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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第2章 テンザン大迷宮にて
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第38話 『探究者』の考察と遭遇


 藤真と一時的に別れて最後の試練の部屋へとやって来た『探究者シーカー』のメンバーは、その部屋のもう1つの扉の横の壁に例によって例の如く嵌め込まれたプレートを確認し、思い思いの意見を述べていた。


《冒険者の初心を思い出せ。この扉は正しい合言葉によって開く。 鈴代藤真  PS.合言葉のヒント……『ジュゲム』のフルネーム》


 プレートにはそう記されている。中間の署名のみ日本語であり、それ以外はコーラル語だった。

 この試練の間は特に何も無い小さめの部屋であり、入って来た物とは違うもう1つの扉の横に文字盤が取り付けてあった。恐らくその文字盤で正しい合言葉を打ち込めば扉が開くのだろう、と彼らは結論付けた。

 しかし彼らが真っ先に関心を示したのはその合言葉よりもむしろ日本語で書かれた署名の方だった。


「《鈴代藤真》……ここは10個目の試練。そしてここまでに勇者様御一行のメンバーで出て来ていないのはただ1人。大賢者様だけ。つまりこれは多分、大賢者様の名前なのよね……ニッポン語では、こう書くのね」


 しみじみとしているエリザベスに対し、興奮が隠せない様子なのはターシャだ。


「《鈴代》って、さっきの聖女様の署名にあったのと同じ字よね? ニッポン人は苗字が先に来るし、《愛》でアイと読むならきっと《愛莉》でアイリス……つまり《鈴代》が苗字。なら大賢者様と聖女様は同姓ってことになるよね? ふふっ。ほら、やっぱり神託は正しかった! お2人は結ばれていたのよ!」


 意気揚々とした彼女をしかし、思案気な眼差しで見る者がいる。ノルイだ。


 彼には、ある疑惑があった。その最初の切っ掛けは、極めて些細な事である。

 かねてよりの仲間3人を喪った、あのトラップ。その時はノルイ自身も大怪我を負って生死の境を彷徨ったため、あの前後はかなり意識が朦朧としていたのだ。そしてそれ故、ほんの少しだけ空耳をしてしまった。


『俺はトーマ。トーマ・スズシロ』


 あの時彼らを助けた少年がそう名乗った時、その名前がよく似た違う物に聞こえたのである。

 当然ながらその場では聞き間違いだと思ったし、事実、正真正銘聞き間違いだった。しかしその出来事が、頭の片隅に何故かこびり付いた。

 そしてその後数日に渡って行動を共にする中で、藤真に関する事を色々と知った。実力が自分達にすら計り知れない領域にある事。魔力の属性が水である事。大迷宮の構造にやけに詳しい事。規格外な魔法使いである事。彼の中での常識が少なくとも100年以上は前のものである事……他にも枚挙に暇ない。その度に小さな違和感は疑惑へと成長する。

 極め付けがこの試練の間に足を踏み入れてからだ。各試練にやたら詳しい事。日本語の研究をしている自分達以上にそれに詳しいらしいという事。それどころか日本そのものについて知っているような口振りでさえあった事。試練の部屋の一室にあった大量の蔵書を自由に扱えるかのように言っていた事。

 

 とはいえそれは、普通に考えればあり得ないような疑惑だ。ノルイとてもしも藤真とのファーストコンタクト時に空耳をしていなければ、可能性として頭に浮かんだとしてもすぐさま打ち消していただろう。何故なら、あまりにも常識外れすぎる疑惑だから。


 ついさっきまで自分達と行動を共にしていた少年の正体が、大賢者トーマス様なのではないか、など。

 けれどもし、その疑惑を正しいと仮定するならば……。


(聖女様の試練の時にトーマは、勇者様御一行の中にニッポン人が大賢者様と錬金王様だけとは限らない、と言っていた。もしもそれが聖女様の事を指しているとしたら……まさか大賢者様と聖女様が同姓なのは、元からか? しかしこちらの世界に召喚された際、大賢者様はまだ少年だったはず……トーマも見た目は少年だが、それはひとまず置いておくとして……そうならば婚姻を結んでいたとは考えにくい)


 ノルイは少しずつ、『有り得そうな』可能性を考えていく。


(となると……もしや、お2人は血縁者か? もしそうだとすれば、そしてトーマの正体が大賢者様だとすれば、トーマス教の神託を『バカらしい』と吐き捨てたくなるのも仕方が無いのではないか?)


