第30話 『探究者』の議論
今回は三人称形式です。
藤真が狩りをしている時の『探究者』たちの様子。
「ったく、何なんだよあのガキは!!」
藤真が一時的に離脱した即席小部屋の中で、ドグナムが憤慨した声を上げた。
そもそも彼は初めから藤真が気に食わなかった。
確かに、藤真が落ちて来なければ彼や仲間たちはあのスカルソルジャーの大群に蹂躙されていただろう。運良くそこを切り抜けられていたとしても死した仲間たちを埋葬することなど出来なかったはずだし、生きて地上に戻るのも難しい……いや、ほぼ不可能だったはずだ。
現状、彼らは正に藤真によって生かされている状態にある。それは間違いないし、感謝をしていないわけでも無い。
だが彼らにも、腕利きの冒険者としての矜持がある。
見た所15才にも満たなさそうな子供である藤真におんぶにだっこな状態で、愉快な気分になれるわけが無い。藤真は実年齢625才のショタジジイで、しかもその正体はかの大英雄・大賢者ですよ……と教えてくれる親切な人はどこにもいない。
そしてドグナムは、『探究者』のメンバーの中でも特にその意識が強かった。藤真が自分の事を詳しく語ろうとしない事から生まれる不信感も、その感情を逆なでしている。
「まぁ、落ち着きなよドグナム。そんな事を言ってもどうにもならないだろう?」
イラつくドグナムを宥めるのはジルベルトだ。ドグナムはキッと彼の事も睨み付ける。
「ハッ、ザマァ無ぇなぁ、ジル? あんな可笑しなガキにすっかり飼い慣らされちまったか? あぁ?」
藤真は気付いていない事だが、実はドグナムがあまり良い感情を持っていない相手は藤真のみでは無い。出会った当初からドグナムは藤真に対する不信感を全身から発しているため、それが前面に押し出されて他の感情は一時的に抑えられていたからだ。
ドグナムにとって、自分より強く見目の良いジルベルトは目の上の瘤だった。勿論仲間意識はある。しかしそれ以上に、対抗心と嫉妬心が燃えてしまう。
「ドグナム、そんな言い方しないの」
加えてこれだ。ドグナムがジルベルトに突っ掛っていると、いつもエリザベスが仲裁に入る。普通に考えればパーティリーダーである彼女がパーティ内の諍いを何とかしようとするのは当然だが、ドグナムは何故かそれが面白くない。
この事はジルベルトも……いや、他のメンバー達も理解はしている。実害が無いので放置してきたが、今のこの状況ではほんの少しの不和も命取りに繋がりかねない。ドグナム自身も解ってはいたが、だからといってすぐに態度を改められるわけでは無い。
ジルベルトは肩を竦めた。
「飼い慣らされるって、酷い言い草だねぇ? 僕はただ、生き残る可能性が高い方に賭けようっていうリズの判断を支持しているだけさ」
ただ、とジルベルトは視線を上げて思案する。
「不安になる気持ちは解るよ」
「な!? 誰が不安になんか」
「こうしてどんどん地下に潜って行って、本当に僕たちは地上に戻れるのかっていうね」
ドグナムの反論は黙殺した。ジルベルト、案外辛辣な男である。
しかし彼が口にしたのは彼らが皆思っていることだった。
「確かにあのドームが地下192階層なら、僕達だけで地上まで取って返すのは不可能に近い。そういう意味では、間違いなく強い……強すぎるトーマが一緒だというのは心強い。でも」
「それなら、私達をあそこに残せば良かったのよね」
エリザベスが前髪を掻き揚げ、ジルベルトの言わんとしていることを口にする。
「トーマは多分、折角助けた私達を死ぬと解っている帰路に向かわせるのが嫌だったんだと思うわ。だから、私達を地上まで送り届けようと考えている。助けた責任を取ろうとしているのよ。でもあのドームはトラップが発動しない限りは危険は無いって、トーマ自身が言っていたわ。それなら私達というお荷物をわざわざ連れて最奥に向かうよりも、食料だけ渡しておいてそこに待機させて、帰る途中で拾った方がいいに決まってるわ。あのトラップは有名だもの、78階層でもわざわざ発動させようなんて人は滅多に出ないはずよ」
