第39話 『探究者』と絡繰の屋敷
「ちょ、ちょっと待って!」
交互に言葉を交わしながら結論を導き出した2人の子供に対し、エリザベスは咄嗟に体勢を整えながら声を上げた。ターシャに飛びついて強襲を避けたため、彼女と2人揃って転んでしまっていたのだ。
その静止を聞き、2人の子供は揃ってきょとんとした顔でエリザベスを見る。
「「なぁに?」」
天井にぶら下がっていた男の子も、体を支えていた手を離して女の子の横に着地した。
つい先ごろまでは随分と物騒な話をしていたものの、もしかしたら話せば解ってくれるかもしれない。素直に聞く姿勢を見せた2人に対し、『探究者』達はそうした希望を抱く。
「あなた達、誰? 一体どうしてこんな所にいるの? どこから来たの?」
2人の子供が素直な性格であることは間違いないのか、その質問に答えてくれた。
「ぼくはグラ」
「あたしはリティア。2人ともセプテムなんだよ!」
「セプ、テム?」
凄いだろう、と言わんばかりに胸を張る2人だが、エリザベスとしては『セプテム』が何なのか解らないために反応に困ってしまう。
「ぼく達、どうしてここにいるんだろうね、リティア?」
「理由なんて考えたこと無かったよね、グラ?」
顔を見合わせ、むむむと唸りながら首を傾げる子供達。しかし結論はすぐに出たらしい。
「でも、理由なんていらないよね! ぼく達がここにいるのは当たり前だもんね!」
「ね! だってここはあたし達の住み家だもんね!」
ニッコリと笑う子供達。その笑顔は愛らしかった。しかしその笑顔が愛らしければ愛らしいほど、2人の様子が無邪気であればある程、それを見ている大人達の胸中には不安が募って行く。
何故なら大迷宮の最奥を住み家にする存在など、彼らはこれまで聞いた事が無かったからだ。
「それでね、あたし達はあそこから来たの!」
リティアはドアノッカーの付いた扉を指差した。
「あっちにあたし達の家があるのよ!」
「ホントはマスターの家なんだけどね!」
「マス、ター?」
マスター。それは主人。つまり、この子供達が仕えている存在がいるということを示す。そういえば、とエリザベスは先ほどの2人の発言を思い出した。
「マスターって、さっき言ってた『ライム様』のこと?」
「違うよ!」
「マスターはマスター! ライム様はライム様!」
失礼なことを言うな、とばかりに子供達は頬を膨らます。しかし2人は『マスター』や『ライム様』と言うだけなので、それが何者なのかが『探究者』には解らない。
そうして彼らが困惑している間に、子供達は今度はこちらの番だと言わんばかりに問いを投げかけて来る。
「もういい? いいよね?」
「それじゃあ……ちょうだい?」
しかしそれは、問いの体を取ったただの宣告でしかなかった。同時にリティアは、すぐ目の前にいるエリザベスとターシャに向けて手を伸ばす。
「ちょうだいって、何を……く、あぁ!!」
何を欲しがっているのか解らずに聞き返そうとしたが、それは彼女たちに異変が起こったことで中断される。
「え、きゃ、あ、あぁぁぁ!」
淡い光に包まれながら悶絶する女性陣に、只事では無いと男性陣は察した。
「リズ! ターシャ!」
真っ先に飛び出したのはジルベルトである。実力的にも当然だろう。
彼は腰から下げた剣を抜き、リティアに向かって振り下ろす。相手が頑是ない幼女にしか見えない事など、彼は気にしなかった。こんな場所にいる時点で、相手がただの幼女のはずが無いと解ったからだ。ましてや、仲間に危害を加えているのである。手加減をする道理が無かった。
「きゃあ! コワーイ!」
口ではそう言いながらも、余裕を持って回避するリティアの顔は笑っていた。ジルベルトは悟る。この子は今、完全に遊んでいるのだと。
「2人とも、大丈夫か!?」
ジルベルトが飛び出してリティアが行っていたであろう『何か』を強制的に終了させた瞬間、ドグナムとノルイがそれぞれエリザベスとターシャを抱えて後方に下がった。この辺りは流石、長年の連携が生きていた。
