第34話 試練の間 ②
<ピンポーン! 大正解! そんじゃあ次へとレッツラゴー!!>
正解のアナウンスにもの凄くイラッとした。
試練の間における第1の試練、ダイゴの試練は正解さえ解っていればごく簡単。俺は正しい鍵を扉の穴に嵌めることで難なく突破した。
開いた扉を潜ると、その先にはまた細長い一本道な通路がある。そこをぞろぞろと連れ立って歩く間、俺の後ろに続く『探究者』達は総じて首を捻っていた。
「トーマのあれ、正解だったみたいね……でも、どうして金が『英雄』なのかしら?」
そう、先ほどのダイゴの問いの正解は金。なので金の珠を使ったのである。ちなみにその鍵、純金製だ。思いっきり金塊だった。あれ自体がお宝の1つと言える。良い子の皆、決して略してはいけないぞ。お兄さんとの約束だ。
そして俺はそんな彼女たちに、ダイレクトに正解を教えることにした。
「設問が日本語で書かれていたって事そのものがヒントだったんじゃないかな? 日本では金の事を『エーユー』って言うんじゃないの?」
正確には日本ではじゃなく、あちらの世界全体では、だけれど。
要は『エーユー』というのは『英雄』では無く『Au』なんだ。つまりは元素記号。そりゃあっちの世界の元素記号なんぞ『コーラル』の人に解るはずねーべ。しかも『Au』ではなく『エーユー』と書くことで『英雄』と誤訳させようとしてくるえげつなさ。
何度も言うようだが、この試練の間は元々仲間内でのお遊びとして作った。そして『世界の運命』のメンバーは日本語を習得していた者が多かった。だからこそ、それを踏まえてあえてこんな誤訳させる気満々な試練を考えたんだろう。
だってこれって日本語は読めるけれどあちらの世界の常識を知らない人こそ、まず間違いなく引っ掛かるからね。そういう意味では『探究者』もまた然り、だ。
まぁ、流石に元高校受験生だった姉貴はあっさりと突破してたけど。ただ日本語を習得してるだけの異人では気付けなくても当然だが、日本人なら普通、『英雄』を『エーユー』なんて書いたりしないしね。仮に片仮名で書いたとしても、『エイユウ』だろう。それが『エーユー』なんて書かれていれば、そりゃ別のモノを連想するって。
そんな軽い一言に、一同は沈黙した。無理も無い。日本語が扱えるというだけならまだともかく、異世界の常識を知っているような口振りのセリフは不審を通り越して異常だ。それこそ、まるで本当に異世界から来ているかのよう……そう思われても可笑しくは無い。
思いっきり探るような視線を向けられているが、別にいい。どうせもうすぐ全部話すんだし、取り繕う必要も無い。記憶は後で奪うけど。
それにしてもはて、この5人の内何人が俺の正体に近付いてるのかねぇ。訝しがられるのは当然だけれど、だからって正解に辿り着けるとは限らない。
「っと、着いたな」
そうこうしている間に、次の試練の部屋へと続く扉に辿り着いた。一本道はそれほど長いものでは無く、精々1~2分だ。
扉のノブを掴み、押す。ギィという音を立てて扉が開かれた。
「うっわぁ、おっきな扉!」
2つ目の試練の部屋に入った瞬間、ターシャが思わずといった調子で言葉を溢した。口に出したのは彼女だけだが、驚いているのは他の者達も同じ。
何故ならその部屋にあったのは、とてつもなく巨大な扉だったからだ。先ほどの第1の試練と同じく、扉の先にあったのは殺風景な部屋と、正面の壁に取り付けられた扉。しかしその扉は1枚が幅5m、高さ20m以上はあるだろう観音扉。見上げるような巨大さだった。