ハァ、と蟀谷を揉むエリザベス。
「どうにも解らないのよね。そもそもあの子、何のために最奥に向かおうとしているのかしら?」
「ここがテンザン大迷宮じゃなくてカルハル大迷宮なら、あの子もトーマス教の教徒で大賢者様をお救いしようとしているのかとも思えるんだけどなぁ……」
ターシャの考えに、一同は乾いた笑いを漏らす。彼女がかなり熱狂的なトーマス教教徒だというのは、彼らにとって常識であった。
「とにかく、私達を連れて行ってもトーマには何の得も無いのよね。道中の彼の負担が増えるだけ」
エリザベスは思い出す。あのドームで契約を交わした時の藤真の言葉を思い出す。
(目的があるって言ってたわね……大迷宮の最奥に? しかもそれを果たせれば私達を地上へ返すことが出来るとも。いえ、でも)
「それでも私は、今はあの子を信じるしか無いと思っているわ。そして1度決めた以上、誓いは果たす。あの子に必要以上の詮索はしない。地上に戻って仇を取る。研究も完成させる。皆にも付き合わせて悪いけれど……」
「リズ、そうじゃない」
言い淀むエリザベスに苦笑を見せたのはこの場で最年長のノルイだった。
「リーダーである君がそう決めて、俺達はそれを了承した。ならば君が今この場で取るべき行動は、謝ることでは無い。俺達に付いて来いと言って引っ張ることだ」
その言葉に、エリザベスはグッと言葉に詰まった。
「そう……そうね。どうも私、自分でも気づかない内にネガティブになってたみたい」
これはポラウが死んでしまったせいもあるだろうな、とエリザベスは考える。
彼女とトラップで死んだエルフの女性・ポラウは特に付き合いの長い、親友と呼べる間柄だった。冒険者をやっているのだから危険は日常茶飯事で、いくら自分たちを腕利きと自負していても死の可能性はどこにだってある。しかし今回の1件はあまりにも唐突で、理不尽すぎた。
リーダーとして己を奮い立たせ、ポラウもしっかり埋葬したことで踏ん切りをつけたつもりだったが、どうやらそれだけではまだ足りなかったらしい。
フッと自嘲するエリザベスに、ジルベルトが思案顔になる。
「僕もリズの判断に従うよ。けどドグナムが言うように、あの子が可笑しいな子だっていうのも事実だ。僕だけじゃなくて、多分、皆もそれは感じているだろう?」
「……子供、では無いのかもしない」
ポツリと小さく呟いたノルイに、視線が集まる。
「見た目はヒューマンだが、もしもそうでは無いのなら見た目通りの年齢では無い可能性もある」
一理ある、と一同はその意見に同意した。
「そうね、可能性は十分あるわ。私達、あの子の身分証明証は確認していないもの。竜人とかだったら、見た目が子供でも何十年も生きてるかもしれない」
藤真がステータスカードだろうとギルドカードだろうといくらでも偽造・改竄が出来るということを知らないエリザベスは、最も有り得そうな可能性を上げる。
外見年齢と実年齢が一致しない長命種はいくつもあるが、見た目がヒューマンと全く変わらない種族は少ない。竜人族はその数少ない種族の内の1つだった。
「竜人? そうだね、その可能性もある……けど、リズ? 君だって気付いてるだろう? もっと大変な可能性に」
「…………」
皮肉げなジルベルトの物言いに、エリザベスは苦い顔をする。
「どういうこと? 別の可能性って?」
囁くように声を潜めるターシャ。まるで誰かの盗み聞きを警戒しているかのようだ。
「あくまでも、1つの可能性に過ぎないよ? もしも、もしもだ。あの子が実際には何百年と生きていて、それであれだけの常識離れした力を持っているのだとすると……」