「大丈夫、と言いたい所なんだけど……ごめんなさい、体が上手く動かないの」
返事をしながらも、エリザベスの顔色は悪い。同じく顔色を悪くしたターシャが、震えながら口を開く。
「これ……これ、【魔力強奪】だよ。けど、こんなに強力なのは初めて……今のほんの数秒で、魔力が半分近く持って行かれちゃった……」
量や質に個人差はあれど、魔力は誰もが皆持っている力だ。そして魔力量はMPとして表される。人間はその殆どがMPが0になった時、意識を保っていられない。そうでなくとも、まともに動くことは出来なくなる……つい先日、そのせいでポラウが死んでしまったように。
そして【魔力強奪】は、対象から魔力を奪い取る魔法。しかしこの魔法、名前の響きはちょっとアレだが、一応回復魔法に分類される。奪い取った魔力は術者へと還元されるため、結果的に術者の魔力を回復させるからだ。同じ理由で、生命力――HPと表される――を奪う【生命力強奪】という魔法も回復魔法に存在する。
ただしこの2つの魔法は、どちらも上級である。そして回復魔法は高位魔法。つまりこれらは、上級高位魔法。なので有用性の高い魔法でありながら、使い手はあまり多くない。
それをこんな子供が使った、というだけでも驚きなのに、その練度が極めて高い。この中で最も魔力量の多いターシャが、あの僅かな時間で半分近くを奪われたと言うのだ。エリザベスに至っては、既に魔力切れ寸前だった。
彼らはこれまでにも【魔力強奪】の使い手と相対したことはあり、それを食らった事もある。しかしそれで魔力を奪われても、行動に支障が出た事など無い。
何故ならそもそも、上級高位魔法である【魔力強奪】は並の使い手では発動までに時間が掛かる。その上、1度に奪えるMPは20~30が精々だ。なので殆どは回避可能だし、万一食らっても魔力不足に陥ることはそうそう無い。
エリザベスとターシャに油断が無かったとは言えない。相手はヒューマンの幼女にしか見えない上に、一応は会話に応じてくれていたのだ。けれど例え警戒心をMAXにしていたとしても、あの【魔力強奪】は食らってしまっていただろう。2人を責めるのは酷である。
何故ならばリティアは一瞬にして【魔力強奪】を発動し、僅か数秒で通常の10倍以上の魔力を奪ってみせたのだ。ここまで来ると、素晴らしい使い手を通り越して異常なレベルだ。
けれどどう言い訳をしようと、エリザベスが暫くは戦線復帰できないという事実は動かない。魔力切れ寸前な上に、急激に魔力の殆どを失ってしまったことでショック状態も引き起こしており、体がまともに動かせないのだ。一方で元々のMPが多いターシャは、まだ動けるようだが。
「こンの……ッ!」
ぐったりとしているエリザベスを見て頭に血が上ったのか、ドグナムがリティアに向けて拳を振った。
とはいえドグナムとターシャの間には十数mの距離があるため、直接拳が届くわけでは無い。しかしドグナムの拳と連動し、衝撃波が放たれる。格闘系スキル【闘気拳】である。闘気を拳から撃ち出す、遠距離用のスキルだった。
その闘気の拳は狙い違わずリティアを捕えていた……が。
「いっただっきま~す!」
「ンなッ!?」
間にピョンと割り込んで来たグラが、その飛んで来た闘気の拳を『食べた』。これにはドグナムだけでは無く、全員が驚く。
リティアが【魔力強奪】を使った時以上の衝撃だった。何故なら先ほどのそれはあくまでも【魔力強奪】の練度に対しての驚きでしかなかったが、スキルを『食べる』人物など見た事が無かったからだ。
そんな彼らには構わず、グラはもぐもぐと咀嚼し飲み下す。すると、少し渋い表情になった。
「うぇ~、味気無い! 不味くは無いけど、美味しくも無いや!」
勝手に食っておいて失礼な言い草だ、とドグナムはぼんやりと考える。軽い現実逃避であった。
「ねぇリティア、おかしいよ」
「おかしいね、グラ」