「おや、この部屋にもプレートはあるようだね。ニッポン語じゃないけれど」
真っ先にそれを見付けたのはジルベルトだった。まぁ、金属板は巨大扉すぐ横に埋め込んであるのだから、見付けるのは当然だ。
そして彼の言う通り、この部屋の金属板に記してあるのは日本語では無い。というかネタバレすると、この試練の間では各部屋に1枚ずつ金属板を設置してある。しかし日本語で書かれているのはダイゴの『問題』と、ダイゴ・姉貴・俺の『署名』だけだ。
そしてこの部屋の試練を考えたのは、俺でも姉貴でも無い。なので金属板に記されているのは全てコーラル語であり、こう書かれているのだ。
《自乗の扉を開けろ クリス》
シンプル・イズ・ベスト。あいつの性格を如実に表した一文だった。そしてこれを読んだことで、これまで多少は押し込んでいた『探究者』達の探究心に火が付き直したらしい。
「クリスって、聖騎士のクリス様のことか!?」
ここで金属板に張り付いたのはドグナムだった。反面冷静さを残しているのはリズとジルベルトで、互いに意見を交わし合って考察している。リズが冷静なのはもしかしたら、今回この場に日本語が無いからかもしれない。
「ふむ……ということはやはりこの空間、勇者様一行が作ったのか?」
「可能性は上がったわね。クリスっていうのはさして珍しい名前じゃないけど……前の2つの扉に書かれていたニッポン語、それにさっきの扉にあった署名が本当に錬金王様のものだとしたら……」
そんな2人の隣の会話を、ターシャは少し俯き加減に聞いていた。心なしか握りこんだ拳が震えているような気がする。
それにしても、だ。
「ドグナム、随分と興奮しているようだけれど。ひょっとして聖騎士のファンなのか?」
相も変わらず俺を観察しているらしいノルイに問いかけると、彼はチラッとドグナムを見て溜息を吐いた。
「まぁ、な。自分はいつか第2の聖騎士様になるのだ、といつも口癖のように言っている」
第2の聖騎士になる……?
「…………」
俺はドグナムを見た。この時、俺はもの凄い真顔になっていたと思う。
けれどドグナムが聖騎士……クリスのような戦士になる? いやいやいや。
「無理でしょ」
思わずポツリと言葉を溢してしまい、次の瞬間にはしまったと後悔した。案の定、それを聞きつけたドグナムがこちらに食って掛かって来たからだ。
「オイ!」
ドグナムは鼻息も荒く憤然と詰め寄って来る。あぁ、面倒くさい事態になった。
「ガキ、テメェが強ェ事は認めてやるぜ! けどな、だからってテメェに俺の夢を笑われる謂れは無ェ!!」
「うん、ごめん。それはその通りだ。けど俺も笑ったつもりは無くてだな……ちょっとイメージがかけ離れているっていうか……」
「イメージだと? ハッ、バカにすンなよ! 俺はこれまで、聖騎士様を目標として己を鍛えてきた! 見ろ、この鍛えぬいた肉体を! 剃髪した頭を!」
「……それがそもそもの間違いなんだけどなぁ」
少なくとも俺が知る限り、クリスが剃髪したことなんて1度も無いよ。体だって鍛え上げてはいたけれどそんなにムキムキマッチョじゃ無いし……何だって現代に伝わる聖騎士クリスのイメージはそんなのなんだ。そういえばウサの街で見た劇でもクリス役の役者もそういう感じだった。
いくら1400年ぐらい前の人間とはいえさぁ……何でそんなにも面影も無いのか……。下手したらあいつが1番現代にまともに伝わってないんじゃないか?
