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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第2章 テンザン大迷宮にて
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第33話 試練の間 ①


 大迷宮の最奥に設置された扉を潜ったからって、すぐに家に入れるわけでは無い。


「何これ……扉の先に、また扉?」


 扉……大迷宮と家を繋ぐ扉であるから俺たちは『繋ぎの扉』と呼んでいるそれを潜った先に広がっているのは、だだっ広く何も無い簡素な空間。そして俺たちが通って来た扉の真正面の壁には、また同じような扉がある。

 俺とノルイが最後に繋ぎの扉を潜った時、他の面々はその2つ目の扉に群がっていた。後ろ手で繋ぎの扉をしっかりと閉め、そんな彼らを少し観察する。

 そんな俺の試すような視線に気付いたのは隣にいたノルイだけのようで、他4名は好奇心に忠実な行動を取っていた。


「待って、こっちにもニッポン語が書かれているわ。こっちはそれだけみたいだけど……」


 繋ぎの扉には日本語とコーラル語でウェルカムメッセージを記してあったが、今度の扉には何も書いていない。代わりに、扉の中央辺りに直径5cmほどの小さな穴が開いていた。

 そして扉の横の壁に、日本語のみでこう彫られた金属板が嵌め込まれている。


《エーユーがカギとなる  村山大吾》


 金属板に彫られている文章はこうだ。そしてその金属板の下の壁が浅く掘られていて、その窪みには直径5cmほどの大きさの珠が10個、等間隔で鎮座していた。その珠は全て種類が違う。


「このニッポン語、えぇと……《エーユー》……英雄、かしら? 《カギ》は、鍵? つまり……英雄が鍵になるってこと?」


 張り付きそうなほどに金属板に近寄って日本語を解読しようとするリズの隣で、ジルベルトがその下の珠を検分していた。罠を警戒しているのか、手で触れることは無いようにしているらしい。


「この珠、どれも同じ大きさだねぇ。これだけでももの凄く価値が有りそうな代物だけど、今はそんなことを言っている場合じゃ無いかな? サイズは扉の穴ともピッタリ合いそうだ。リズの解読が正しいとして、それと状況を当て嵌めて考えてみると……多分、この中のどれかが『英雄』で、それが鍵となってあの扉を開ける事が出来るってことかな?」


 窪みの中の10個の珠。向かって左から順に、ダイヤモンド・ルビー・サファイア・エメラルド・アメジスト・琥珀・トパーズ・白金・金・銀。どれも完璧に練磨されていて、キラキラと光沢を放っている。頑張ったんだぞ、これを集めるの。練磨したのはダイゴだけど。

 そしてジルベルトの推察は正しい。しかし一点だけ間違いがあるのだけれど……さて、どうするのかな?


「そうかもしれない……けど、最後がよく解らないわね」


 ジルベルトに頷きつつ、リズは金属板にそっと手を伸ばして撫でた。


「《村山大吾》。多分署名だと思うんだけど、これはどう読むのかしら? 確か《村》は村で、《山》は山よね? 《大》は大きい……けど、《吾》。これは見たこと無いわ」


「カン字とやらは難しいよねぇ。同じ字のはずなのに読み方や意味が違っている事もあるし」


 『コーラル』における日本語の研究が何故遅々として進まないかと言えば、漢字の存在が大きいだろう。平仮名と片仮名についてはかつて俺が帰還するよりも前に解読されているのだが、如何せん漢字が上手く行かない。

 まぁなぁ……ジルベルトの言う通り、同じ字でも読み方や意味が違ったりするもんなぁ……。しかも辞典があるわけじゃ無いから、解明しようと思っても出来ないことって多々あるし。


「……それは《》って読むんだよ」


 うんうんと唸りながら首を捻りながら考える『探究者シーカー』達がちょっと可哀そうになって来て、助け舟を出すことにした。だっていくら考えたって答えが出るとも思えないし。

 興奮のあまり俺の存在を一時的に忘れていたのか、リズはかなり驚いた様子でこちらを振り向いた。しかし驚いているのは彼女だけでは無い。全員が驚愕の視線を俺を見ている。唯一ノルイの視線は驚愕と言うよりもむしろ、探るような視線だけれど。


