第27話 歪み
ノルイの腕が再生しきっていない事もあり、今日はもうこのドームで休んで明日から再出発にしようという話になった。そのついでに、後回しにしていた皆の回復も済ませる。
全員に適切な回復魔法をかけまくってもさほど疲れを見せずにいたら、どれだけMPがあるんだとまた訝しまれた。俺は魔法使いであり、本来は肉弾戦では無く魔法がメインだと告げると更に不審さが増したらしい。もう何をしても言っても怪しさマシマシにしかならないかもしれない。
当初の予定では、今日は地下200階層まで降りて後の55階層を1~2日で攻略するはずだったんだけど……仕方が無いだろう。
とはいえ、こうなった今も彼らのペースに俺が合わせるつもりは無い。彼らの方が、俺に付いて来てもらう。勿論、付いてこれないような速さは出さないつもりだけど。そうなると……2~3日は予定が伸びそうだなぁ。
俺と『探究者』の面々は、即席かつ期間限定とはいえ一応は協力者の関係にある。いや、どちらかと保護者と保護対象者の関係なんだけどさ。
なので最低限の意思疎通は出来るようにしておきたいのだが、それに応じてくれたのはリズとジルベルト、怪我から回復してきたノルイだけだった。ドグナムとターシャは頭では理解しつつも感情が追い付かないのか、片や無愛想、片やよそよそしいといった感じである。まぁ、無理も無いだろう。この2人の態度も俺の怪しさを思えば当然で、むしろ歩み寄ろうとしてくれている3人の方が貴重なのだ。
回復を終えたら、トラップで死亡した3人を探し出した。召喚魔法陣で出現したのが骨と魔石のみで構成されたスカルソルジャーだったこともあり、見付ける事自体は難しくなかった。血痕を辿ればそれで良かったのだから。
ただその遺体は……うん、詳細を語るのは止めよう。スプラッタだったとだけ言っておく。
彼らは仲間の遺体を、火葬では無く土葬したいと申し出た。まぁ、遺体とはいえ目の前で仲間が焼かれるのはあまり良い気分がするものでは無いのだろう。
俺がそれを受けて土魔法で深い穴を掘っている間に、彼らは仲間たちの所持品を回収していた。形見にするための物もあれば、これからの迷宮攻略のために少しでも役立てるための物もあるのだろう。
やがて全ての準備が整うと、3体の遺体を穴の奥深くに横たえる。俺の【収納】空間に花の種が入っていたため、その内のいくつかを木魔法で成長を促進・開花させてそれを手向けた。ちょっとしたサービスである。気分はまるで葬儀屋だ。
穴を埋めると、彼らは長い間その墓の前で冥福を祈っていた。無理も無いだろう。こんな大迷宮の深部の墓だ、墓参りをしようと思っても簡単には来られない。今の内に一生分の墓参りをしたくもなろうさ……尤も、埋葬できただけマシとも言えるけれど。迷宮で死んだ者なんて、よっぽどの浅層での出来事じゃなきゃ遺体を持ち帰ることも墓を作ることも出来ない。そんな事をしている間に別の敵に襲われて二次被害を出してしまうからだ。
彼らは食料を殆ど持っていなかったため、俺が提供することになった。これに関しては、後々1食に付き1人鋼貨5枚を払ってもらうと言っておいた。決してケチなのでは無い。食事を契約に含むのを忘れていたため、これは貸し借りを作らないための措置だ。
食事が終われば、今日は早々に休む。俺と、特に怪我が酷くてまだ回復しきっていないノルイを除く4人が、2時間ごとに交代して見張りをすると申し出て来た。このドームが本当に絶対安全なのか解らないから、と言われた。ここが今は安全だと保障するのは俺の言葉だけなので、彼らが不安を覚えるのも無理は無い。なのでそれも嘘では無いのだろうが……最も大きな理由は多分、俺を見張る事なんじゃなかろうか。
現在時刻は午後3時。普通ならば眠るにはあまりにも早い時間だが、迷宮内は普通じゃない。いつ休みを取るのかは個々の自由であり、これまでの疲れとこれからへの英気を思えば彼らには纏まった休息が必要だった。4人が2時間ずつ交代すれば1人6時間。充分な休息だろう。
疲れが溜まっていた彼らは、見張りを置いて横になるとすぐさま寝入ってしまった。ちなみに見張りはドグナム・ジルベルト・ターシャ・リズの順だ。
一方の俺だが。
(寝られない……眠くない)
彼らに倣って横になったものの、全く以て寝付けずにいた。だって俺、別に疲れてないし。元々そんなに惰眠を貪るタイプでもないし。こんな状態で8時間も寝られないよ。
最初に言ったんだよ、そんなに心配なら俺が寝ずの番をしてようかって。でも、この先はお前に全てを託すことになるんだから今は休んでくれ、なんて言われてさぁ。波風立てるのもアレだったか、大人しく引き下がった。