 トーマス教の神託の1つは、大賢者トーマスと聖女アイリスが結ばれその子孫がアトラ帝国の皇室である、というものだ。

 しかしもしも2人が血縁、それも近親者であるのなら、結ばれる事はまずあり得ない。むしろ良識的な倫理観を持っている者がそんな疑惑を掛けられたならば、怒りたくもなるはずだ。ノルイはそう考える。


 勿論ノルイとて、トーマス教そのものを否定する気は無い。世界を2度救った大英雄に対する畏敬の念は、彼とて当然のように持っているからだ。

 しかしその神託に疑惑を持った今、考えようによっては『神託が正しい』とも取れる証拠を見付けて狂喜するターシャが、酷く危うく見えた。


「うーん、《真》って確か、シンって読んだ気がするんだけど……《真実》で真実って読むんだって解読されてたはずだよね? でもカン字っていくつも読み方があるのよね……《鈴》と《代》と《藤》に至っては見たことが無いわ。あぁもう、これが解読出来れば大賢者様や聖女様の姓が解るかもしれないのに!」


 いつもならば、日本語を発見した時に真っ先にそれに張り付くのはエリザベスだ。しかし今回に限っては、ターシャが先陣を切っていた。確かにこれまで不明だった英雄のフルネームが判明すれば歴史的な発見となるだろうが、同じくこれまでフルネームが不明だった錬金王に関しては完全にスルーしている辺り、彼女の興味の対象がかなり限定されている事が解る。


「あぁ、そうだ。姓といえば」


 ふと思い付いたように、ジルベルトが口を開く。


「ここまで試練を通過してきて、その全てにこうした金属板があったわけだけど……1つだけ、他とは違う試練の部屋があったね?」


 これに真っ先に反応したのは、珍しい事にドグナムだった。いや、ドグナムがジルベルトの話題にサラリと乗ることは珍しいが、話題がこれと来ては可笑しくない。


「あぁ。聖騎士様の試練だろ? あそこだけ音声も無けりゃ、プレートにフルネームも書かれていなかった」


「まだこの大賢者様の試練をクリアしていないから、音声が無いのが聖騎士様の試練だけとは確定出来ないけどねぇ。でもこの《鈴代》というのが大賢者様……そして聖女様の姓で、錬金王様のプレートにあった《村山》というのが彼の姓なら、聖騎士様だけが姓を記さなかったってことになるよ」


「聖騎士様、か。あの方も何だかんだで謎が多いわよね」


 未だ恍惚の表情で金属板に張り付くターシャを他所に、他4名で聖騎士に思考を移す。


 聖騎士クリスの生涯はエリザベスの言う通り、謎が多い。

 前半生に置いては勇者アルフィ、大賢者トーマスと並ぶ『世界の運命』の最初期メンバーだが、それ以前の経歴はまるで不明。解っているのは、後に勇者や大賢者となる2人の少年よりも早くから冒険者として活動していたらしい、という事だけ。

 後半生に置いては、『厄災』の魔王との最後の戦いの際に『厄災』の魔王と大賢者が1対1で思い切り戦えるように他の仲間たちと共に黒大陸を覆う結界を張る手伝いをしていたという話を最後に、それ以降の消息が掴めない。

 もっと言うと、正確な生没年も出身地も容姿も不明なのだ。現代の者が『世界の運命』の正メンバー10人の中で最も謎の多い存在はと質問されれば、過半数が聖騎士クリスと答えるだろう。それぐらいに、何故か歴史の表舞台に出て来ない人物だ。


「トーマなら、聖騎士様についても何か知っているのかもしれないが……」


 聖騎士の試練の部屋を出る時、藤真は何かを言い掛けたがしかし思い止まって口を噤んでいた。藤真と出くわしてからこちら、彼が口を噤むのはしょっちゅうである。だがあの時だけは他とは違い、知っているのに黙秘しているのではなく、本当に確信が無いように見えたのが印象的だった。

 しかしノルイのその呟きに、ドグナムがハンと鼻で笑った。


「トーマ、なァ……おい、どうせならこの試練、挑戦してみねェか?」


「え? でも、トーマはここで待っててって」


「悔しくねェのかよ。ここまで殆ど、アイツにおんぶに抱っこじゃねェか」


 藤真の正体に疑惑を持っているノルイには、ドグナムの不満が理解は出来ても共感は出来ない。もしもその疑惑が正しいのならば、自分たちが彼に頼り切りになるのは実力的にも経験的にも当然だと思うからだ。むしろそう考えると、藤真は相当親切に対応してくれていたのではないかとすら思える。