「トーマ、君もニッポン語が読めるのかい?」


「まぁね。多分、お前らよりも読めると思うよ」


 もっと言うと、読めるだけじゃなくて書くことも出来る。会話もバッチリだ。だって母語だもの。


「何で読めるんだ、とか今は聞かないでよ。この理由も後でちゃんと説明するから……で、だ」


 ゆったりとした足取りで彼らの輪の中に入り、助言を続ける。


「さっきも言ったように、《吾》はゴと読む。他にはワレ、とかいう読み方もあった筈だけど、署名……というか人名にその読み方が使われる事はまず無いと思う」


「ゴ……」


「これが日本語なのは間違い無い。そして日本語、それも漢字で署名を行う存在はごく限られている。日本人でしかあり得ない。そして名前の最後がゴで終わる日本人は、後世に伝わる限りではただ1人」


 これだけ言えば流石に察したのか、皆は息を飲んだ。ここがかつての勇者一行しか踏破したことが無い筈のテンザン大迷宮の最奥に存在した扉から続いている場所だという事実もあるしね。


「そういえば《大》にはダイって読み方もあったわね。ってことは……」


「《大吾》でダイゴ? 錬金王様のこと?」


 出て来た答えに、どこか呆然とした様子の『探究者シーカー』達。予想は出来ても、どこか現実味が伴っていないのだろう。

 俺はそんな彼らを見て、フッと肩を竦めた。


「まぁ、これはあくまでも俺の言葉が正しければ、だ。その大前提をお前たちが信じるかどうかは、俺の知ったこっちゃない。それで、どうする?」


「え?」


「俺はこの先に進む。これは確定事項だ。でもその為にはこの扉を開けなければならない。俺がやる前に、お前らも謎解きをやってみるか? 《エーユーのカギ》とはどれかってね」


 10個の珠が置かれた窪みの横を軽く叩くと、ゴンゴンという音が出た。それに釣られて、視線が俺から珠に移る。


「……そう言うということはトーマ、ジルベルトの予想は正しいのか? この珠の内の1つが2つ目の扉を開ける鍵である、と」


 しかしノルイの視線は相も変わらず俺から大きく逸れない。もう完全に疑っているんだと思う。俺の正体に関して。


「そうだね。実際に俺は昔、これでこの扉を開けた事がある。あ、その扉を壊そうとするのはお勧めしないぞ」


 己の得物を撫でながら2つ目の扉を見やるドグナムに視線を向けつつ、忠告する。


「あれには【反射】と【増幅】がかなり念入りに付与エンチャントされてるからね。破壊しようとして攻撃しようものなら、それが跳ね返ってえらいことになる……昔、鍵を使って扉を開けた事があるって言っただろ? その時に一緒にここに来た仲間の内の1人が、かなりの脳筋でな。考えるよりも行動した方が早いとか何とか言ってハルバードを扉に叩きつけて、その衝撃が跳ね返った」


 その割には大した怪我はしていなかったから、あまり力を込めた攻撃はしていなかったんだろうけど……決してあいつが並外れて硬かっただけに過ぎないとか、そういうわけじゃない筈だ。

 ちなみにこの魔法付与を施したのは俺である。っていうか、そもそもこの試練の間の細工は大体が俺の魔法付与で成り立っている。


 『試練の間』。それがテンザン大迷宮の最奥に設置された『繋ぎの扉』から俺の自宅である『絡繰の屋敷』の狭間にある空間の通称だ。その名の通り、通り抜けるためには試練を乗り越えなければならない。

 これは元々は仲間内でお遊びで作ったアトラクションというか、アスレチックのようなものでしかなかった。しかしかつて繋ぎの扉をカルハル大迷宮からテンザン大迷宮へと引っ越しさせた際に、ついでとばかりにこれも挟み込んだのだ。


 何故か? セキュリティの一環である。


 カルハル大迷宮時代は繋ぎの扉を潜ったらそのまま絡繰の屋敷へと入れたのだが、それでは万が一襲撃された際に咄嗟の対応が出来ない可能性がある。

 なのでかつて作っていたこの試練の間を挟んでワンクッションを置いたのである。同時に繋ぎの扉を開けば反応するマジックアイテムを屋敷の方に作っておいたので、侵入者があった際は試練の間で時間を稼いでいる隙に迎撃態勢或いは逃亡準備を整える事も出来るってわけだ。


 まぁ、侵入者が全ての試練を突破できるとも限らないけど。


 この試練の間はかつて俺達10人がそれぞれ1つずつ試練を考えて作り上げた。

 そして俺はその仕掛けの殆どを実際に魔法で作ったため、仲間内でも唯一その全ての構造や回答を解っている。設置されたマジックアイテムにしたって、アイテムを作るのはダイゴでも魔法を付与エンチャントするのは俺だったしね。

