第28話 再出発
時間になり、各々で準備を整えてから再出発となった。
『探究者』の面々は装備品の類を奪われていたために大きな変更は無いが、1人1つずつ所持品に【破魔結界】を付与させてもらった。
所持品と言うと大げさに聞こえるが、実際には硬貨に付与したのだ。これなら、誰でも数枚は持ってたしね。素材が素材な上にここから先の階層に出るモンスターの強さを考えると、正直気休め程度の効力しか持たせられなかった。けど無いよりはマシだ。
俺はというと、これまで使っていたスカルソルジャーの剣を【収納】し、グラドの刀を腰から下げる。【氷模型】で刀なり剣なりを作り出した方が良いのではないかと思うかもしれないが、実はそうでは無い。
【氷模型】で作り出したオブジェは、確かに魔力を練り込めば強度を上げることは出来る。しかしあくまでも氷であるため、時間が経てば溶けるのだ。そのため、長時間は使えない。一々作り直すのも面倒だし。
最後に、俺がストックしていた薬草・薬品の類を邪魔にならない程度に全員に分配する。これは最終的には使わなかった分は返してもらうし、使った分は相場の価格を支払ってもらうことになった。
さて、準備が出来た所で進もう。
地下192階層のあのドームから出て、地下193階層に降りるのは簡単だ。何しろ、階段はドームの出入り口のすぐ傍にあるのだから。なのでここはさっさと通り過ぎ、下に降りる。
彼らには予め伝えておいたが、もうこの辺りの階層まで降りて来るとS級のモンスターばかりが出て来るようになる。時々A級のモンスターも見るが、B級以下は見たことが無い。
『探究者』は昨日……いや、まだギリギリで今日か。とにかくさっき話していたリヴァイアサンを含め、S級のモンスターと戦った経験は多少あるらしい。そして勝利も収めてきた。しかしそれは戦いが終わった直後には全員が疲労困憊となってしまうようなギリギリの戦いばかりで、次から次へとS級のモンスターが襲い掛かってくる状況など考えたくも無いらしい。
しかし俺はそうでは無い。ただ相対するだけならS級だろうとG級だろうとさして差は無いのだ。街に姿を現そうものならその街の放棄も已む無しと言われるキングドラゴンだろうが、俺は1発で屠れる自信がある。ていうか、屠ったことがある。あんなん『厄災』と比べりゃ可愛いもんだよ、うん。ただのちょっとデカいトカゲだね。
ということで。
「私達……何もしてないのだけれど……」
「何もしなくていいんだよ。ていうかしないで」
現在、地下195階層に突入する直前。つまり、193階層と194階層はさっさと突破した。やった事は78階層まで俺がやった事とほぼ同じ。ただただ迷路の最短ルートを駆け抜けるだけ。で、遭遇したモンスターは切り捨てるか魔法を放つか。それで終わり。
その間、彼らには決して俺の前に出ないようにと口が酸っぱくなるぐらい言い聞かせた。いやその、主にドグナムがな……先走りそうになることがあるんだよ。ちょ、おま、俺が折角お前らが付いてこられる程度にスピード調節してやってんのに……。追い抜きそうになる度にデコピンをする羽目になった。まぁ、それも2・3回繰り返せば理解してくれたけれど。
前に出ないのは勿論だが、離れすぎないようにとも忠告しといた。背後から襲われる可能性も0じゃないからね。
「ハッキリ言わせてもらうけど、さっきのドームでリズが言ってた『足手纏い』って言葉。あれ、紛れもない事実だからね? 俺1人が突破するだけなら訳ないんだよ。だからこそ、俺はお前らを『守る』って言ったんだ」
他を守ると口にして許されるのは、まず自分自身を守れる奴だけなのだ。
「けど今の俺も身一つだ。武器も防具もマジックアイテムも、ほぼ無いと言っていい。辛うじてこの刀……剣があるぐらいかな? そんな状況でお前ら5人を同時に守るのは、正直キツイ。だからこそ、お前らは生き延びたければ何もするな。キツイ言い方だが、ただ付いて来い。それ以外はするな」
余計なことをされると、その分こっちが神経を使うことになるのだ。皆もこれまでの道のりですれ違ったり襲撃されたりしたモンスターの面々――総じてS級だった――を思い出しているのか、渋い顔をしながらも俺の言葉に頷いた。頭では解ってくれているらしい。そして長年冒険者をやって来た経験からか、己を律することも覚えているようだ。
