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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第2章 テンザン大迷宮にて
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第35話 試練の間 ③


 結論から言おう。俺達はルルの試練をクリアするまでに3回の罰ゲームを受ける羽目になった。


「うっうっ、もう嫌……もう出たい……何なのここ……」


 漸く辿り着いたゴールでトロッコから降りながら、ターシャはえぐえぐと泣いていた。


 ルルの試練はトロッコでゴールまで向かい、その間挑戦者は息をしてはならない、ということ。しかし最初のアナウンスで『パニックコースター』と言っていただけあり、トロッコにただ乗っていればいいわけでは無い。その道中は何が何でも呼吸をさせてやろうという鋼鉄の意思に溢れた仕掛けだらけなのだ。

 例えば、走行中にいきなり壁の中からモンスター(滅茶苦茶リアルな模型)が出て来る、糸に吊り下げられて蒟蒻が背後に落ちてきて首筋を撫でる、突然道が陥没して穴に落ちる(レールはしっかり続いているので予定調和である)、突如として現れた巨大モップがくすぐってくるetc.etc.……。

 やってること自体は、お化け屋敷とジェットコースターが組み合わされたような物だ。なのでただ乗るだけなら楽しいのだが、その間息を止めていなければならないというルールと、それを破れば罰ゲームというスリルがある。しかも失格になればまた最初から始めなければならない。


 今現在ターシャが泣いているのは、最後……3回目の罰ゲームが原因だろう。この時俺たちに課せられたのは通称、Gの刑。Gって何かって? 頭文字Gで始まる黒いアイツの事だよ。落ちたドームの中は、上下左右どこを見ても蠢き合うGで埋め尽くされていた。

 しかもそいつらは落ちて来た俺達を見付けるなり、一斉に飛びかかって来たのだ。はっきり言って、俺にとってもトラウマレベルな罰ゲームだった……その昔、あのGの刑を考えたのも俺だったのだけれど。ちなみにダイゴの試練の時に落ちた悪臭の刑はルルの案だった。

 例えリヴァイアサンを討伐する『探究者シーカー』でも、魔王を2度に渡って倒した俺でも、たかだか体長数cmの黒き天使(笑)の大群へ対する恐怖は消せないのである。


 そしてトラウマを植え付けられたのはGだけでは無い。泣いているターシャや青い顔をしているリズはそうかもしれないが、男性陣はまた別のトラウマを抱える羽目になっている。


「うぇっぷ……まだ気色悪ィ……」


「は、はは……色んな世界があるんだねぇ、うん……」


「……………」


 ドグナムは吐き気を堪え、ジルベルトは現実逃避し、ノルイは悟りを開いたような顔をしていた。


 この試練での3回目の罰ゲームはGの刑だった。ならば1回目と2回目の罰ゲームはどうだったのか。実はどちらも同じ罰ゲームだった。罰ゲームはランダムで決まるため、同じ罰ゲームが続くという事態もあるのだ。

 そしてその罰ゲームとは通称、薔薇の刑。考案者は我が姉、鈴代愛莉……あんな罰ゲームを考える女を聖女だなんて、俺は絶対に呼びたくない。


 薔薇の刑とはどんな刑だったかというと……まぁ、なんだ……ガチムチのおっさん集団(魔法で作り出した幻)が声を揃えて『やらないか?』と迫ってくるという、Gの刑とは別の意味でトラウマ必至な罰ゲームだよ。しかも被罰ゲーム者がその誘いを拒否すると、ガチムチのオッサン(幻)同士がペアを組んだりグループになったりしておっぱじめるという恐ろしい代物だ。何であんなものを考えた。


「何なのかしらね、ここは……ここに入ってから、命の危険を感じたことは無いんだけれど……心が殺されそうな気がするわ……」


 リズの予想は激しく正しい。


 繰り返すが、この試練の間は元々仲間内でのお遊びとして作ったものだ。畢竟、挑戦者も仲間の誰かという事になる。ならば相手の命を奪うような試練や罰ゲームを考えるはずが無い。

 しかしだからといって簡単にクリア出来ても面白くない。なので肉体では無くメンタルを折ってギブアップさせよう、という方向性になったのだ。

 この試練の間と繋がっているのがテンザン大迷宮の最奥でさえなければ、おそらく『探究者シーカー』達の中からもとっくに諦めようという声が上がっていたはずだ。


 全員が降りるとトロッコはゴロゴロという音を立てながらひとりでにスタートへと戻って行き、俺達はその様子を最後まで見ること無くゴール地点に取り付けられた扉へと向かう。その扉の横の壁にはこれまでと同じく金属板が嵌め込まれている。