「チッ! ならいいぜ、この試練は俺が突破してやるよ! もしこれが本当に聖騎士様が作った試練だってンなら、俺こそがそれを乗り越えてやる!」
舌打ちと共に、ズンズンと扉へと向かう。
あーあ。
「やりたいのなら止めはしないけど……1つ忠告だ。この第2の試練は全ての試練の中でもやる事は最も単純、その扉をただ開けるだけ。ただし地面を見てみろ」
一応忠告を聞く気はあるのか、ドグナムは歩きながらも視線を下に向ける。この部屋の地面は扉の前の辺りだけが色が違っていた。そこだけが少し黒っぽくなっている。
「1度その色違いのゾーンに立ったら、扉を開けるまで後戻りは出来ない。その瞬間に失格と見做されて罰ゲームが発動する」
「それはつまり、さっき悪臭の刑に処されたようにまた落とし穴に落とされるということかい?」
「そうなる。ただしどんな罰ゲームが科されるかは完全にランダムだから、俺にも予想は出来ない」
ジルベルトの乾いたような笑いが聞こえた。ドグナムはついさっき自分が意識を失った悪臭を思い出したのか顔色を悪くしていたけれど、だからと言って引き下がる気は無いらしく、そのまま扉へと向かう。そしてそのまま扉に手を当てると、力一杯押し開こうとし出した。
「ぐ、ぬ……ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」
しかし世は無常、扉が開く気配は一向に無い。ドグナムは顔を真っ赤に上気させ、玉のような汗を額から滴らせながらも頑張っているが、扉はピクリとも動かない。
「ねぇトーマ、あなたはこの試練もかつて突破したことがあるの?」
必死になっているドグナムの耳には入らないようにという心遣いなのだろう。リズがこっそりと耳打ちするように尋ねてきた。俺はそれに1つ頷くことで答える。
「じゃあ、参考までに教えて。ドグナムは腕力は結構ある方よ。しかも【腕力強化】のスキルも持っているから、それを使えば私達の中でも1番のパワーになる。それなのにあの扉はビクともしていない……あの扉、一体何㎏あるの?」
「さぁ?」
「さぁって……」
俺は1つ溜息を吐くと、こちらもドグナムには聞こえないように耳打ちをする。しかしその内容にはリズだけでは無く、ドグナムを除く全員が耳を澄ませていた。
「あの扉はさ、実は決まった重量が無いんだよ」
その言葉に、ノルイがハッと目を見開いた。
「そうか、自乗の扉……だからあの地面が……成る程な」
「え、何? どういうこと?」
ターシャはよく解っていないのか、少し狼狽えている。ノルイが俺をチラリと見てきたので、説明は引き継ぐことにした。
「あの地面の色違いゾーンに立ったら、後戻りは出来ないって言っただろ? あそこにはな、重量を感知する魔法が掛けられているんだ。そしてあの扉はあの金属板に書いてある通り、『自乗の扉』……さて、何を自乗するんだと思う?」
ここまで言えば察してくれたようで、全員が呻いた。
「まさかあの扉、あの色違いゾーンで感知した重量を自乗した重さになるっていうの?」
リズが途方にくれたような声音を出すのも仕方が無い。だってこの中で最も重いのは、間違いなくドグナムだからだ。彼は身の丈2m近い巨漢、しかも鍛え抜いていると自分で言うだけあり、筋骨隆々だ。
「そういう事。見た所ドグナムは……100㎏を超えてるかな?」
いやぁ、あの仕掛けを作るのは結構苦労したね。
肯定しつつ逆に問いかけると、皆も首肯した。
「ドグナム自身の体重と、あいつが装備している重鎧も足して……150㎏も超えてるかもねぇ。ハハッ、実はあいつが1番この試練を受けちゃいけなかったってわけか」
皆が遠い目になっている。まぁ、150㎏の自乗なら22500㎏……22,5tだ。ドグナムの腕力で開けるのは無理だろう。
「まぁ、何だ……これだけデカい扉が目の前に現れると、まずは力自慢が開けようとするだろ? それでダメなら何人かで力を合わせて、かな? でもそれは悪手なんだ」
さもありなん、と俺の説明にノルイが頷いた。
「力自慢というと、殆どが重量級の者だ。大勢で力を合わせようにも、人が集ればそれだけ重さも増すから意味が無い……となるとこの試練を突破するのに必要なのは、むしろ魔法使いか……」
「魔法使い? 何で?」
またもや疑問を口にしたのはターシャだった。まぁ、魔法使いは一部例外を除けば腕力に乏しい者ばかりだからね。しかしその疑問に、リズが答えた。