全員が頷いたのを確認し、俺もまた頷く。
「よし。じゃあこの先の階層について説明するぞ」
「この先に何かあるのかい?」
戦闘中は先頭に立つというだけあり、ここで俺に問いかけて来たのはジルベルトだった。
「地下150階層が『魔の地下150階層』と呼ばれる所以。迷宮自体の環境変化が起こっている階層なんだよ、この先の地下195階層は」
ピリッと一同の空気に緊張が走った。
「正式な名称なんて無いから、俺は勝手に『暗闇の階層』と呼んでいる。ちなみに、その先の地下196階層も同じく暗闇の階層だ。といっても、これは環境変化を起こしている階層の中では易しい方なんだけど。ただ暗いだけで、道のりそのものはこれまでと同じだからね……複雑化はしているけれど」
「暗闇か……【夜目】を使えば少しはマシになるかな?」
【夜目】は身体強化系のスキルの1つである、が。
「いや、ダメだね」
俺は頭を振った。
「【夜目】はあくまでも、僅かな光源で本来以上の視野を確保出来るというスキルだ。この先にあるのは一切の光源が無い真の暗闇。【夜目】は役に立たない」
「けど、それなら僕たちはどうやって君に付いて行けばいいんだい?」
彼ら全員が【感知】を使えたのならば、それで俺を追ってもらったのだが……どうやら、ノルイとドグナムが完治は使えないらしい。なので、別の手を使う。
「光魔法を使う。これで光源を確保するから、それを見失わないようにしてくれ」
光源を作るなら【夜目】を使えるんじゃないかって? 灯りがあるなら【夜目】を使う必要無いじゃん。
「ただし、暗闇で光を灯すのは敵に自分の位置を教えるようなものだ。この先の2階層ではここまでよりもずっとモンスターが襲ってくるだろうから、一層注意を怠らないように」
俺1人なら、光魔法では無く音魔法を使っていた。それで超音波を出し、コウモリの如く周囲を把握する。周囲に気付かれるのはどちらも同じだけれど、音魔法の方が知覚できる範囲が広いからね。
そうして足を踏み入れた暗闇の階層。左手で【光球】を作り出し、右手はフリーに。魔法でも刀でもどっちでも行ける。
「この階層にいるのは、暗闇から一瞬にして襲ってくる奴が多い。前方は俺が開くが、左右、背後、足元。各々でも常に気を配ってくれ……と!」
暗闇ゆえにこれまでよりも僅かにスピードを落としながら言葉を告げる間にも、襲いかかろうとしてきたモンスターに魔法を放つ。頭上から巨大な鎌足を振って来たアラクネだ。たぶんに漏れずS級の、気性が荒く血肉を好むクモのモンスター。捕まれば生きたまま頭からバリバリ食われること請け合いである。俺も昔『化け物』になる前に10匹ぐらいに一斉に襲われて食われたことがあるからね、よく知ってる。
そんなアラクネに効くのは火魔法である。なので遠慮容赦無く天井に【火球】を放った。慈悲は無い。
「ギャアアアァァァァァァァァ!!」
聞こえた断末魔は、俺の真上にして魔法が直撃したアラクネでは無い。そいつは一瞬で消し炭になったから、断末魔を上げる間も無かった。では何かというと、アラクネの糸を伝って燃え広がった炎に焼かれた別固体である。
「うん、丁度良かったな。これが鎮火するまでは少しだけ明るくなるぞ……さ、行くか」
アラクネの糸様様である。これって結構範囲広いから、ラッキーだよ。
あれ?
「何? 早く行かないと火が消えちゃうじゃんか」
ポカンとしたまま動かない『探究者』達を急かし、先を進む。
「今のってアラクネ……よね?」
「アラクネ……だな」
「200年ぐらい前に地上に出現した時は、村をいくつか住人事食い尽くした、アラクネよね?」
「討伐隊が4度返り討ちにされたという、アラクネだな」
「一瞬で消えたわよ。それも下級火魔法1発で」
「魔法が専門ってのも、嘘じゃなさそうだねぇ」
彼らのヒソヒソ話がウザい。
「……アラクネはさっさと倒すに限るんだよ。あいつら、食った奴の力を吸収するからね」
お陰で、前に食われて俺の魔力を上乗せされた時はその後に倒すのが凄く大変だった。
その4度返り討ちにされた討伐隊ってのも、食われたんじゃなかろうか。よく倒せたもんだ。数で押し切ったか?