《ハァ~イ、到着! お疲れ様♡ ウルクスト・ソクエ》


 その金属板を見、文章を理解した瞬間、ドグナムが大きく拳を振りかぶった……が、結局はそれを金属板に叩きつけることは無く、大きく荒い息を吐きながらブツブツと自分に何かを言い聞かせている。


「落ち着け……落ち着け……もう無様な姿は晒せねェ……こんなのでも英雄、こんなのでも勇者様御一行の一員……世界の救世主、救世主……」


 お前、必死だな。しかし気持ちは解る。『♡』は特にムカつくよね。

 そしてそんなドグナムの心情は全員が理解していたようで、俺を除く皆でスクラムを組んで呼吸を落ち着けていた。

 彼らが落ち着くのを待ってから、俺は声を掛けた。


「もういいか? 次に行くぞ」


 その号令に皆は従ったが、目が少し死んでいた。



====================



 ルルの試練を超えて次の試練の部屋へと行ってみると、そこもまたこれまでの試練の部屋とは一線を画した空間だった。


「凄い、すっごい!! 何これ、凄い!!」


 さっきまで死んだ魚のような目をしていたリズが、まるで別人のように瞳を輝かせていた。反応が特に顕著なのはリズだが、気力を取り戻しているのは彼女だけでは無く全員だ。

 無理も無いだろう。新たなる試練の部屋に広がっているのは、見渡す限りの本棚、本棚、本棚、本棚。その全てが天井に届きそうなぐらい巨大なサイズで、ぎっしりと本が詰め込まれている。まるで図書館のような部屋なのだ。

 冒険者とはいえ、あくまでも戦闘では無く研究がメインらしい『探究者シーカー』達が興味を示さない筈が無いだろう。しかもこれまでの流れからして、この図書室を作ったのもまたかつての勇者一行の誰かという可能性が高いと彼らも考えているだろうから。


「……そんなに気になるなら、俺の目的が達成された後にまた来ればいいよ」


 壊れたレコードのように『凄い』という単語ばかりを繰り返すリズにそう告げると、彼女はバッとこちらを見た。もの凄い勢いだ。どうやら今はこれでも、勝手な行動は取るまいと自重していたらしい。


「本当!? ……あ、でもトーマ、この試練? を全部クリアする気なんでしょ? だったらここまで戻って来るのも大変なんじゃ……」


「そうでもない。実はこの試練の間って、入り口に戻る分には何も障害が無いんだ」


 ギブアップはいつでもどこでもだれでも可能なシステムになっております。


「だから来たければ来ればいいし、多分、ここにある本を読んでも持ち出しても問題は無いと思うよ」


 何しろここの蔵書の正式な持ち主はとっくに鬼籍に入っているからね。ならばこの本の今の持ち主は、この空間の所有者である俺ということになるだろう。記憶を奪うお詫びに本を何冊か渡すぐらい、どうってことない。


「けど今はまず先に進もう。え~っと……」


 言いながら、俺は本棚の間を縫うように歩く。まずは部屋を突っ切り、出口となる扉へ。そこには例によって例の如く、扉の横に金属板が嵌め込まれている。


「あれ? この金属板、署名しかされてない……?」


 不思議そうに首を捻るターシャだが、次の瞬間には驚愕に目を見開くことになる。何故なら、金属板の空白部分に新たな文章が浮かび上がってきたからだ。その全文はこうだ。


《『フィライト王国の栄光』を使え (レベル1)  パク・ウェイト》


 その内容に、内心で舌打ちをする。よりによって『フィライト王国の栄光』かよ……。

 けど仕方が無い、か。再び本棚の間を進む。えーっと、どこだったかな……あぁ、そうそう。


「あった。あれだ」


 出口から3列目、向かって左側に並ぶ4つの本棚の内、外から2番目。その上から数えて3段目に置かれた一冊の本。それを見付け、俺は梯子を登って手に取った。

 取った本の題名は『フィライト王国の栄光』。その昔、まだ健在だったフィライト王国を讃えるために発行された歴史書だった。うん、いつ見てもムカつく本だ。しかし今はこれを使わねばならない。


「皆、ちょっと離れて待っててくれ」


 梯子の上から、俺に付いて来ていた皆に声を掛けた。


「何? どういうこと?」


「この本には魔法が掛けられているんだ。これを開くと、その中に吸い込まれる」


 そんな魔法は聞いた事が無かったんだろう、息を飲む音が聞こえた。


「ちょっとした消失魔法ロストマジックの1つでね。そう時間は掛からないよ、本の中と現実世界は時間の流れが違うから。こっちではほんの1~2分の事だ。そしてこれに入った者が最後まで到達した時、この部屋を通過する鍵が手に入る」