「さっきトーマは、あの色違いゾーンに立つと重量を感知する魔法が掛けられているって言ってたでしょ? つまり、あそこに立たなければいいのよ。【浮遊】か【飛翔】で浮かんだまま開けようとすれば、扉の重量は0のままってこと」
「あ」
「もしくは、ゾーン外から何かの魔法で押し開けるという手もあるわね」
そう、それが正解だ。ただし。
「まぁ、軽量かつ力の強い者が真正面から開けたって事例もあるけどね」
ただし俺の知る限り、それが出来たのは2人……いや、1人と1匹と言うべきか。それしかいない。
1人はこの試練を考えた張本人、クリス。確かにあいつは小柄な癖にバカ力だったけどさぁ……自力であの扉をこじ開けていて、その姿を見た俺は戦慄した。だっていくらあいつでも、最初にこれにチャレンジした時の扉の重量は3t近くになってたはずなのに……。
そして1匹というのは、かつて俺がテイムしていたスライムちゃん。あの子はずっと俺に付いて来ていたためにかなりレベルが上がっていた上、体重は5㎏そこそこしか無かったからね。それだと扉も精々25㎏程度にしかならないから、普通に開けてた。
「そ、そう……そんな人もいるのね。けどそれはそれとして……どうする? 彼」
未だに奮闘中なドグナムを見やり、リズは思案顔になった。
「あの扉がそういう仕掛けなら、正直、どれだけ頑張ってもドグナムが開けられるとは思えないわ。かといってあの様子じゃ、手伝うって言っても聞かないでしょうし……あぁいえ、そもそも手伝うのは悪手なのよね。どうしましょ……」
ほとほと困った、という様子でリズは蟀谷を揉んだ。俺はそんな彼女を慰めるように、ポンと肩に手を置く。
「この試練には時間制限は無いし、ドグナムには気が済むまでやらせよう。それで無理だって悟ってくれれば、後で俺が手伝うよ。俺は【飛翔】も使えるから重量を増やす心配は無い。今回は俺がドグナムを焚き付けちゃったようなもんだしね」
「手伝うって……あの扉、多分今でももう22t以上はあるはずよ? あなた、それ開けられるの?」
「あー、うん。俺も元々は非力でか弱い魔法使いだからさ、実を言うとちょっとキツイんだけど」
「非力? か弱い? 誰がだい?」
黙ってジルベルト。けど実際の所、確かに俺のステータスで最も低いのは力なんだ。なので彼の事は完全にスルーした。
「でも俺は一応、【制限解除】や【限界突破】のスキル持ちだから。それを使えば、充分イケルはずだよ」
【制限解除】も【限界突破】も、どちらも身体強化系のスキルである。ただしどちらも相当難しいスキルなため、使い手は少ない。
その効果だが、【制限解除】は普段生物が無意識の内に掛けている自分の制限を外すこと。つまりは意図的に火事場の馬鹿力を出せるようにするということだ。
【限界突破】はそれすら超えて、文字通りに限界を超えた力を出せるようになる。どれだけの力を出せるかは術者の錬度次第であり、数少ない使い手の殆どは素の2~3倍程だ。逆に最も力を跳ね上げたのは俺の知る限りでは凡そ10倍。ちなみにこれをやったのはクリスである……あいつマジ脳筋。
勿論、どちらもリスクはある。肉体への負荷が半端じゃないのだ。そしてその負荷は使用時間に比例する。酷い場合は体中の細胞がズタズタになって、寝たきり生活突入だ。
「【制限解除】に【限界突破】って……あなた、そんなスキルを持っていて、よく魔法使いを自称するわね」
呆れたようにリズは肩を竦めるが、彼女の気持ちは俺にも解る。
「自覚はしてるよ。どっちも習得のためには肉体を鍛える事が必須で、武闘家や戦士の類が励むようなスキルだもんな。しかもそれも、習得できないで終わる奴の方が圧倒的に多い。特に【限界突破】なんて、何人いることか……ましてや魔法使いでこれらを持ってるのなんて、俺以外にはいないかもね。そもそも、習得しようという考え自体が浮かばないだろうし」
でも俺はそのスキルを持っている。持たなければならなかったのだ。
何故ってそれは、『厄災』を討つと決めたから。だから俺はそれらのスキルを習得しなければならなかった。他ならぬ『厄災』がそれを習得していたため、タイマンをしようと思えばそうするしか無かった。
俺は元々、魔法関連はともかく身体能力では奴に劣っていたのだ。その上このスキルをあちらだけが使えるようでは、もう本当にどうにもならない。