「魔人族」
ジルベルトの言葉をエリザベスが引き継いだ。その一言に、ターシャとドグナムはヒュッと喉の奥を引き攣らせた。瞑目している様子を見るに、ノルイは可能性として考えてはいたのだろう。
「ま、まさか! ンなワケ無ぇだろ!? 魔人族はもう1000年以上も前に滅んじまってるはずだ!!」
魔人族。それはかつてこの地上に存在した、人類の敵。彼らは数は多くないものの総じて高い能力を持ち、見た目はヒューマンと似た者も多かったが性質は残虐非道で、人類を亡き者にしようと虎視眈眈と狙っていたという。
その願望が爆発したのが、かつての『支配』の魔王の侵略である。『支配』の魔王は魔人族を率いて人類の領域に攻め入った。魔人族は嬉々として『支配』の魔王に付き従い、人々を蹂躙した。
最終的には勇者一行によって『支配』の魔王が討たれたことで集っていた魔人達も戦意を喪失、逃げ去って行ったが。
では何故現代では魔人族が滅びているかというと、実は直接的な原因は勇者一行では無く魔王たる『厄災』にあったりする。
『厄災』の魔王が世に出た時、各地の魔人達はかつての『支配』の魔王にそうしたように『厄災』の魔王の元に馳せ参じた。共に戦い、人類を滅ぼそうと考えたのだろう。
しかし『厄災』の魔王の目的はこの世界そのものの破壊であり、魔人族もまた滅びの対象でしか無かった。そういう意味では、『厄災』の魔王は恐ろしく平等であったと言える。彼にとって、魔人も人類も皆平等に無価値だったのだ。
結果、『厄災』の魔王は馳せ参じた魔人達をあえて放置し、あらかた集まり切った所で一網打尽に殺戮したのである。これによって、魔人族は殆どが死亡した。
魔王とは本来、魔人族の長に対する称号。その魔王に滅亡寸前に追い込まれてしまうのだから、魔人族の運命も皮肉なものだ。
いや、突き詰めると事情はまた違ってくるのだが。
実はそもそも、『厄災』の魔王が自らを『魔王』と称したことなど1度も無かったりする。彼は1度たりとも魔人族の長になったことなど無く、そのため厳密に言えば本当の意味での『魔王』では無かった。
彼が魔王と呼ばれた発端は偏に、彼が世界を破壊しだしたそのほんの数年前に魔王――『支配』の魔王のことだ――の侵略があったため今回もそうに違いない、と人々が思い込んだ事にある。
そしてその噂を聞きつけて魔人族が続々と彼の元に馳せ参じた事で、やはりそうなのだ、と確信されて定着した。この時、人類側で発生したとある事情から情報操作が成された事もその認識に拍車を掛けた。
彼も彼で、自身が魔王と呼ばれ出したことを知っても否定はしなかった。恐らくは自覚していたのだろう。自らの行いが他者の目にはどのように映っているのかということは。
閑話休題。
それでもほんの少しだけ、『厄災』の魔王の元に来なかった魔人達もいたのだ。それは平和や人類との共存を望む者であったり、人類や魔人族といった柵に頓着しない自由人であったり……『厄災』の魔王の、正体を知る者であったり。
そんな彼らが僅かに生き残ったものの、2度に渡る魔王の侵略で魔人族への恐怖は人々の心に刷り込まれた。そしてさほど経たない内に魔人族は滅ぼされることになる。恐怖した人々は、残った魔人族の中から新たな魔王が生まれるのではないかと考えたのだ。
その猜疑は肥大していき、魔人の血を引いた混血者――僅かにだが存在していたのだ――もまた狙われるようになる。いつしか魔人も魔人の血を引いた者も駆逐されていき、こうして魔人族は滅んだと言われるようになった。
それなのに、今。『探究者』たちは総じて顔を引き攣らせる。
自分たちはもしかすると魔人族の生き残りと行動を共にしているのかもしれない! ……勘違いですよ。
しかし、仕方のない部分もある。