2人は並び立ち、『探究者』達など眼中に無いかのように話し合い始めた。
「あの魔力、全然美味しく無かった」
「もらった魔力はちょっとだけなのに、もう魔力切れ起こしかけている人もいるよ」
「ここまで来れるような人なら、もっと濃厚で美味しい魔力を持ってるはずなのに」
「ここまで来れるような人なら、もっとたくさんのMPがあるはずなのに」
「おかしいよ」
「おかしいね」
首を捻りながら話し合う2人からは目を逸らさず、『探究者』もまた話し合う。これはチャンスでもあるからだ。
「今のは多分、【魔力吸収】よ……随分と個性的な使い方をするけれど」
体が動かせずとも、頭を働かせることは出来る。そのためエリザベスは、声量をかなり落としながら仲間たちにそう告げた。声を落としたのは、あの2人に自分たちの話を聞かれないようにするためだ。
【魔力吸収】は魔力を吸収する対象から魔力を吸収する魔法だ。【魔力強奪】との違いは、対象が人物では無く魔法やスキルといった『既に放たれた魔力』である点だろう。そして魔力を吸収された魔法やスキルは、その殆どが形を保てずにそのまま消えてしまう。これもまた、上級回復魔法だった。
しかし攻撃魔法や攻撃スキルに対して【魔力吸収】を使うのは、諸刃の剣でもある。何故なら、ほんの少しタイミングを誤ればそのままソレに直撃してしまうからだ。
だが、グラには僅かな惑いも無かった。絶対の自信があったからだろう……何故『食べた』のかは彼らには解らないが。
「片や【魔力強奪】、片や【魔力吸収】のコンビ、か。魔法使い泣かせな子達だねぇ」
ジルベルトが溜息を吐きながら溢した。そしてその言葉通り、魔法特化型のターシャは非常に困っていた。
何しろ気を抜けば【魔力強奪】で魔力を奪われ、魔法で攻撃すれば【魔力吸収】で無効化されるのである。ならば肉体言語で語ればいいのかもしれないが、先ほどのリティアの踵落としを見るに、あの子達は体術が出来ないわけでも無いだろう。一方でターシャは直接戦闘能力は低い。
そもそもターシャに限らず、魔法使いというのはごく一部の例外を除いて近接戦闘に向いていない。
もしも魔法使いがあの2人の子供と相対したならば、殆どがジリ貧に陥って負けるだろう。
「魔法使い泣かせと言うよりも、対魔法使いを想定した能力を得ているようにすら思えるな……」
ノルイの一言に、他の皆も少しだけ納得する。
「となると、もしもこの場にトーマがいたら彼も餌食になったのか?」
あの子供達が魔法使い泣かせならば、魔法使いを名乗る藤真にも刺さるのでないかと考えたための一言だった。しかし。
「無いな」
「無いわね」
「無ェな」
「無いだろうねぇ」
「無い無い」
その考えは一瞬にして打ち消された。近接戦闘で高レベルスカルソルジャーの大群を瞬殺出来るような魔法使い(?)が多少魔法や魔力を封じられたとしても、何とかしてしまうだろうとしか思えなかった。彼らもそろそろ、化け物への認識が育ってきていた。
そしてそんな彼らを他所に、子供達もまた話し合う。
「本気じゃないのかな? ぼく達みたいに」
「だよね。だってそうじゃなきゃ、テンザン大迷宮の1番深い所にまで来られるはず無いもん」
「試練の間だって、けっこう早いペースでクリアしてるしね」
「そうじゃなきゃつまんないよ。折角の侵入者なのに」
「じゃあ、本気出してもらおうよ!」
そして次の瞬間、最前線に立っていたジルベルトが吹き飛んだ。
「カハッ!」
吹き飛んだジルベルトは、背後の壁にぶつかって盛大な音を立てた。何が起こったのか、すぐには誰も理解できなかった。
しかし遅れて、恐らくはグラがジルベルトを蹴飛ばしたのだろうということが立ち位置から察せられた。少し離れた場所にいたはずのグラが、気が付けばつい先ほどまでジルベルトが立っていた場所にいたのだ。ご丁寧に右足を振り抜いた体勢のままで。
「あれ? 入っちゃった」
目を見開くその様子からして、蹴った本人が1番驚いているようだ。避けられるとでも思っていたのだろう。
