EP 5
全世界同時生中継――自滅する狂信者たち
昭和16年(1941年)冬。
インド洋の海上で、戦艦大和の巨大な主砲によって海面へ強制浮上させられた五隻の潜水艦は、抵抗する間もなく大日本帝國海軍によって拿捕された。
拿捕からわずか一時間後。
帝都・東京、首相官邸の地下作戦室に、痛快な報告が飛び込んできた。
「総理! 敵艦から『暗号通信の傍受記録』および『命令書の原本』を確保! ……敵を雇い、大和を沈めるよう指示を出していた黒幕は、アメリカ合衆国軍部の強硬派、オズワルド将軍を中心とする『裏の組織』で間違いありません!!」
「……クックックッ。しっぽを掴んだのう、毛唐のネズミども」
口元の血を拭い、軍医の制止を振り切って作戦室の指揮椅子に座る近衛文麿(若林幸隆)の顔に、悪魔のようにドス黒い笑みが広がった。
吐血してなお、その漆黒の覇気は衰えるどころか、ますます凄みを増していた。
「ワシの月に手を出した代償、きっちりと払わせてやるわ。……理研の連中に伝えろ。『全回線』を繋げ」
幸隆の指示により、未来技術の結晶である巨大な電子計算機が唸りを上げた。
史実を数十年先取りしたハッキング技術が、世界中に張り巡らされた海底通信ケーブルと、各国のラジオ電波塔の制御システムを、たった数分で完全に掌握していく。
◆
同時刻。アメリカ・ワシントンD.C.。
地下の秘密シガー・クラブでは、オズワルド将軍が高級なバーボンを揺らしながら、勝利の美酒に酔いしれていた。
「……そろそろ、あの鉄の塊(大和)が、極東の猿どもや小汚い難民たちと一緒に、冷たい海の底へ沈む頃だ。明日には世界中の新聞が『日本は難民を見殺しにした』と書き立てるだろう」
オズワルドが醜く笑った、まさにその時。
店内に流れていた優雅なジャズのレコードが、突如として激しいノイズにかき消された。
『――アァ、マイクテス、マイクテス』
ラジオのスピーカーから、ドス黒く響く重低音の「日本語」が流れ出した。
直後、極めて流暢な英語の同時通訳が、それに重なるようにして響き渡る。
「な、なんだ!? ラジオの混線か?」
オズワルドが眉をひそめる。だが、それはワシントンだけでなく、ロンドン、パリ、ベルリン、そして世界中の街角のスピーカーや、家庭のラジオから【強制的に】一斉放送されていた。
『――世界中の皆様。ワシは、大日本帝國総理大臣、近衛文麿じゃ』
幸隆の、地獄の底から這い上がってきたような声が、全世界数十億の耳をジャックした。
『数時間前。我が国の【民間輸送船(大和)】に対し、無警告で魚雷を撃ち込んできた卑劣なテロリストどもがおった。彼らの狙いは、船に乗っていた数十万の難民の女子供を皆殺しにし、その罪を日本になすりつけることじゃった』
「な……ッ!?」
オズワルドの手からグラスが滑り落ち、ガシャンと砕け散った。
ば、馬鹿な。なぜ極東の国が、世界中の電波をハッキングできるのだ!? そもそも、無国籍の潜水艦がなぜバレた!?
『……テロリストどもは、我が帝國海軍が【無傷で拿捕】した。では、彼らに女子供を殺すよう指示した「黒幕」の声を、世界中の皆さんに聞いてもらおうか』
直後、ラジオから流れてきたのは、オズワルド自身の肉声だった。
『(録音音声)――ナチスの残党どもを使え。あの難民船を、大西洋のど真ん中で沈めるのだ。我々は戦争で兵器を売り、他国の血と肉をすするからこそ世界を支配できるのだ……』
オズワルドが先ほど、この密室で喋っていたはずの「裏の指示」と「狂気の発言」が、一語一句違わず、全世界に向けてブロードキャスト(大暴露)されたのだ。
幸隆がハッキングしていたのはラジオだけではない。アメリカ国内の軍事用暗号通信回線すらも、すべて理研の『神の目』によって筒抜けにされていたのである。
「あ……あ、ああ……ッ!!」
オズワルドの顔面から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。
『――さあ、合衆国の市民の皆さん。あなた方の国には、自分たちの金儲けのために、難民の命を海へ沈めようとする「影の権力者」が巣食っとるようじゃ。……ワシら(日本)が手を下すまでもない。自分たちの国のゴミは、自分たちで掃除することじゃな』
プツン、と。
幸隆の残酷なメッセージが終わった瞬間。
「……表が、騒がしいぞ……?」
クラブの側近が、震える声で天井を見上げた。
ワシントンの地上では、信じられない事態が起きていた。
幸隆の放送を聞いたアメリカの市民たちが、激しい怒りに顔を歪め、松明や鈍器を手に、街のあちこちで暴動を起こしていたのだ。
列強の講和によって平和が訪れたと喜んでいた民衆にとって、女子供を乗せた箱舟を自国の軍部が沈めようとしたという事実は、決して許されざる「悪魔の所業」であった。
『オズワルドを引きずり出せェェッ!!』
『我々の国を、これ以上テロリストの血で汚すな!!』
「閣下! 逃げてください! 暴徒と化した数万の市民が、この地下クラブへ向かって……ひぃぃぃッ!」
警備の兵士が駆け込んできたが、その背後から、怒り狂った民衆たちが雪崩のように押し寄せてきた。
アメリカ政府や警察も、自国を国際的な孤立から守るため、早々にオズワルドたち「ディープステート」を切り捨て、民衆の暴動を黙認する構えを見せていた。
「ま、待て! やめろ! 私は合衆国の将軍だぞ! 極東の猿どもの謀略だ! 信じるなァァァッ!!」
オズワルドの叫びは、怒号にかき消された。
世界を裏から操っていたと自負していた白人至上主義の狂信者たちは、大日本帝國の軍隊に指一本触れられることすらなく、自国の怒れる民衆の手によって、ボロ雑巾のように引きずり出され、物理的にその権力と命を絶たれたのである。
◆
「……総理。アメリカ国内におけるオズワルド一派の完全な失脚と、民衆による制圧を確認しました」
帝都の作戦室。
報告を聞いた幸隆は、備前焼の灰皿にタバコを押し付け、満足げに鼻で笑った。
「馬鹿なネズミどもじゃ。……これで、アメリカの裏社会も完全に機能停止。ワシらの『黄金の国』に手を出そうとする奴は、もう地球上のどこにもおらんわ」
極限のカタルシス。
一切の武力を使うことなく、ただ『真実』を突きつけるだけで大国の暗部を自滅に追い込んだ、悪党政治家による最も鮮やかで、最も残酷なカウンター(社会抹殺)。
見えざる悪意は完全に駆逐された。
インド洋を往く巨大な『命の箱舟(大和)』の行く手を阻むものは、もう何一つ残されてはいなかった。
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