 しかしそれ以外の者達は違う。今まで金属板に張り付いていたターシャも含め、思う所はあったようだ。


「それは……でも……」


「さっきの試練は俺達でも……実際はリズだけだがよ、クリア出来たじゃねェか。もしも失敗しても、罰ゲームは命を取るようなものは無ェみてーだしよ。アイツがゲームに手こずってる間にここの試練もクリアして、先に進んでみようじゃねーか。アイツはしきりに、この奥に用があるっつってた。なら俺達が先にソレを見て、アイツの正体暴いてやろうじゃねーか」


 それはそれで、魅力的な提案に思えた。


「そう……だな。挑戦してみるのも悪い事では無い」


 真っ先にドグナムに賛同したのはノルイだった。しかし彼が考えは試練をクリアした先では無く、その瞬間にあった。

 もしもこれまでの試練の部屋――聖騎士の試練の部屋は除く――と同じならば、試練をクリアないし失敗した際、本人の音声によるアナウンスが流れるのではないか、と思い付いたのだ。この部屋でもアナウンスが流れたとして、それが藤真の声と同じならば、ノルイの疑惑を裏付ける証拠になる。

 他の面々も否やは無かった。それはこれまでの試練の傾向から、命の危険に晒される可能性は限りなく低いだろうと思えたからだ……ただし、罰ゲームを受けることになればメンタルが死にかねないが。


「この部屋の試練は合言葉、か。シンプルで、だからこそ難しいねぇ。ヒントは『ジュゲム』のフルネーム……『ジュゲム』って誰か、知っている人いるかい?」


 ジルベルトが一同を見回すが、全員が首を横に振った。エリザベスもまた、蟀谷を揉みながら考え込む。


「最初、冒険者の初心を思い出せってあるわよね。もしかして『ジュゲム』って、大賢者様の初心者講習の講師だったとか……いえ、違うわね。大賢者様の時代は初心者講習なんて無かったはずだもの」


 1つの可能性を提示しつつも自分でそれを打ち消すエリザベス。


(もしも、トーマが大賢者様だとしたら……)


 ノルイは1人、その可能性を念頭に置いて考える。


(嘘はあまり吐かない人間だ。しかし黙秘は多く、周囲を煙に巻く……そんな人ならば、どんな試練を考える?)


 そしてその時、1つの考えが降ってきた。


「もしかして……」


「ノルイ、何か解ったの?」


 エリザベスに聞かれ、確証は無いが、と前置きしつつ浮かんだ考えを明かす。


「ここまでの試練は何だかんだで、もしもトーマがいなかったとしても決してクリア出来ないようなものは無かった」


 よくよく考えればそうだ、とそれは全員が納得する。

 藤真がいたからこそ竜妃の試練以外を効率よく進めたのは間違い無い。しかし彼がいなかったとしても、決して『探究者シーカー』達のみではクリア出来なかった、というようなものは無かった。


 1つ目、錬金王の試練。あれは例え答えが解らずとも、1つずつ順番に確かめていればいずれは当たりの鍵を引いていた。


 2つ目、聖騎士の試練。あれはドグナムが真っ先に行ったから苦労したが、何度か繰り返して扉の仕掛けを見破ることが出来ればクリアはそう難しくない。


 3つ目、獣王の試練。あれは試練のルールがスタート時点で説明されたため、それを守りさえすればクリア出来た。そしてそれは、決して実現不可能なルールでは無かった。


 4つ目、賢人の試練。あれはまず指定の本を見付けるのが大変だが、それは決して不可能では無い。そして本の中に入るのは一瞬で、そこで行わされる試練も命の危険は無いらしい。


