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勇者の魔法使い ─自力で行う異世界転移─  作者: 篳篥
第2章 テンザン大迷宮にて
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第29話 別行動

 暗闇の階層2連続を抜けた後、再び慣れた構造の迷宮を突破する。階層を経る毎にモンスターは強く、迷路は複雑になって行く。でもそんなの関係無ぇ。古いか。


 とにかく、ただただ前進あるのみだった。懸念事項の1つだったターシャも今の所ちゃんと大人しく言う事を聞いてくれている。彼女も含む面々は、俺がアッサリバッサリ敵を打ち倒して行くことにはもう慣れてきたらしい。むしろ諦めているような顔をしている……思考停止はあまり良い傾向とは言えないけど、俺にとっては好都合なので放置しておこう。


「悪いけど、しばらくここで待っていてくれないか?」


 通告通りに地下204階層の終盤で食事と休憩を取りながら、俺は一同をぐるりと見渡してそう告げた。

 これまで俺1人で使っていたよりも1回り大きなサイズの小部屋を壁の中に作り、その中で車座になって座っている『探究者シーカー』は揃って不思議そうな顔をこちらに向けた。


「ここで? どういう事?」


 今は戦闘中では無いからか、俺の発言に応えたのはリズだった。


「地下192階層のドームを出て、現在地は地下204層。ここまで12階層を一気に駆け下りて来た。この人数でゾロゾロ来た割りには、ペースは悪くない。むしろ順調だ。それは良いけど、次へ進むにはこのままじゃいけない」


 そう、この先は更なる過酷な道のり。


「さっきも言ったと思うけど、次の205階層は環境変化が起こっている階層だ。次の階層は、そうだなぁ……さしずめ、極寒の階層かな?」


 地下205階層。それは摂氏マイナス40℃を上回ることが無いという氷の世界。


「極まった水属性……引いては氷使いの俺にとっては、この環境はそれほど辛いものじゃないんだけど。でもお前らはキツイだろ? 碌な防寒具も持ってないし」


 冗談に聞こえるかもしれないけれど、これは本当に俺にとってそれほど大きな問題じゃないのだ。これは魔力が強ければ強いほどより強固な耐性を持つ。

 しかし俺はそうでも、彼らはそうじゃない。事実、皆は青い顔をして頷いていた。


「というわけで、下の階層に降りる前にちょっとこの階層で狩りをしたいと思う。目的は毛皮を取ること。都合の良い事に、この204階層にはキメラグリズリーが出るポイントがあるんだ」


「ちょっと待って、キメラグリズリーって何?」


 あれ、知らないのだろうか? えぇっと。


「キメラは知ってるだろ?」


「ライオンの頭にヤギの胴体、毒蛇の尾を持つ伝説上のモンスターでしょ? その昔、『支配』の魔王が侵略の際に持ち出して一国を滅ぼしたっていう……」


「そうそう。それで大賢者様に倒されたのよね!」


 自身も魔法使い故か、補足したターシャの声は弾んでいた。


「ちょっと惜しい。その時のキメラを倒したのは大賢者と聖騎士だよ」


 俺が氷漬けにした直後にクリスが思いっきりぶん殴って粉々にしていた。

 あの瞬間、俺は決してクリスに逆らわないでおこうと改めて心に誓ったのだ。だってあいつ、その当時は既に騎士とか呼ばれてたくせに最終的には拳を唸らせやがったんだぞ? レベルを上げて物理で殴るを地で行きやがったんだぞ? 普通に怖かった。


「話を戻すけど、キメラグリズリーはそのキメラに少し似ているモンスター。多分、特徴が似てるからそういう名前なんじゃないかな? パッと見は2足歩行のグリズリーで、体長は5~8mぐらい。毒蛇の尾を持っていて、首が2つあるんだ」


「……そんなモンスター、聞いたことが無いんだけど?」


「かもね。俺も迷宮内でしか見たこと無いし。そういうモンスターって結構いるよ? ……ということで、俺はちょっとひとっ走りしてきてそのキメラグリズリーを狩ってくる。それほど掛からないよ、キメラグリズリーはキメラよりは弱いはずだから。そうだなぁ、イエロードラゴンと同じぐらいの強さだと思ってくれればいいかな?」


「どこに安心出来る要素があるのよ、イエロードラゴンだってS級のモンスターじゃない……まぁ、あなたなら大丈夫なのかもしれないけど」


 リズは蟀谷を揉んでいる。頭痛がする時や考え事をしている時の彼女のくせなのかもしれない。


「それ、狩らなきゃいけないの?」


「狩らなくても、別にいいけど。俺が使うわけじゃ無いし。でも後で困るのはそっちの方だぞ? 極寒の階層はこの更に下、地下248階層にもある。そこは205階層以上の冷気が籠った、俺ですら生身で入るのはちょっと遠慮したい場所だ」