 これがこのパクの試練の内容。ランダムに選ばれる本へと入り、扉を開ける鍵を手に入れる事。実を言うと、対象の本を見付ける事そのものも試練の内に入れても良いぐらい大変なんだけどね。だってこの山のような本の中から1冊を見付けるんだぞ? 予め位置を知らないと結構手間取る。

 けれどよりにもよって、今回はこの本とはなぁ……俺、嫌いなんだよなぁ、フィライト王国。それを讃える本を実体験しないといけないとか、どんな精神的拷問だよ。

 この試練で選ばれる本は毎回ランダムだから、仕方が無いのだけれど。

 勿論だが、ここの蔵書全てにその消失魔法ロストマジック……【本遊ゲーム・ブック】が掛けられているわけじゃ無い。流石にそこまで手は回らなかった。だからあくまでも、それが掛けられている本の中からランダムに、だ。

 

 そして実はこれはレベル1なので、試練としてはとりわけ簡単な部類だ。何しろ、ただ最後まで体験しきれば良いだけなんだから。この試練にはレベル5まで存在し、それが上がるごとに鍵を手に入れるための条件が難しくなる。

 例を挙げると、拷問器具全集の中に入って全ての拷問器具を体験して来い、とかね……本の中で死んでもそれは本物の死では無く、無事に現実世界に弾き飛ばされるけどさ。もしそうなれば罰ゲームだけど。


 ま、そういう事で。


「じゃ、ちょっと行ってくるよ」


 本を開くと、一瞬だけ眩い光が広がった。



====================



 本の中での出来事は割愛する。だって延々とフィライト王国の栄光を見せ付けられただけで、面白くも何とも無いんだもん。宣言通りに現実時間で1~2分程経って戻って来た時には、俺は酷く疲れていた。けれどこれは、嫌いなモノを見せられたせいだけでは無い。


 そもそも何故【本遊ゲーム・ブック】が焼失ロストしたかといえば、本の中に入った人の精神が疲弊しすぎるからなのだ。本の中でどれだけ……例え何百年過ごそうが、現実世界では1~2分。便利ではあるが、疲れないわけが無いだろう。ましてや場合によっては、疑似的な死を体験してしまう事もある。

 使い方を間違えなければ良い娯楽になるが、下手を打てば精神が壊れかねない。それが【本遊ゲーム・ブック】という魔法なのだ。絶対にそうなるというわけでは無いので禁忌魔法にまでは至らなかったようだが、魔法式がかなり複雑だったこともあって使い手は現れず、次第に消失ロストして行ったのだとか。

 閑話休題。


 とにかく今回は俺の精神的疲労のみで試練をクリアする事が出来、手に入れた鍵――カードキーだ――を扉に入っていた亀裂に差し込むと、ファンファーレが鳴った。


《おめでとう、試練クリアだ》


 割と落ち着いた、壮年の男の声。パクだ。

 しかしこの声に騙されちゃいけない。落ち着いているように感じるが、こいつ、筋金入りのマッドインテリだったんだからな。知識欲の為なら割と色んな事が出来ちゃうタイプだったんだ。


《知識は財産だ。経験もまた然り。さぁ、次へと進め》


 へーへー、進みますよ……と俺が軽く溜息を吐いている中、『探究者シーカー』達は涙ぐんでいた。


「こ、これだ……これこそ、イメージ通りの英雄の言葉……ッ!」


「やだもう、涙が出て来る……」


 あ、こいつら完全に騙されてるわ。



====================



 パクの試練は図らずも、疲れはするものの簡単なものであった。しかもやったのは俺だけで、『探究者シーカー』達は何もしていない。

 だから油断していたのだろう。ここが結構えげつない試練を仕掛けてくる空間だという事を。


「突然ですが、この試練は再びお前たちにもやってもらう事になります」


 次の部屋に辿り着いて真顔で告げると、一同に緊張が走る。うん、頑張れ。


「もう4つの試練をクリアしている。ここまでの傾向でも解るかもしれないけれど、ここの試練は決してクリア不可能な物は無い。命に危険が及ぶようなのも、ね」


「ただし心を殺しにかかって来るけどねぇ……」


 ジルベルトがポツリと溢した。うんうん、解ってくれて何よりだ。


「だからこの試練も、決して難しいことじゃない……物理的には。精神的にどうかは解らないけどね」


 新たな試練の部屋は、長かった。ルルの試練がコースター状、ダイゴ・クリス・パクがサイズは違えど正方形な部屋だったのに対し、今度の部屋は100m×20mほどの長方形だ。それが上下左右全て1,5m間隔で横に区切られている。向こう側の壁には出口となる扉があり、その横にはこれまで通りに金属板が嵌め込まれているが、その内容まではこの距離では解らない。