「けど弱点を知ってれば、倒すのは難しくない」
「弱点ってさっきの火魔法だね? 成る程、あれも格はともかく一応は虫系統のモンスターだものね……トーマ、君の魔力属性は火なのかい? おっと、これも詮索に当たるかな?」
冗談めかしているが、ジルベルトの目は少しでも相手を見極めようとするソレだった。油断をしない人は嫌いじゃないよ。
「いや、それぐらいなら構わない。けど残念ながら俺の属性は火じゃなくて、水だ。得意なのは水・氷・空間の魔法。だから火はどっちかというと苦手かな……熱いんだもの」
「あぁ、そうか。そういえばスカルソルジャーと戦った時も、氷の短剣を作り出していたね」
「そういうこと。そろそろ鎮火してきた……光魔法に戻るよ」
アラクネのおかげで階層の半分ぐらいはかなりの早さで突破できた。明るくなったのもあるが、他のモンスター達も天井が急に燃え広がって驚いていたんだろう、こちらが襲われることも無かったのだ。
再び【光球】を作り、スピードを落とす。と、その時だった。
「きゃ!」
最後尾を走っていたターシャの後ろに現れた気配に、一足飛びにそちらへ向かう。俺が横を通り過ぎた時の風を感じたのか、彼女は小さく声を上げた。
「グギャ!」
そのまま気配に向けて刀を一閃。シャドウインプだった。1体1体の力はそれほどでも無いが、影や闇に潜んで奇襲してくる。
「え、何? 何なの?」
「シャドウインプ」
何が起こったのか解っていないらしいターシャに短く告げる。
「暗闇の階層ではポピュラーなモンスターだね」
シャドウインプと聞き、一同は少しホッとした様子だった。確かに、アラクネに比べればまだよく見るモンスターだし。
けど、甘い。
「何だァ、ただのシャドウインプなら別に俺らでも」
「この辺りの階層に出るシャドウインプはレベル400を超えている奴ばかりだけどね」
「…………」
増長しそうなドグナムに釘を刺すと、そのすぐ近くにいたノルイが彼の背中を慰めるように叩いた。
確かにシャドウインプは地上でも偶に見るが、そのレベルが200を超える事はまず無い。しかしここでは逆に、レベル200程度のシャドウインプなどあり得ない。そんなモノは到底生き残れない。
「気を緩めないでよ。このレベル400前後のシャドウインプがこことこの下の暗闇の階層に出る中で最弱に位置するモンスターなんだから」
仄かな視界の中、彼らの顔が引き攣った。
「説明したでしょ、あのスカルソルジャーの群れだってこの辺りじゃ弱い部類だって。解ったらキビキビ動く! シャドウインプは1匹見付けたら100匹いると思えってぐらいこの辺にはウジャウジャいるんだ……ついでに言っとくと、地下200階層でレベル500、同じく230階層でレベル600。最奥の255階層ならレベル700ぐらいのモンスターが普通に出て来るよ。今ここでそんなに驚いてちゃ身が持たないぞ」
そう言っても、彼らは何も言わなかった。納得したというよりも、レベルが上の話過ぎて想像できないらしい。ただ困惑したような表情を浮かべるだけである。まぁいい。これから先に進むなら嫌でも見ることになるんだから。
再び俺が先頭に戻り、先を急ぐ。それからも何度か、不意打ちしようとして来るシャドウインプを斬り捨てながら進む。しかし何度か繰り返す内に、ジルベルトはシャドウインプに対応できるようになっていた。なので俺は彼を除く4人の周囲に気を配ることにした。
「よ……っと。そうこうしている間に到着っと」
下の階層に降りる階段に辿り着いた。そのまま降りると、再びジルベルトが探りを入れて来た。
「あのドームを出てからこっち、君の足取りは少しも乱れないね。まるで迷路の構造を把握しているようだ」
「回りくどい言い方しなくていいよ。確信してるんだろ? 俺が実際に迷路の構造を把握してるってことぐらい」
「……妙な人だね、君は。詮索を嫌う割に、取り繕うことはしない」
そりゃそうだ、今の俺は詮索を嫌っているわけでは無い。実際の所、ただめんどくさいだけなのだから。既に彼らの記憶を奪うのは決めている以上、俺の正体がバレたって構わない。
「妙でも何でもいいだろ? 確かに俺は迷宮の構造を把握しているよ。今までにも何度も通っているから。それより地下196階層に着くぞ。また見失わないように付いて来てね」
「ねぇ、それよりも、いつまで走り続けるの?」
辟易したように弱った声を上げたのはターシャだった。猫被りモードである。
「このまま最奥まで……と言いたい所だけど、お前らにそこまでは要求しないよ。この地下196階層を抜けた後は、また通常の迷宮に戻る。次の環境変化が起こった階層は地下205階層だ。そこに差し掛かる前、204階層の終盤で1度休憩を挟もうか」
「そこまで!? もう少し何とかならないの?」
「言ったはずだ。お前らに俺のペースに合わせてもらうってね……モンスターと戦ってるのは殆ど俺、迷路も俺のナビで最短ルートを突っ切っている。確かに未知の階層を進むことの気疲れはあるだろうけど、そこまで進めない程の疲労は溜まってないはずだよ」
有無を言わさず切り捨てると、ターシャは少しむくれていた。同時にドグナムの視線により険が混じる。おい、ひょっとしてお前も【魅了】されてるのか?