 5つ目、勇者の試練。あれは果てしない羞恥心との戦いだったが、迫り出して来る壁の速度はそれほど速いものでも無く、覚悟さえ決めれば実行は簡単だった。


 6つ目、大魔導の試練。あれは巨大だったし制限時間もあったが、やること自体は普通にパズルを解く事だった。


 7つ目、竜王の試練。ゴーレムは手強そうだったが、藤真の後ろから見た限りでは決して倒せない相手では無さそうだった。


 8つ目、聖女の試練。試練の後で聞いた話では目的の鍵は目印が付いていたらしいし、何度もチャレンジして練習を積めば、決してクリア不可能では無かっただろう。


 そして9つ目、竜妃の試練。これはいわずもがな。今回クリアしたのは藤真では無くエリザベスだし、あれだけ色々なゲームがあれば誰がチャレンジしても1つぐらいは得意なゲームがあるだろう。もし無くとも、丁半やジャンケンのように完全に運任せなゲームだってあった。


 ここまでの試練を順番に思い返してみれば、内容や失敗時の罰ゲームでトラウマがガンガン製造されそうではあるものの、命を奪うようなものやどうあがいてもクリア不可能なものは無い。


「恐らくこの一連の試練は、挑戦者を殺したり拒んだりするためのものでは無い。むしろ……遊び心とでも言えばいいのか? そういったものが溢れているような印象を受ける」


 本人に知る術は無いが、ノルイのこの勘は極めて正しい。


「ならばこの大賢者様の試練も、決して誰にも解けないようなものでは無いはずだ。ならば合言葉を設定するにしても、考えれば誰でも解るようなものにするのではないか? 『ジュゲム』という、誰が知っていて誰が知らないか解らないような人物の名前では、その条件に合致しない」


「でも、錬金王様の例もあるよ? 答えが解らなくても何回もチャレンジして正解を見付けろってことじゃないの?」


「いや、錬金王様の試練とは前提がまるで違うな。あれは10個の内の1つが正解だった……が、ここの合言葉は文字数すら解らない」


「まぁ……そんなものを地道に探そうと思ったら、日が暮れるを通り越して干からびるだろうねぇ」


 少し想像したのか、ジルベルトは乾いた笑みを浮かべた。1度は反論したターシャも、同じ想像をしたのか黙り込む。


「それで、ノルイ。あなたの考えは?」


 エリザベスに促され、ノルイは続けた。


「そもそもそのプレートをよく読んでみると、正しい合言葉を打ち込めば試練クリアだなどという事はどこにも書かれていない」


「え? でも『この扉は正しい合言葉によって開く』って……」


「それだけだろう? それが試練だとも、そうすれば試練クリアだとも書いていない。いや、そもそも扉の先に正しい通路があるとすら、一言も書いていない」


 全員が息を飲んだ。それは詭弁のように感じるがしかし、確かにその通りだからだ。

 正しい合言葉を打ち込めば、扉は開くのかもしれない。しかしその扉の先にある答えが試練クリアとは限らない。


「……もしも、そうだとしたら」


 エリザベスは慎重に言葉を選ぶ。


「そうだとしたらこの大賢者様の試練、最後の10番目にあるということ自体が罠なのかもしれないわね……私達はここまで、9つの試練を通り抜けて来たわ。その全てが形は違えど、入り口と出口の2つの扉が設置され、出口の横の壁にプレートが嵌め込まれているという基本構造をしていた」


「だから、この部屋に来た挑戦者はここもそうだと思い込む……か。もしもそうだとしたら、えげつないねぇ」


 そこでドグナムが唸るように首を傾げた。


「けどよォ……だったらこの試練はどうやってクリアすンだ?」


「ドグナム、お前だったらどうする?」


「は?」


 唐突に問われ、ドグナムはノルイを見下ろした。


「もしもお前なら、こうした得体の知れない部屋に入り込んだ時にどうするかと聞いたのだ」


「そりゃあ、どこに何があるのか室内をくまなく調べて……あ」


 そこでエリザベスも得心がいったように手を叩いた。


「成る程ね。冒険者の初心を思い出せって、そういうこと」


 冒険者ならば、未知の迷宮や遺跡に入ることも多々ある。そしてその際には、何があるのか解らない部屋を見付けて入る事も少なくない。そういう時はまず何があるのか調べる。それで何かを見付けても、罠の可能性を考慮して迂闊に触れたりはしないが。