 その情報に一瞬怯んだリズだったが、すぐに疑問が湧いてきたらしくそれを口にした。


「ちょっと待って。生身で入るのは遠慮したいって、じゃあどうやって入る気なの?」


「服に【保温】を付与エンチャントするに決まってるじゃないか。冬の寒い日はそういう服を着る人、多いだろ? だから同じ魔法付与を、キメラグリズリーの毛皮にしてお前らに怖かったあげるって言ってんの」


 ちなみに【保温】は下級熱魔法の1つ。熱魔法は火魔法の上位魔法のため、本来ならば俺は苦手な部類に入る。しかし今更、少し苦手な属性だからと言って下級魔法に手こずるようなことは無い。


「……それなら、今私達が着ている服や装備にそうしてくれれば」


「俺ならそれでもいいんだって言ってるじゃないの。けどお前らが今着てる服や付けている装備に付与エンチャント出来るレベルの【保温】で、この先を耐えられるかな? 俺がキメラグリズリーを推すのは、単に毛皮が温かそうだからってだけじゃない。素材として優秀だからだ。見た所では、その服や装備では多分……205階層はギリギリ行けそうだけど248階層は難しいってレベルのものしか付与エンチャント出来ないと思うよ」


 これだけ懇切丁寧に説明したら納得してくれたのか、リズはもう何も言わなかった。他の皆は始めから成り行きを見守っていたため、彼女が何も言わないのなら、といった感じだ。


「それじゃあ、ちょっと行ってくる。本腰入れた【破魔結界】を張っておくから、この小部屋から出ない限りは無いはずだよ。1時間経っても戻らなかったら、今日はここまでって事にして先に休んでて欲しい」


「もしも出先であなたが死んでしまったら?」


 どこかからかっているような声音を出すリズに、俺はフッと笑った。


「あり得ないから、想定する必要は無いよ」




 小部屋から出た通路を、右へ進む。しばらくすると左側の壁に小道が現れた。人1人がやっと通れるような細い道だ。そこに入り込んでまた進む。この細く長い一本道の先にある空間は大型モンスターのたまり場になっている。お目当てのキメラグリズリーもそこによく出る。

 尤も、出るのはキメラグリズリーだけじゃ無いけれど。


「グギャアアアアアア!!」


「ルウウゥゥゥゥゥ!!」


「おっと……相変わらずだな」


 小道の終着点、そこに広がるのは一見すると先ほどまでよりも少し道幅が広いだけの普通の迷宮だ。

 しかし、現れるモンスターのレベルはまるで違う。その一方で宝箱から出て来る物も100%お宝な上に極めて質が高い。言うなればエクストラステージのようなものだろうか。

 そしてそこでは、モンスター達が日々食い合いをしているのだ。


「あれはダークトロルと……あ、潰れた。何だったんだろうな、あいつ」


 俺が小道からこっそりとエクストラステージ(仮)の様子を伺ったその瞬間、視線の先にいたダークトロルが振り下ろした巨大な棍棒で何かがプチッと潰された。声からして、その何かがダークトロルと戦っていたんだろう。

 あ。


「ガアゥ!!」


 ダークトロルがほんの一瞬気を抜いた隙に、前方から突如現れた巨体のモンスターに殴り飛ばされてそのまま壁に激突する。実際には突如現れたのでは無く、その巨体に似合わない速さで急接近してきたのだ。

 しかしダークトロルも中々丈夫なモンスターだ。それだけでは死ななかった。


「ウ、グ……ガァ」


 それでも側頭部にクリーンヒットした一撃は脳振盪に近い症状を与えたようで、すぐに体勢を立て直す事は出来ない。そしてその間が全てを決めた。

 バシュンという衝撃音と共に、新たに現れたモンスターの口……その片方から高温の熱線がレーザーの如く放たれた。熱魔法だ。それはダークトロルの頭を正確に撃ち抜き、そのまま消滅させる。


「ウオオォォォォォ!!!」


 勝利の雄叫びを上げるそのモンスターは、キメラグリズリー。


「さっすがぁ。このエクストラステージ(仮)の生態系ピラミッドの頂点にいるだけの事はあるね」


 その巨体から繰り出される剛力、しかし巨体に似合わぬ速度。爪牙は長く鋭く、厚い体毛と皮下脂肪は高い防御力を与える。加えて双頭からは強力な攻撃魔法も放ってくるキメラグリズリーは、間違いなくこの辺りでは最強だ。