だから俺は鬼教官の監修の元、このスキルを必死で習得した。けれどそんな魔法使いはイレギュラーだろう。自覚はしている。
そんな雑談をしていると、不意にドサッという音がした。音源を見ると、ドグナムが地に倒れ込んでいた。
「あ、もう限界か」
必死に頑張っていたみたいだけれど、あの憔悴しきった顔を見るともう無理だろう。なので手伝う事にした。
「発動、【制限解除】。そして【飛翔】」
あの扉を開けるほんの数分ぐらいなら、これを使っても大して反動は無いだろう。
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俺の予想は正しく、第2の試練を突破しても俺には大して反動は無かった。ちょっと腕が怠いかな、といった程度だ。
ちなみにあの色違いゾーン、扉が開いている間は重量の変動があっても扉の重量は変わらない。なので俺が扉を支えている間にジルベルトとノルイがドグナムを回収し、彼ら5人が扉を潜るのを確認してから俺も次へと進んだ。
扉の向こうにあったのは先ほどのダイゴの試練とクリスの試練の間にあったのと同じ細長い一本道の通路で、俺達はゾロゾロと連なってそこを進んだ。次の扉はまた1~2分歩いた頃に見えてきて、そこでリズがふと呟いた。
「この通路、さっきと長さは同じみたいね」
彼女が気付いた通り、各試練の部屋に間にある通路の長さは一律だ。大体100m程だろうか。
「ハッ……望む……所だ……」
未だに少し息切れしているドグナムは、ノルイから渡された水を飲みながら吐き捨てた。
その際、俺は思いっきり睨まれる羽目となった。手伝ったのが気に食わないらしい。仕掛けについては説明したから、仕方が無いことだったのは理解してくれているだろうけど、それとこれとは話が別なのだろう。本当、さっきの俺は余計なことを言っちゃったよなぁ。でもさ、ドグナムとクリスじゃどうしても=にならなくってさぁ。
「……ほら、気持ちを切り替えて! 行きましょ!」
そんな微妙な空気を感じ取ったのか、リズは殊更明るい調子でドグナムの背を押した。流石のフォロー力だ。
扉を開けるとその先にあるのは、これまでとは違った空間だった。これまでの2部屋はちょっとした仕掛けと扉があるだけのだだっ広い部屋だったが、今度の部屋はとてもこじんまりとしている。そしてそこにはまた別の物があった。
「これは……トロッコ?」
ジルベルトの言う通り、扉を潜った先にあったのは1つの木製のトロッコだ。その下には勿論、レールも敷かれている。そしてレールの伸びた先には長く暗い通路が有り、その向こうは見えない。
「悪いけど、この試練を乗り越えるのはここにいる全員だ。先の2つのように俺が全てを何とか出来るわけじゃ無い」
トロッコの前まで言ってそう告げると、皆の空気が引き締まった。俺はそれを確認してからトロッコに乗るために設置された台へと乗る。するとブゥンという小さな音が鳴り、次いで音声が再生された。
<えー、聞こえますかぁ? 聞こえるってことにしとくわよぉ?>
その声に、一同が固まる。うん、固まるのも無理は無い。
「えーっと……あの台にも重力感知の魔法が掛かってるのかな? 誰かが乗ると音声が再生されるようにって」
かなり声が引き攣ったジルベルトの推察は、極めて正しい。けれど違う、皆……ジルベルト本人も含めて、皆が言いたいのはそういうことじゃない。
<それじゃあ改めてぇ……ようこそワタシの試練、パニックコースターへ! ここはワタシ、ウルクストが説明してあげるわねぇ!>
その名乗りに、一同はますます固まった。そしてヒソヒソと話し合う。
「ねぇ、今ウルクストって言った? 言ったよね?」
「言ったわね。確かに言ったわ。それってあの獣王様かしらね?」
「いやウソだろ……だってこりゃどう聞いてもよォ……」
「うん、ドグナム、気持ちは解るよ……だってこれって完全に……」
「ダミ声、だな……」
そう。彼らが固まったのは、急に音声が再生されたからでも、その音声が英雄の1人である獣王のものだったからでも無い。
そして俺は、彼らの困惑を取り払う事にした。
「うん。世の中にはオネエって人種もいるんだよね」
俺のその一言で、彼らの中の英雄像が1つピシリと壊れる音がした。そしてそんな彼らの困惑など知ったこっちゃ無いと言わんばかりに、ルルのアナウンスは続く。あ、ルルってのはウルクストの愛称ね。『ウルクストなんて名前は可愛くない!』とか言って自分でルルと名乗ってたんだよ、あいつ。なのに現代ではそっちはまるで伝わってない(笑)。