それだけ藤真の力は異常過ぎたのだ。なのにその説明を自分ではせず、不信感を払拭しようともしない。最終的に記憶を奪うつもりでいるため、今を何とか出来ればいいとしか考えていないからだ。
藤真の正体である大賢者。それは『探究者』にとっては約1400年前の英雄でしかない。つまりは『厄災』の魔王と相打って死んだ存在、或いはトーマス教の神託を信じるのならばカルハル大迷宮の地下で眠りについているはずの存在。
しかも大賢者が不老不死の呪いに掛かっていた事を知らない彼らからすれば、万が一その2つの定説以外の理由があって生きていたとしても、ヒューマンの寿命からして現代を生きているはずが無い存在である。
まさか、お子様にしか見えない外見でブイブイ言いながら大迷宮をヒャッハ―してるだなんて、到底思い付きやしない。
それに比べれば、滅んだはずの魔人族の生き残りと言われた方がまだ想像しやすかった。
けれどあくまでも、1つの可能性としてである。
「そう驚かないでおくれよ。可能性の1つとしか言っていないだろう? 実際の所は、さっきリズが言った通りに竜人の可能性もある。魔人族の生き残りだなんていうのは想定した中で最悪の、けれど最も低い可能性の1つでしか無いさ」
ただ、とジルベルトは真面目な顔になって続ける。
「可能性が0では無いのは確かだよ。何しろあの子、自分で自分を得体の知れない存在だなんて称してぬらりくらりとしているからねぇ」
「そうね」
エリザベスが締めを引き継いだ。
「でもトーマが今、私達の生命線であることは疑いようも無いわ。悪意が無いだろうっていうのも、むしろ親切にしてくれている方なんだろうってこともね。私はそれを信じるわ。少なくとも、今は。だから皆、改めてお願い。皆で地上に戻るためにも、あの子を信じる私を信じて欲しい」
エリザベスのその言葉に対し、口々に肯定を告げる仲間達。それを聞き、エリザベスはホッと安堵の息を吐く。
しかしその中に口では諾と言いながらも目が笑っていない人物がいることに、深々と頭を下げていた彼女は気が付かなかった……仲間を信頼していたからこそ。
「よし! 今日はもう休みましょ! ターシャ、もう1時間経ってるんじゃない?」
自分が出て1時間以上戻らなかったら先に休んでいて欲しいという藤真の言葉を思い出し、エリザベスはこの中で唯一魔法が使えるターシャに問いかける。それにターシャは【時計】を発動させて答える。
「うん、もう1時間経ってるよ。正確には1時間半かな?」
予想通りの答えに、エリザベスは頷いた。
「それじゃあ念のため、1人ずつ起きて見張りを立てながら寝るわよ」
「ま、もしも【破魔結界】を破られたら見張ってた所で意味無いかもしれないけどねぇ。何しろこの辺りのモンスター、僕達で対処出来るものなんてあまりいないだろうから」
ジルベルトの核心を突いた一言に、一瞬固い沈黙が降りた。
藤真は自分の【破魔結界】に自信を持っている。聖女と呼ばれた姉・愛莉には及ばずとも、それ以外に並ぶ者はいないと確信しているのだ。
しかし『探究者』はそれを知らない。藤真の実力が高いことはここまでのあれこれでとっくに理解しているが、戦闘力が高いからといって結界の精度がどうかは解らない。その為、藤真が狩りに出てからこちら、心の片隅には常にその不安があった。
その不安を振り払うかのように、エリザベスはジルベルトに1発だけ軽い手刀を放った。
「そういう事を言わないの! ほら、いいから早く!」
そうして彼らは見張りの順番を決め、床に就いたのだった。
パァン! という破裂音が小部屋に響き渡って寝ていた彼らが飛び起きたのは、それからおよそ3時間後のことである。
今日は時間が空いたので早めに更新出来ましたが、また明日は更新できないかもしれません。