しかし実際には、グラの動きは『探究者』達の誰も目視する事が出来ずにいた。気が付いたらジルベルトが蹴り飛ばされていた……そのようにしか認識出来なかったのだ。
だがそれを見ていたリティアは機嫌が悪くなったようだ。
「ちょっと! 何で本気出してくれないの!?」
本気を出すも何も、これが『探究者』達の実力である。
だが、グラとリティアはそんな事には気付かない。彼らが自力でテンザン大迷宮と試練の間を突破したと思っているからだ。
「折角遊べるって思ったのに! お客様は昔よく来たけど、侵入者は初めてだから、奪う前にたくさん遊ぼうって!」
その憤慨した様子からは、先ほどのグラの攻撃が真実本気では無かったのだという事が解る。
そして彼らは悟った。今目の前にいる2人の子供は、自分達よりも段違いに強いという事を。もしも藤真という『自分達よりも遥かに強い子供』に出会ったという前例が無ければ、ここまであっさりとその事実を受け入れられはしなかっただろう。しかし幸か不幸か、今の彼らはすぐにそれを受け入れることが出来た。
「落ち着いて、リティア。きっとぼく達が子供だからだよ」
「……そっか、そうね。人間は見た目の年齢ですぐ判断しちゃうもんね」
そう言うということはお前達は人間では無いのか、とノルイは思った。しかし次に続く会話には耳を疑う事となる。
「だから、本気出してくれるまで頑張ろう?」
「そうね、まずはどうする?」
「蹴ってもダメだったし……叩く?」
「奪うのは後でも出来るし……捩じっちゃう?」
「ちょっと待ってくれ!」
たまらずノルイは口を挟んだ。その行動に他の面々は慌てるが、彼はそのまま続けた。
「俺達は色々と妙な巡り合わせに助けられただけで、テンザン大迷宮を自力で突破してはいない! ここまでの試練の間もだ! 君達が何を期待しているのかは解らないが、恐らく俺達はその期待には応えられない!」
それを聞き、2人の眉間に皺が寄った。
「ああ言ってるよ」
「う~ん、魔力の味気無さを考えると、そうかも?」
「あの人達、本気出してないんじゃなくて、弱いの?」
「弱いんだよ」
「弱い、弱い」
誤解の無いように言っておくが、『探究者』は決して弱くない。一般的に考えれば、一流の冒険者に分類されるパーティなのだ。ただ、2人の知る強者と比べれば弱いというだけで……はっきり言おう。比べる相手が悪いと。
「じゃあどうする? 遊ぶのやめてもう奪っちゃう?」
リティアの不満は大きいようで、頬を膨らませている。しかしグラは短い時間だが、ふむと考え込んだ。
「……ライム様に相談しよっか。弱いんなら別にぼく達がどうこうする必要も無いし」
「そうね。そうしましょ。この程度なら、お墓に危害を加える事も出来なさそうだもんね」
結論は出たようだ。2人は踵を返すと、そのまま扉を開けて向こうへと駆けて行ってしまった。そのあっさりした様子こそが、2人が徹頭徹尾『探究者』達など眼中に無いと考えていたのだと表していた。
「墓……?」
新たに出て来た単語に軽い疑問を覚えるノルイの襟首をドグナムが掴んだ。
「おいッ、ノルイ! テメェ何考えてんだ! ただでさえ得体の知れねェガキ共だったってのに、その御大まで出て来ちまいそうじゃねェか!」
ドグナムは焦っていた。あの2人は得体が知れず、しかも強い。得体が知れなく強いガキというなら藤真もそうだが、彼は出会ってからこちら、『探究者』に対して敵対行動を取った事も害意を見せた事も無い。
しかしあの2人は違う。奪うだの食べるだのという単語を遠慮なく使い、実際に躊躇なく危害を加えて来た。ならばその御大である『ライム様』とやらは何をしてくるのか。不安にならないはずが無い。
とはいえノルイにも、考えが無いわけでは無い。
「御大、では無いだろう?」
ドグナムの腕を襟から外しつつ、ノルイは答える。
「彼らの口ぶりからすれば、真の御大は『ライム様』とやらでは無く『マスター』という者のはずだ」