「見ての通り、この部屋は細長い。そしてこの部屋の出口を開けるには、この1,5m間隔で区切られた地面を全て踏まなければならない」


 地面を指差し、説明する。この部屋もルルのように事前の説明があれば楽なんだけど、そうじゃ無い所に愉悦を感じるんだよなぁ。


「そしてこの床を踏むと、左右の壁が迫り出してくる。しかもその迫り出してきた壁が接する前に次の床を踏んではゲームオーバーになる」


「それじゃあ、挑戦した人は潰されちゃうの?」


「いや」


 俺はふるふると首を横に振った。


「迫り出して来る壁は、その途中で人型の凹みが出来る。そこに上手く体を入れれば、潰される事は無い。万一潰されたとしても、圧死させられる事は無いよ。左右の壁が接触する時、その表面は粘土みたいに柔らかくなるから。ただしそうなるとこれも試練失敗ってことで、罰ゲームだ」


 もはや『探究者シーカー』達は、罰ゲームという単語を聞くだけで死んだような目になっている。


「しかも、だ。人型の凹みが出来るって言っただろ? その凹みの形は、何というかその……かなり恥ずかしい恰好ばかりでな? つまりここを通るのに命の危険は無いけど、強制的に恥ずかしいダンスをしなければならないってことだ」


 ある意味これも、精神的に殺しにかかってるよね。


「そしてここからがポイントなんだけどね……実はこの試練を突破するには、この部屋に来た全員がクリアする必要がある」


 ダイゴやパクの試練では、集団で挑んだ場合には誰か1人がクリアすれば全員がOKになった。しかしここはそうは行かないのだ。


「俺がここを突破して、その後でお前らを魔法で運ぶっていう手段が取れれば楽だったんだけど……ここさぁ、入り口の扉で1度に何人が入ったのか感知するんだよ。それで、その全員が試練をクリアして初めて出口のロックが外れるんだ」


 これって絶対、この部屋に来た全員に恥ずかしいダンスをさせたいっていう誰かさんの意思だよな。誰かさんって、それはもうこの部屋の考案者でしかあり得ないんだけど。

 ちなみに余談だけれど、その恥ずかしいダンスを踊るために迫り出して来る壁は土魔法によって形成されている。そして土魔法が得意などこかの誰かがノリノリで手を加えていた。


「理解してくれたか? それじゃあまずは俺から行くから……心の準備が出来た奴から、順番に来てくれ」


 そして俺たちは順番に恥ずかしいダンスを踊った。1人でやるならまだしも、誰かに見られるのなんて羞恥プレイ以外の何物でも無いダンスを。中身? 聞くな。

 それでも罰ゲームは嫌なのか、全員がキッチリと踊り切っていた。そして全てが終わった時、皆は何か大切な物を喪ったかのような表情になっていた。安心しろ、この記憶も後でしっかりと奪ってやる。


<おめでとう! イイ物見せてもらったぜ!>


 ファンファーレと共にアナウンスが流れ、皆の背中に哀愁が増した。流れるアナウンスの音声がやたらとイケボなのが余計に惨めさを引き立たせるのだろう。


「ちくしょう……ちくしょう……誰だよ、こんな試練を作りやがったのはよォ……」


 そこで皆は、ハッと金属板を見た。これまでの傾向からして、そこには署名が成されていると思ったのだろう。

 けれどドグナム、この試練を作ったのは殆ど俺だがそれは冤罪だ。恨むなら試練を作った俺では無くて、この試練を考えた者を恨め。そう、この署名の主を!


《ダンスは楽しんでもらえたかな? アルフィ・カルディス》


 それを見た瞬間、彼らの表情は絶望に染まった。


「嘘……そんなの嘘よ……」


「よりにもよって……勇者様が、こんな……」


「う、うぅ……嫁入り前の娘に何てことをさせるのよぉ……」


 そう、このひたすら恥ずかしい試練を考えたのは元祖英雄、勇者アルフィなのだ! ……俺の相棒兼義兄がすまん。

 それにしても改めて聞いてみると、アルの声ってやっぱり……アランとそっくりだったなぁ。そんな気はしてたけど、何しろ最後にアルの肉声を聞いたのなんて600年近く前のことだからさ。記憶違いの可能性も考えてはいたが、そんなことは無かったぜ。

 顔が似ると声も似るのか。まぁ、骨格自体が似てるんだろうな。


 その後、皆の嘆きが一段落するまで待ち、また次へと進む。ようやく折り返し地点だ。

 試練の間の話がまだ続きます。あと2話……というか、1話半ぐらいでしょうかね? 

 書いてる本人もやたら長引いていると感じるこの展開。読まれている方々からしたらどうなのでしょう。

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