 なので俺にとってこの試練の間はイージーなのだが、その他の人間にとっては……何と言うか、えげつない。

 

 さっきも言った通り、元々が仲間内でのお遊びとして作られた空間だ。だから決して挑戦者を積極的に殺そうとしてくるような試練は無いし、どうあがいても攻略不可能なわけでも無い。無いのだが……うん。


 例えば今俺たちがいるこの第1の試練の間。ここの試練はダイゴが考えたヤツなんだけど、はっきり言って正攻法で解ける人はまずいない。

 設問が日本語で書かれているから、では無い。そもそもこの試練の間は仲間内のお遊びとして作られた物であり、『世界の運命』のメンバーはその大半が日本語をある程度習得していた。そのため、設問を読み取ること自体は難しくない。

 ならば何故正攻法で解ける人がいないかって、それは出題者が誤訳させる気満々だからだ。もっと言うと、日本語が読めてもあちらの世界の常識を知らなければ問いは解けない。鬼か。


 実際、昔これを仲間内でやった時は正攻法で解いたのは姉貴だけだった。だからって設問が解けないからと物理で破壊しようとした脳筋は流石に1人だけだったけど。

 俺? 俺はさっきも言った通り、初めから答えを知ってたからカウントに入らない。でもそうでなければ解けなかっただろうなぁ……だってまだ習ってなかったし……。

 閑話休題。


 そしてこの試練を仲間内でのお遊びからセキュリティに格上げした場合、難易度は更に上昇する。日本語読める人って一般にはあまりいないから。

 今回は『探究者シーカー』達が偶々日本語を研究してたから読めたけど、そんな偶然はそうそうあるもんじゃない。


「で、それを踏まえた上でどうする? 俺がやっちゃっていい? それともチャレンジしてみる?」


 何故このような事を聞くかというと、かつて俺たちが作った玩具をちょっとばかり見せびらかしたいような気持もあるからだ。文化祭での出し物を発表するような気持ちに似ているかな?


「こんなの、チャレンジでも何でも無いわ」


 俺の挑戦的な言い方に対し、ターシャはフンと鼻を鳴らして珠の1つを手に取った。


「英雄が鍵になるんでしょ? だったら答えなんて決まりきってるわ。英雄といえば大賢者様、大賢者様といえば青! 水魔法の青よ」


 確かに俺……大賢者の魔力属性が水だというのは広く知られた話で、そのため青がイメージカラーになっている。

 ターシャにもそのイメージがあったのだろう、迷うことなく珠の内の1つを選び取った。


「この中で青いのはサファイアだけだもん。だったらこれよ!」


「! ま、待て、ターシャ! 挑戦するにしてももう少しじっくり考えて」


 ノルイの静止は間に合わなかった。ターシャは自信満々にサファイアの珠を扉へと嵌め込み、その瞬間。


<ブッブ―――!! ざぁんねぇんでしたぁ!!>


 何所からともなく、人を食ったような男の声が室内に響いた。不意打ちのようなそれに、俺を除く全員がビクリと身を震わせるが、そんなのは知ったこっちゃ無いと言わんばかりに声は続く。

 こちらへの考慮や配慮が無いのは当然だ。だってこれはただの録音声に過ぎないのだから。昔、ダイゴのセリフをいくつか録って、状況に合わせて流れるようにしておいたのだ。今回の場合は不正解用の音声。


<ハッハー、引っ掛かった引っ掛かった! 間違えた奴には罰ゲームだぜぇ!!>


 ……録音だと解っていてもイラッとした。その昔この声を録ったのも俺だけどイラッとした。

 本当なら録音とはいえ、遠い昔に死別した懐かしき旧友の声に感傷に浸るべき場面なのかもしれないが、どうにも苛立ちが先に来る。相手がダイゴだもんな、しょうがないね。


<つーわけで! バッハハーイ!!>


 音声が終了すると同時、ガコンという音と共に地面が真っ二つに割れた。丁度地下78階層のトラップを彷彿とさせるような仕掛けだ。あのトラップとの違いはといえば、床が無くなった後に天井が落ちて来るのではなく、重力魔法が発動して対象を強制的に落とし穴の中に引っ張り込むという点だ。