<この試練はとっても簡単! そこのトロッコに乗ってゴールまで行ってもらうだけよ! た・だ・し! 1つだけルールがあるわ! このトロッコをスタートさせたら、ゴールまでの間は決まったポイントでしか呼吸しちゃいけないの! 吸っても吐いてもダメよォ! そんな事したら罰ゲームだからねッ!>
流れてくるアナウンスのノリは非常に軽いが、罰ゲームという単語に俺以外の全員が身を強張らせた。
<呼吸OKなポイントは、行けば解るわ! それじゃあ心の準備が出来たら、トロッコに乗ってね! 側面の赤いボタンを押せばスタートだから、頑張ってねぇ~!!>
そこまで一気に流れ、アナウンスはブツリと切れる。この場には痛い沈黙が残った。
うん……せめてルルの声がもう少し可愛かったら、皆もここまで固まらなかったんだろうけど。あいつ完全にオッサン声だもんなぁ。
でもあいつの心が乙女であったのは事実だ。決してファッションでは無く、ガチのオネエだったのだ。そりゃもう、姉貴のお腐れ趣味にもキャピキャピと付き合えるぐらいには完全な漢女だった。時にはリリアナやナナエスも交えて女子会と称してそんな談義をしていたらしい。らしいというのは、俺は直接は知らないからだ。その情報が耳に入った時は絶句したっけ……。
まぁ、それはそれとしてだ。俺はそういうのがルルならば友人としてそれも個性だと受け入れるが……彼らのように憧れの英雄がオネエであったことを唐突に突き付けられれば、固まりもする。ダイゴのアナウンスもかなり軽いというか、人を食ったようなその神経を逆撫でするようなものではあったが、このオネエの衝撃に比べればまだマシだろう。実際はダイゴの方がよっぽど変態だったけどな。
「まぁ……とにかく乗りなよ。解っただろ、この試練は全員が挑む必要があるんだ」
幾分か気まずい心持で促すと、皆はどこか緩慢な動作でノロノロとトロッコへと向かってきた。
「えーっと……そういえば、さっきの部屋では音声が無かったわ、ね」
この重すぎる空気を何とかしたいのか、どこかぎこちない様子でリズが口を開いた。必死で話題を見付けようとしている感じだ。
けれど実際に彼女の言う通り、ダイゴ・ルルと違ってクリスの音声は流れなかった。
「そりゃ、あれだろ。男なら余計なおしゃべりはせずに黙って先へ進めってことだろ」
リズの心情は理解しているのだろう、ドグナムもまたぎこちなさは残しつつも応えた。
でも、な。
「違うよ」
俺はそれを否定した。思った以上にキッパリとした口調になっていて、自分でも驚いた。
「何が違うんだ?」
ノルイに問われ、内心で舌打ちをする。あぁもう、余計なことを言ってしまった。しかし最初に口を開いたのは他ならぬ俺自身である。ならば当たり障りのない範囲で答えよう。
「……昔はあったんだよ、あの部屋にも音声アナウンスが。昔、俺が初めてここに来た時には間違いなくあった。いつの間にか無くなってしまっていたけれど」
「いつの間にか? いつだ?」
「知らない内に、だよ」
本当に、知らない内に無くなってしまっていたのだ。そもそもこの試練の間は、そうしょっちゅう来るような場所じゃないし。
俺がそれに気付いたのは、クリスが死んだ後だった。クリス自身は魔法適性が無かったからここの仕掛けを弄ることは出来ないため、リリアナに頼んでやらせたようだけど。
「昔はあった音声が今は無い、か……一体何故だろうな?」
「残念だねぇ。英雄の声を聞いてみたかったんだけど」
首を捻るノルイと、本心から残念がっているらしいジルベルトに、俺は苦笑した。
「さぁ、ね。俺は聖騎士サマじゃないから、その真意は解らないけど……でも、多分……」
「多分?」
「いや、何でも無い」
「また誤魔化すの?」
ターシャが不満そうに膨れた。しかし、それは違う。
「誤魔化すんじゃないよ。本当に知らないんだ。いくら予測しても、それは予測の域を出ないから言わないんだ」
けれど俺のこの予測は、多分間違っていないと思うんだ。
クリスがその晩年になってあの部屋に残していた音声を消したのはきっと、そうでもしなければうじうじと蹲ってしまう大馬鹿者がいたから、だろう。
さて、感傷はこれぐらいにしようかな。
「さ、もう大丈夫か? それじゃあ行こうか」
今やるべきは、ルルの試練を超えることだ。
勇者一行はイロモノ集団、間違い無い。




