に刻まれるべき『希望の箱舟』そのものだったのだ。

「聖女様……! ありがとうございます、ありがとうございます……!!」

難民の代表たちが、輝夜の前にひざまずき、彼女のドレスの裾を握りしめて涙ながらに頭を垂れた。

「いいえ。私に感謝する必要はありません」

輝夜は、彼らの手を優しく取り、そっと立ち上がらせた。

そして、澄み切った瞳で東の空――はるか彼方の帝都・東京を見つめ、ふわりと誇らしげに微笑んだ。

「この美しい大地を用意し、皆様の命を狙う闇をその身で全て引き受け、命懸けでこの船を守り抜いた……大日本帝國の『総理大臣』に、どうかその感謝を捧げてください」

数十万の難民たちの割れんばかりの歓声と、感謝の祈りが、大連の黄金の空へと吸い込まれていく。

史実の悲劇の象徴であった戦艦大和は、一人の命を奪うことも、誰の血で汚れることもなく、無数の命の光に包まれながら、その崇高な任務を完璧に全うしたのである。

   ◆

同じ頃。帝都・東京、陸軍中央病院の特別病室。

差し込む朝日の光の中で、ベッドに横たわる近衛文麿(若林幸隆)が、ゆっくりと重い目を開けた。

大量の吐血による昏睡から、数日ぶりの目覚めであった。

「……気が、つかれましたか。総理」

枕元に直立不動で控えていた海軍長官・山本五十六が、安堵の表情で声をかけた。その手には、たった今届いたばかりの一枚の電報が握られていた。

幸隆は、まだおぼつかない手で、ベッドの横のテーブルから愛用の『ピース』を取り出し、火を点けた。

「ゴホッ、ゴホッ……」と軽く咳き込みながらも、不敵な三白眼で山本を睨む。

「……山本。大和は……輝夜は、どうなった」

山本五十六は、深く、これまでにないほど誇り高い敬礼を幸隆に捧げ、電報の文字を読み上げた。

「――本日早朝、旗艦大和率いる箱舟艦隊、ユダヤ人難民数十万人を乗せ、満州・大連港へ入港完了。……一人として、傷ついた者はおりません。作戦は、完全なる大成功です」

「……そうか」

幸隆は、受話器を置くように深く息を吐き出し、ベッドの背もたれに体を預けた。

紫煙が、朝日に照らされた病室へと白く広がっていく。

数百万人の命が失われるはずだった最悪の戦争を経済で圧殺し、海の底へ沈むはずだった大和を救いの船へと変え、見捨てられるはずだった数十万の命を、すべて黄金の大地へと導き切った。

「……終わったのう。ワシらの、史上最大の『嫌がらせ(救済)』が」

幸隆は、血の気の失せた唇を歪め、初めて少年のように、悪戯が成功したかのような、心からの穏やかな笑みを浮かべた。

すべてを一人で背負い、悪魔として地獄の泥を被り続けてきた最強の政治家。

彼の張り詰めていた鉄の精神が、ようやく、あたたかい朝日の光の中で静かな急速のときを迎えていた。

お読みいただきありがとうございます!

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