 ちなみにこの仕掛けも勿論、作・俺氏である。


「な!?」


「え、何で!?」


「ハァ……」


「またかい!?」


「あぁ、もしかしてこれ、本当に勇者様一行の……だとしたらkの先、ニッポン語の手掛かりが一杯あるかも……」


 突然の『落とし穴バツゲーム』に驚愕したドグナムとジルベルトの反応は、極めて一般的だろう。ターシャはサファイアが外れだということに納得できていないようだし、そんな彼女にノルイは深々と溜息を吐いた。

 こんな状況でも探究心が前面に出て来るリズに関しては、この際スルーだ。恐らくは俺が助けると解っているからこその態度なんだろうし。

 俺は各々で違った反応を示しながら落とし穴から落ちて行く彼らに対し、同じように穴を落下しながら【飛翔】を掛けた。ガコン、と上方で床が元通りになる音がした。


「何で!? 英雄って言えば大賢者様でしょ!?」


 ゆっくりと下へ降りている間も、ターシャは心底納得いかないといった様子で憤慨している。しかしそんな彼女に、他のメンバーは揃って異議を唱えた。


「ターシャ、勇者様御一行がテンザン大迷宮を踏破したのは『厄災』の魔王が現れるよりも前だという話だよ? もしもこの仕掛けがその時に施されたとしたら、『英雄』は大賢者様よりもむしろ勇者様なんじゃないかい?」


「え?」


「しかも勇者様一行のテンザン大迷宮踏破は『厄災』の侵略よりも前というだけで、『支配』の侵略よりも前か後かは不明だ。もしもそれ以前だったとしたら、『英雄』というのは勇者様一行よりも前の時代の存在を指しているのかもしれない」


「………………」


「というか、もしも勇者様御一行の事だとしても、彼らは全員が『英雄』と言っていいわ。どっちにしても、『英雄』=大賢者様っていうのは今を生きる私達の常識でしか無い……トーマ、あなたはどうなの? あなたは過去の時代を生きていたんでしょ?」


 ジルベルト、ノルイ、リズに順に論破され、ターシャは膨れながらも押し黙った。そして最後に付け加えられたリズの疑問に、俺は少しだけ考える。


「……俺が生きた時代でも、その殆どが『英雄』といえば大賢者の事だったね」


「そうなの。それじ」


「ただ」


 リズの言葉を遮り、続ける。


「あの扉、俺は開けた事があるって言っただろ? そんな俺からヒントだ。『英雄』を特定しようとする限り、あの試練を乗り越える事は出来ないよ」


「試練、だと?」


 訝しげなドグナムにチラリと視線を向ける。


「そう。俺はここから暫くを試練の間って呼んでいる」


「暫く? 他にもあるの?」


「あぁ」


 そりゃあるとも。


「ここから先、同じような試練が10回続く。内容は全部違うけどね。そうしてそれを全てクリアした時、俺は目的を果たせるんだ……言っとくけど、この試練は易しい方だよ」


 10回、とリズが呟いた。ジルベルトとノルイも思案顔になる。


「勇者様一行も確か、10人だったわよね……ということはもしかして、1人1つ試練を作ったとか? そうまでしてこの先に一体何を……」


 うん、そうまでしたのはただのお遊びなんだ。深い意味は無い。全然無い。真剣に考え込んでるのにごめん。

 それにしても、もう彼女たちの中ではこの空間を作ったのは勇者一行ということでほぼ固定されているらしい。まぁ、他にこんな事をしそうな人たちもいないし、仕方が無い。


「……っと、着いたみたいだな」


 落とし穴に落ちてから、【飛翔】を用いてゆっくりと降りていた。その底が見えてきたのだ。そこにあったのはこれもまた地下192階層にあるのとよく似た、球体状のドーム。

 俺はその空間に着いても誰も地面に降ろすこと無く、そのまま方向を変えた。


「ほら、あそこ見てみなよ。階段が見えるだろ?」


「あ、本当だ」


 ドームの端には1つだけ、上へと登る階段が見えた。解り易い位置にあるからだろう、俺が教えれば皆すぐに気が付いた。


「あれで上まで戻れるようになってる。さっさと行こう、そうでないと……げ、来た」


 その瞬間、緑色の光と共に地面に魔法陣が現れた。


「やだ、あれ……召喚魔法?」


 リズが震えるような声を出した。心なしかその顔色は悪い。それは彼女だけでは無く、他の皆もだ。やはり仲間を失くした罠とよく似たシチュエーションは堪えるらしい。

 しかしこの空間は、人を殺すための空間では無い。


「そうだけど、安心してよ。ここの召喚魔法陣はモンスターを召喚なんてしない」


 出口でもある階段へと全員を運びながら、言葉を続ける。


「試練に失敗すると、罰ゲームと称して落とし穴から落とされるんだ。そしてその先にはこういったドーム状の空間がいくつかあって、その中の1つとランダムで繋がるようになっている」