「ノルイ、今は言葉遊びをしている場合じゃ無い」
未だ立ち上がれずにいるエリザベスに肩を貸しながら、ジルベルトが苦い顔をした。
「解っている。しかしあのままでは、嬲られるだけだったかもしれないぞ」
あの2人は『探究者』の力量に対し、本気じゃないという認識でいるらしかった。しかも会話の内容からして、本気を出させるために甚振る気は満々のようだった。しかしいくら甚振られても出す本気など無いので、そのまま嬲り殺されては堪らない。これはこれで当然の危惧だった。
「えぇそうね……それに多分、『ライム様』とは話さなければならないわ」
エリザベスは蟀谷を揉む。
「さっきあの子達、私達が試練の間をハイペースでクリアしたって言ってたもの。それってつまり、あのテンザン大迷宮の最奥にあった扉を潜ってからこっち、あちらさんはずっとこっちの動きを把握してたって事じゃない?」
エリザベスの推測は妥当ではあるが、実は少しだけ間違っている。『ライム様』以下一同は『探究者』達の動向を全て把握しているわけでは無く、彼らが初めの繋ぎの扉を潜った瞬間を察知しただけである。
もしも彼らに侵入者の動向を常に把握できる術があったとしたら、あのような敵対行動は取らない……どころか、感涙しつつ率先して出迎えに来ていただろう。何故なら『ライム様』達は…………。
「それは、そうかもしれないねぇ」
エリザベスの言葉には同意しつつも、しかし、とジルベルトは切り出した。
「問題は今、どうするかってことだねぇ。1度引き返してトーマを待つか、ここであの子達が戻って来るのを待つか……先に進むか」
ジルベルトとしては、引き返すことを勧めたかった。この先に目的があると言っていた以上、藤真はあの子達についても何か知っているのではないか、と考えたのだ。加えて今の彼は、グラに蹴られて壁に叩きつけられたダメージがある。そのダメージは普通に動く分には我慢できるレベルのものだったが、決して小さなものでも無いのだ。
しかし真っ先に意見した者は、彼とは別の考えだった。
「先に進むわ」
ターシャだった。【魔力強奪】で奪われた魔力は未だ戻らずとも、元々のMPが多かった彼女はショック状態からは抜けたらしい。切迫した響きのある声だった。
「だって、きっとそうなのよ。あの扉の先に、やっと、やっと、やっと…………!!」
ターシャ・ミエン。彼女は元々、孤児であった。生みの親には赤ん坊の頃に捨てられた。捨てられていたのが教会の前だった事が、彼女の親の最後の情けだったのかもしれない。そして彼女は、教会に併設された孤児院にて育った。そして彼女を拾ったその教会は、トーマス教の教会だった。
そんな環境で育った彼女がトーマス教に傾倒するのはある意味で当然でもあり、ターシャが冒険者になった最初の理由はカルハル大迷宮の攻略に貢献する事だった。様々な出会いと経験を経て今は少しそれと違ってきているが、彼女の根っこの部分は変わらない。
彼女は昔から変わらず熱心で、そして狂信的なトーマス教徒のままなのである。
そんな彼女の目の前に、勇者一行と関わりのある可能性が極めて高い扉がある。興奮するな、と言う方が無理だろう。それはターシャの仲間達にもすぐに察することが出来た。
しかしその心情を察したからといって、彼女の行動を認めることは出来ない。
「ちょ、ターシャ!?」
「待って、落ち着いて!」
ダッと駆けだしてしまった彼女に、ジルベルトとエリザベスが静止を掛けようとした。しかし彼女は聞かない。最早彼女の目には扉しか映っていなかった。
浅慮も甚だしい行動だが、それでも彼女だけをそのまま見送る事は彼らには出来ない。何故なら仲間だからだ。
「あぁ、もう……! リズ、行けるかい?」
盛大な溜息を吐きながらもチラリとエリザベスを見ると、そんなジルベルトに彼女もまた溜息を吐きながら答える。
「ええ、何とか……しょうがないわ、行きましょ。2人もいい?」