 だが、俺が来た以上はその事実に何の意味も無い。


「幸先が良い。こんなにすぐに見付かるなんて」


 しかし、今回の狩りの目的は毛皮である。故に出来る限り肉体に損傷を与えずに仕留めたい。


「ま、ちょっと時間は掛かるけど問題は無いね……【水牢】」


 魔法の発動と同時、瞬く間にキメラグリズリーは水の檻に閉じ込められた。檻、と言うと少し大袈裟だろうか。俺が出した水牢は見た目にはキメラグリズリーの双頭それぞれを包み込む程度の2つの水玉でしかないのだから。


「―――! ―――!」


「―――! ―――!」


 突然頭を水で包まれたキメラグリズリーは、驚いたように声を上げる。しかしそれは水に阻まれ、ガボガボという空気の音にしかならない。

 そして咄嗟に水を取り除こうとしたのか、両腕でそれぞれの水玉を払い除けようとした……が、それはボヨンと弾かれ、表面に触れることは出来ても内部に届かせることは出来ない。

 業を煮やしたのか、頭の内の1つ、向かって右側の頭が魔法を発動しようとした。その衝撃で水を吹き飛ばそうとしたしたのだろう。あれはさっき、ダークトロルに熱魔法を浴びせかけた方だ。

 あ~あ。


「忠告しといてあげるけどね……それ、止めた方が良いよ。あ、聞こえてないか」


 あちらの声が聞こえないのだから、俺の声だってあっちに聞こえているわけが無い。というかそもそも、俺は物陰からこっそりとあいつらに攻撃を仕掛けたのだから、あっちはこっちにまだ気付いていない。

 なのでキメラグリスリーの片方の頭はそのまま熱魔法を発動し、そして死んだ。一瞬の事だった。奴の放った熱魔法は俺の作った水玉の中から出る事かなわず、そこで圧縮されてしまった。結果、超高熱に熱された水牢、しかし蒸発もせずにそこに残り続け、脳を沸騰させてしまったのだ。

 片割れが自身の魔法を切っ掛けとして死んだのに気付いたのか、残ったもう片方の頭は魔法を使おうとはしなかった。しかし滅茶苦茶に暴れ、何とか水を取り除こうとする。それでもダメだと知ると、今度は水を飲んで失くしてしまおうと考えたらしく、ガブガブと飲み下しだした……無駄な事を。

 ただの【水球】で作り出した水玉ならそれでも良かったかもしれないけれど、【水牢】はそうは行かない。いくら飲んでも術者の魔力が尽きない限り減りはしないのだ。

 キメラグリズリーはその後もしばらく苦しんでいたが、やがて大きく息を吐き出して倒れた。その際のズゥンという音が奴の重量を教えてくれる。

 キメラグリズリー、死亡。死因は溺死……片方が自爆したのは予想外だったけれど。まぁ、どっちにしても肉体に損傷を与えずに殺せたので、別にいいか。


 その後もエクストラステージ(仮)を徘徊しながら同じ要領で数体のキメラグリズリーを狩る。ここで皮を剥いでいたら他のモンスターが血の匂いに惹かれて寄って来て面倒なので、獲物は一旦【収納】しておく。後で戻ってから処理しよう。


 キメラグリズリー以外のモンスターと出くわすこともあったが、そいつらはサクッと殺っておいた。だって別に必要としてないから。

 

 そうこうしている間に、彼らに言っておいた1時間が過ぎようとしていることに気が付いた。

 しかしよく考えれば、戻ってからも素材を加工しなければならないのだから時間が掛かる。なのでもう今日の攻略はここまでにして彼らを休ませてしまおうかと思い、すぐに戻ることはしなかった。何故ならそう決めてしまうと現金なもので、見付けた宝箱を開けたくなってきたからだ。ここらの宝箱はお宝率100%。しかも入っている品も良い物ばかり。

 替えの装備を盗まれてしまったという『探究者シーカー』の面々にも、良い土産になると思ったんだ。現状戦闘を行っているのは殆ど俺であり、この先も彼らに率先して戦わせるつもりは無い。しかし万が一の時のために替えの装備があっても悪くは無いと考えた。


 それが間違いだった。俺はこの時、すぐにでも戻るべきだったのだ。


「お、良い斧。ノルイの得物が斧だったっけ。渡しとこう」


 しかし久々に冒険者気分で迷宮を歩く俺は、そんな事にはまるで気付いていなかった。

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