「詳しいのね」


「昔、何度か落ちたことがあるしね」


 そして作ったのも俺だから。

 肩を竦めながら、説明を再開する。


「あの階段にしても、こうやって誰かが落ちて来た時だけ元の場所に繋がるようになってるんだ」


「……もの凄く気になるけれど、今は何も言わないでおくわ。でもそれって一体どういう仕組みになってるの……?」


 空間魔法や情報魔法を色々と組み合わせました。


「まぁ、確かに色々と言いたいことがあるんだろうことは解ってるよ。ありがたい事に今は飲み込んでくれているのもね。けど今は急ごう。どのドームに落ちたとしても、命に関わるようなモノが召喚されることは無いけど。このドームは何だろうね?」


 言い終わった頃、召喚魔法は恙なく発動した。そして魔法陣からは禍々しい色合いの煙が一気に噴き出してくる……ヤベ!


「皆、息止めて! 目も閉じて!」


 ここまでの道のりで、俺の指示に従うという事が骨身に染み込んでいるのだろう。皆は素直にそれを聞いてくれた。が、それだけではダメだった。


「ウプッ!?」


 ドグナムが盛大に噎せたことで息を吐き出し、同時に煙も吸いこんでしまった。そのまま彼は喉の奥を引き攣らせて白目を剥く……気を失ってしまったらしい。

 彼ほど顕著な反応を見せた者は他にはいなかったが、誰も彼もが手で口と鼻を押さえ、真っ青な顔をしている。これは急がねば。

 俺? 咄嗟に【水泡バルーン】で身を守ったので問題無い。


 そのまま脇目も振らずに階段へと向かい、翔け上がる。皆の肉体に負担が掛からない程度で最大限のスピードを出しただけあり、すぐに元の場所へと戻ることが出来た。ダイゴの試練の部屋である。


「ドグナム、しっかりして!」


 【飛翔】を切って全員を地に降ろすと、意識の無いドグナムに駆け寄ったリズが彼の肩を揺さぶりながら必死に声を掛ける。


「あれは……何だい? 毒?」


 そんな2人を横目に、ジルベルトが鋭い視線と共に俺に問いを投げかけてきた。


「毒じゃないよ、一応。ただのもの凄く臭い煙……臭かっただろ?」


「息を止めたはずなのに死ぬかと思ったよ」


「だろうね」


 どうやらさっき俺たちが落ちたのは、悪臭の刑だったらしい。

 どれくらい臭いのか? そうだね……シュールストレミングよりも上だと思ってくれ。なので今こうしてジルベルトと話している間にも、生活魔法【消臭】で彼らにこびりついた臭いを取り除かなければならない。っていうか現在進行形でやっている。


「おい、ちょっと待て……」


 どこかげんなりした様子で、ノルイは天を仰いだ。


「お前は確か、この鍵の試練を易しい方だと言ったな?」


「言ったねぇ。だって問題の答えが解らなくても、1つずつ試して行けばいつかは正解に辿り着くじゃん」


 そう、だからこそこのダイゴの試練が1つ目の試練なのだ。時間と根性さえあれば誰でも突破出来るから。


「ということは、この先も試練とやらに失敗すればまたあんな目に遭うのか?」


 どこか絶望したような声音で、確信を持って問いかけられたそれに俺は爽やかな笑みを返す。するとまた絶望が深まったような顔をされた。

 まぁなぁ……命は取られなくても、こんな事が続けばメンタルが持たないよね。


 この後、意識を取り戻したドグナムも併せて5人全員が第1の試練の攻略を放棄し、満場一致で俺が鍵を開けることになった。

 今回は1つの試練にまるまる1話を使いましたが、次回からは違います。かつての勇者一行が考えた試練、さらっとこなしていきます。

 そして試練には出題者の性格が滲み出る。ダイゴは間違い無く性格が悪い(確信)。

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