ドグナムとノルイを見ると、彼らもまた渋い顔で溜息を吐きながら頷く。
そうして彼らは、最後の扉を潜るのだった。
扉を潜ったすぐ先にターシャはいた。彼女は目の前に広がる光景に呆然となっていたのだ。そしてそれは、後から来た者達も同じだった。
「嘘……なに、これ……」
口を開いたのはエリザベスだったが、感想は皆同じだった。
扉の先に待っていたのは、どこまでも広がっているかのような空と青々と茂る芝生だった。とても地下の先にあるとは思えない、いや、地上に戻ったとしか思えないような風景である。
その天気は爽やかな快晴。ただ太陽が照りつけるだけでは無く、白い雲も不規則に流れゆくという凝りようだ。ふわりとした風も吹き、彼らの髪を揺らした。
どこかに小川でも流れているのか、さらさらという水音も聞こえる。
そして芝生の先には、塀で囲まれた木造の不思議な構造の屋敷。2階建てで高さはそれほどでも無いが、敷地面積は広そうである。恐らくはあれが、絡繰の屋敷とやらなのだろう。
「あそこ……に、行けばいいのかな?」
ぐるりと見渡してみるが、この空間に建造物はあの屋敷だけである。ターシャはふらふらとした、どこか覚束ない足取りでそこへと向かう。しかしそれを、皆は慌てて止めた。
「待って、ターシャ! 本当に待って!」
「何が起こるか解らないンだぜ!?」
しかし、この空間に入ってしまった以上は仕方が無い。もう鬼が出るか蛇が出るか、後は野となれ山となれ、な心境である。はっきり言えば、やけくそだった。
先走りそうなターシャの襟首をドグナムが掴み、彼らはそろりそろりと屋敷へ近付く。扉から屋敷へと向かうと、扉から見て一直線上の位置の塀に立派な正門が構えられている。しかしその門は今は閉じられていた。
エリザベスはチラッと背後を振り返った。今彼らが潜った扉が、広がる芝生の上にポツンと突っ立っている。まるで扉だけが浮いているようで、それはそれで不思議な光景だった。
扉から正門までは、それほど大きな距離があるわけでは無い。とてもゆっくりと歩いたものの、ほんの数分で目的地まで辿り着いた。
「えぇと、こんな時は……とりあえず、ノックかしら?」
代表して、リーダーであるエリザベスが扉の前に立ち――未だに支えられないと立てないが、それはともかく――軽く握った拳を振り上げた。が、木製の門を叩く前に、その内側から声がした。
「あーあ、ここまで来ちゃった」
それはリティアのものでもグラのものでも無く、彼らは固まった。それは2人のものよりも更に幼げな響きを宿した声だった。
「もう、ダメでしょ。来ちゃったじゃない」
「ごめんなさい、ライム様」
「ごめんなさい。でもあの侵入者、弱いよ」
今度は2人の声もした。どうやらあの幼い声こそが、『ライム様』のものだったらしい。
「むぅ……侵入者へのマニュアル、無いもんね。しょうがないかぁ」
けれど『ライム様』は2人に対して怒ってはいないようで、その声は優しい。しかし。
「でもそれもここまで。あの人たちは、そうだなぁ。電池になってもらおっか」
「電池?」
「魔力電池?」
「どうせここまで来ちゃった以上、生きて地上に返せないもん」
その会話の内容に、彼らは戦慄した。『魔力電池』がどういう意味かは解らないが、『生きて地上に返せない』とは穏やかでは無い。
ここまで来たのは間違いだった。この瞬間、彼らは確信した。ここは得体が知れな過ぎる。最低でも、藤真を待つべきだったのだと。
「まぁいっか。とりあえず、おでむかえね」
「お出迎え!」
「お出迎え!」
逃げる間もなく、門が開いた。そして『ライム様』が姿を現す。
「ようこそ、みなさん。からくりの屋敷へようこそ」
聞こえてきたその声を辿るように『探究者』達は視線を下げる。リティアとグラが見えて、それよりも更に視線を下げる。そして……。
「「「「「え?」」」」」
彼らは同時に、素っ頓狂な声を上げた。
次回、視点が藤真(主人公)に戻ります。