「ハァ……ほら、行くよ」
地下196階層でも、シャドウインプがチラホラと襲撃をしてきた。それに加え、1度だけブラッドバッドの群れに遭遇する。血液で出来たコウモリである。
ブラッドバッドはシャドウインプ以上に1体の力が弱い。しかし大きな群れで行動し、敵の血を啜ってさらに肥大化していく。さらに厄介なのが、こいつらはいくら攻撃しても効かないという点である。実体を持たないモンスターは他にも色々といるが、大抵は核……魔石を破壊すれば倒せる。しかしブラッドバッドにはその常識も通用しない。
だが、それは種を知らない人のみの話。
「どうする、厄介なモンスターだよ?」
前方にブラッドバッドの群れを見付け、ジルベルトに問われる。背後の面々も緊張の面持ちだ。
「どうもこうも無いよ。ブラッドバッドなら、お前らでも対処できるんじゃないか?」
ブラッドバッドは薄暗い所には割とよく出るモンスターである。なので彼らも出会っているのではなかろうか。
「通常ならね。でも、あれもシャドウインプと同じく常識はずれな強さを持ってるんじゃないのかい?」
「? ……あぁ、お前ら知らないのか。ブラッドバッドの正体」
「え?」
キョトンとした顔のジルベルトに、俺は彼が……彼らがブラッドバッドの正体を知らないのだということに気付く。
「ブラッドバッドはどこで出くわそうがその強さにそれほど差は無い。というか、実はあれ、モンスターじゃないしね」
「はぁ?」
「……【鑑定】が出来ればすぐ解るんだけどね。これもステータスカードの一種の弊害か」
便利なモノがあれば能力が衰えていくのはどこも同じらしい。ステータスカードは間違いなく便利な発明ではあったが、それに慣れきった人々は【鑑定】を必死こいて覚え無くなって行った。だって自分で出来なくてもステータスカードで出来るから。
「まぁいい。さっくり行くよ……【風刃】」
刀を振りぬき、付与した魔法を発動させる。鎌鼬の如く飛び出た風の刃は、狙い違わずブラッドバッドの群れ……の、真下を切り裂く。
「ギャアア!!」
断末魔と同時、中空を飛んでいた血のコウモリたちはその形を保てずに墜落する。ビシャッという音と共に、地面には大量の血液が巻き散らかされた。
「あれは……つまり、あそこにいたのはブラッドバッドの正体ってことかい?」
ハッとした様子で、ジルベルトはこちらを見た。
「そういうこと。正体と言うより、本体と言った方が良いかな? 飛んでいたブラッドバッドはアイツが操っている血液の集合体でしかないから、いくら攻撃しても意味が無いってわけ。むしろ通常はどうやってブラッドバッドに対応しているの?」
走り続けながら問うと、疲れたような声で答えが返ってきた。
「ブラッドバッドに出くわした時は、とにかく攻撃を繰り返して集団のリーダーを倒すようにと言われていたんだけどね……」
いやいや。
「それはブラッドバッドじゃなくて、ブラックバッドの対処法じゃないの。まぁ、見た目は似てるけどさ……何時何所で混同され出したんだ?」
確かにブラッドバッドに比べればブラックバッドの方がよく出没するし、この2種の出没地は似通っている。でもだからって混同するなよ。
「……1つ賢くなれて良かったね。じゃ、進もうか」
行く手を阻むモンスターを倒しながら、只管に進む。
ただただ、最奥を目指して。
昨日は更新できませんでした。明日も出来ない可能性が高いです。もう開き直って毎日更新じゃなくて1日おき更新にしようかな……。