「やれやれ。このノルイの推測が的中していたとしたら、大賢者様はもしかすると言葉遊びがお好きな方だったんじゃないかと思えるね」


 その一言を最後に話し合いは切り上げ、5人で手分けして室内を調べる事にした。元々そう広くは無い部屋だ、5人で手分けをすればそう時間も掛からない。


 そしてソレを見付けたのはジルベルトだった。


「これは……ちょっと来てくれないか!?」


 あるものを見付け、そこに全員を呼び寄せる。


 ソレがあったのは、部屋の四隅の内の1つ。入り口に当たる扉から1番近い所だった。その壁と壁が接する直角の床に、1cm四方の小さな色違いがあった。それは本当に些細な違いだ。共に茶色で、しかし濃淡が僅かに違うという程度。注意深く観察していなければ気付かなかっただろう。

 しかし彼らそれに気が付いた。そしてその部分には小さく、かつ薄い字でこう書かれていた。


《ここを押せば試練クリア》


 けれど彼らは、それをすぐに押しはしなかった。


「どうする? もしかしたらトラップかも……」


 紛らわしいプレートに騙されかけたからか、猜疑心に駆られたのだ。しかしそれを否定したのは誰あろう、今回の功労者といえるノルイだった。


「いや、押そう」


 ノルイには自信があった。


「これがトラップ、嘘だという可能性は限りなく低いと思う。何故なら、ここで嘘を書けばプレートの信憑性も落ちる。あれは、例え紛らわしくとも嘘は1つも書かれていないからこそ謎かけとして作用するんだ」


 MVPであるノルイがそう言うのだ、皆に否やは無かった。


「そうね……もし失敗しても、罰ゲームでしょうし」


 その点もまた、最終的な判断に一役買っていた。信用しすぎても良くないが、思い返してみればこの試練の間はノルイの言う通り、遊び心に満ちている。まさか命を取るような事はないだろう、と信じてみたのだ。

 とはいえ、その罰ゲームも決して進んで受けたいようなものでは無いが。


 彼らを代表してMVP・ノルイがソレを押すと、ガコンという音と共にその場所が下へと落ちる。そしてそこからゆっくりと、徐々に穴は広がって行った。とはいえそれは本当にゆっくりとしたスピードで、落ち着いて移動すれば決して巻き込まれるような事は無い。

 1~2分程が経つ頃には穴の下の様子が解るようになっていた。それは下へと続く長い階段だった。そしてその穴の広がりが収まった頃、これまでにも何度も聞いたファンファーレが鳴り響く。そしてそれと同時に、アナウンスも流れた。


<絡繰の屋敷へようこそ>


 そのセリフは1番最初、テンザン大迷宮へと繋がっていた扉に書かれたウェルカムメッセージと同じものだった。

 彼らは与り知らぬことだが実はこのアナウンス、試練の間がここに設置されてから新たに流れるように設定されるようになった。それまでは他と同じく、試練をクリアした挑戦者を讃えるアナウンスだったのだが。


「ねぇ、この声って……」


「よく、似てるねぇ」


「………………」


 当てが外れた、とノルイは内心で思う。流れたアナウンスの声は確かに藤真とよく似ていたがしかし、はっきりと同一人物のものだと特定出来るものでは無かったのだ。逆に全く違う声だったならば、やはり疑惑は疑惑でしか無かったのかと考えられるのだが、そう考えるには2つの声は似すぎていた。


 何故このような事態になったかといえば、問題は藤真の変声期にある。

 藤真はこの音声を録った17才(肉体年齢のみだが)の頃には変声期は完全に終えていたが、今現在の14才の肉体はまだ声が安定していない。結果、よく似ているが絶対にそうとは断定できない、かといって別人のものとも言いきれないという微妙な差が生まれてしまったのだ。


 その事実を踏まえれば、アナウンスの声を聞いただけで藤真の声と似ているとすぐに思い至りなおかつ動揺もしているエリザベスとジルベルトは、深層心理ではノルイと同じ疑惑を持っているのかもしれない。

 しかし一方で、ターシャとドグナムは全く意に介していなかった。声が似ていることは気付いたかもしれないが、それを気にしている様子は無い。特にターシャなど、この試練をクリアしてやろうと言い出したドグナムですら軽く引くほどに感極まっている。


「! あぁ、あぁ、もしかして本当に……! やっぱり私は……!」


「お、おい、ターシャ?」


 もう涙すら浮かべそうなほどに全身を震わせるターシャの肩を、ドグナムが抑えた。しかしターシャの興奮はそれぐらいでは治まらないようで、歓喜の表情のまま振り返った。


「行きましょ! 早く行きましょうよ!」


 一同はターシャの凄まじい勢いには若干引くものの、しかしこの先に進もうという意見そのものに反対する気は無い。全員で顔を見合わせて頷き合うと、1人ずつ順番に階段を降りて行った。



 階段は非常に長かった。正確な数は誰も数えていないが、おそらく100段以上はあっただろう。

 試練の間、そしてその先の絡繰の屋敷が亜空間に存在しているということを彼らは知らない。なのでただでさえ深いテンザン大迷宮の最奥、そこから更に降っているという事実に不思議な感慨を覚えていた。

 そして漸く全ての階段を消化し、1番下へと降り立つ。そこに広がっていたのは、まるで闘技場のようなだだっ広い空間だった。エリザベスは一瞬、あの親友を含む仲間を喪ったトラップによって落ちたドームを思い出し、身を震わせる。


 しかしそこはドームでは無く、簡素ではあったが確かに闘技場だった。そしてその先に目を凝らせば、彼らが降りて来た階段の丁度正面に当たる反対側の壁に、また扉。しかしその扉は今までに何度も潜って来たような無機質なものでは無く、大きなドアノッカーが取り付けられている。

 明らかに、あの先にはこれまでとは違う何かがある。全員がそう確信した。


「!」


 そしてそれに向かって真っ先に駆け出したのはターシャだった。他の者達はそんな彼女を見守りつつ、各々で興奮を治めようと深呼吸をした……が。


「!? ダメ、ターシャ危ない!」


 気付いたのは、偶々頭上に視線を上げたエリザベスだった。彼女は咄嗟の判断でそのままターシャを追い掛けると、彼女を抱き込んで強引に右へと転がった。直後、つい先ほどまでのターシャの進行方向に『何か』が降って来て、エリザベスはゾッとする。あのままだったらあれはターシャに直撃していた。


「あーあ、避けられちゃった」


 振って来た『何か』は人だった。少なくとも、『探究者シーカー』達にはそう見えた。

 その『何か』、いや誰かは10才程度の水色の髪を持った女の子で、少し膨れた様子でぼやく姿は酷く愛らしい……彼女の足元、ついさっき本当ならターシャに向けて頭上から放ったと思われる踵落としが、直撃した闘技場の地面を一部陥没させたのを見ていなければ。


「避けられるよ! 遅いんだもん!」


 頭上から少女とは別のあどけない声が聞こえ、既に気付いていたエリザベス以外の全員が驚いてそちらを見る。

 そこにいたのは少女と同じ年頃、同じ色の髪、同じ容姿を持った、こちらは少年と思われる子供だった。その子は何故か天井に設置された取っ手に片手で捕まりながら、両足をブラブラと揺らしている。


 エリザベスがこの子供たちに気付いたのは偶然だった。彼女が深呼吸をする時に偶々視線を天井に向けた、ただそれだけ。

 彼女も初めは見間違いかと思った。何しろ、こんな所に子供がいるなんて可笑しい。しかし天井から自分達を見下ろす2人の目を見て、咄嗟に動いた。あれは明らかに、自分達を獲物としか認識していない捕食者の目だった。

 そして彼女のその直感は正しい。この2人は、彼らのことなどイキの良い獲物程度にしか思っていなかった。


 とはいえ、この辺りは2人にも言い分がある。彼らとて、何でもかんでも無条件に獲物認定するわけでは無い。

 2人にしてみれば、ここにやって来る生物は人間だろうとそうで無かろうと『お客様』以外は侵入者……排除すべき敵でしかない。そして敵とは須く糧とすべきものなのだ。即ち獲物。


 そして『探究者シーカー』は彼らにとって、決して『お客様』では無かった。


「ね、やっぱり違うね。お客様じゃ無い」


「違うね。あたし達だってここまで近付けば解るもん!」


「この人達は証を持ってないもんね!」


「じゃあやっぱり侵入者だね! どうする?」


「ライム様はやり過ぎちゃダメって言ってたけど」


「やり過ぎなければいいよね!」


 そして2人の中で結論が出た。


「限界まで奪っちゃおう!」


「限界まで食べちゃおう!」


「「そしたら残り滓はライム様に渡しちゃおう!!」」


 無邪気にしか見えない様子で、しかし2人は笑い合いながらそう決めた。

 当事者の片割れである『探究者シーカー』達の意見も事情も一切考慮されない、極めて一方的な宣告だった。

 Q,彼らの1番のミスとは? 

 A,藤真を待つべきだった。

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