でもなぁ。この主張もまた嘘では無いんだろうけど、1番の目的はやっぱり俺の監視だと思うんだよね。最初に見張りになったドグナムは、思いっきりこっちばかり凝視していたし。その後のジルベルトも、ドグナムほどあからさまでは無かったけど、やっぱりこっちを警戒していた。
何もしないよ、俺悪い魔法使いじゃないよ? ただの怪しい魔法使いだよ? ……安心させられるだけの材料がまるで無ぇな。
と、そうして内心で嘆息していたのだが、これまでに無い動きがあった。それ見張りがジルベルトからターシャに交代してすぐの頃に起きた。
「……何してるの?」
見張りのターシャが、【催眠】の魔法を使ったのが視えたのだ。魔法式を視ることが出来るって便利だね。
しかし何故【催眠】など使ったのかと思い問いかけると、ターシャはビクッと震えた。
「え、何で……? だって、私……」
「悪いけど、俺に君の魔法は効かないよ。何か特別な事をしたわけじゃなく、魔法耐性が弾いてしまうからね」
魔法使いは、総じて魔法耐性が高い傾向にある。というのも、そうでなければ自分の放った魔法の余波でやられてしまいかねないからだ。
ちなみに、己の魔力の属性の魔法への耐性は特に高い。例えば俺なら水魔法、そしてその上位の氷魔法。でなければ、かつて【絶対零度】を使った時とかに一緒に凍ってしまっていた。
とにかく、ターシャの【催眠】では俺に影響を及ぼすことは出来ない。
「……うぅん、いいわ。元々、あなたと話したくてやった事だもん。起こすつもりだったし」
「俺と?」
こちらを避けていたのはターシャの方である。
「俺は答えられない事には答えないけど、対話自体を避けていたつもりは無いよ。それをわざわざ他の人を眠らせてまで話したいって言うの? ひょっとして、聞かれたくない話とか?」
「うん……あのね。私、まだお礼言えてなかったから。助けてくれてありがとう」
「そりゃどうも」
言いながらターシャは立ち上がると、俺の隣に腰を下ろした。そしてそのまま、ギュッとしがみ付いて来た……腕に胸が当たる。そうかダイゴ、これが隠れ巨乳か。
極めて冷静に、そう分析した。
「でも……本当に、これからも助けてくれるの?」
潤んだ瞳でこちらを覗き込んでくるターシャ。俺と彼女の体格は同じぐらいだから、その視線を合わせるのは容易かった。
「そうだね。目的を達成するまでは」
「あなたの目的って……何?」
「それは契約に反するよ。詮索はしないで欲しいんだ」
言うとターシャの潤んでいた瞳からポロリと涙が零れ落ちた。
「でも、私不安なの! 私、このままじゃ……お願い、助けて欲しいの!」
そのまま、顔をこちらに近付けてくる。思いっきりキスコースだ。
ターシャは美少女である。艶やかなピンク色の髪はさらさらと流れ、整った小ぶりな顔立ちではらはらと涙を流している。それはとても扇情的だ……が。
「言ったはずだよ? 君たち全員を守る努力をするって。……だから、止めた方が良い。俺に色仕掛けは効かない」
「……え?」
「当然でしょ? もしかして、魔法である【催眠】は効かなくてもスキルである【魅了】なら効くと思った? 甘いよ」
「!!」
ターシャが隣に座り、抱き付き、胸を押し当てて来たあの時から。彼女はずっとソレを使っていた。
【魅了】。それはその名の通り、他者を魅了するスキル。極まった【魅了】の使い手は、それだけで国を落とせる程だとか。ほら、よく傾城とか傾国とか言うだろ?
見破られるとは思っていなかったのか、ターシャはパッと飛び退いた。俺は1つ、溜息を吐く。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。強者に守ってもらうために媚を売る……よくある話だ。別にこの事を他の人達に言う気も無い」
「どうして……どうして解ったの!?」
今まで気付かれたことなんて無かったんだろうなぁ。ターシャは元々の容姿も良いし。
しかし実を言うと、結構最初の段階から何かありそうとは思ってたんだ。この子の言動、どこかワザとらしいんだよね。それに……いや、これはいいか。確証があるわけでも無いし。
それに多少【魅了】の影響があったとしても、彼らのパーティ内にちゃんとした結束があるのなら俺が口を出すような事は何も無い。
それに、気付いた理由は他にもある。
「どうして、ね。あえて言うなら、俺がモテないからかな?」
「え?」
「普段モテない奴がモテる時……そこには何か裏がある」
「何なのそのすっごいネガティブ!?」
事実だ。昔、『支配』を倒す前は全然モテなかったのにそれ以後は急に黄色い歓声を浴びだした時に悟ったんだ……世は無常なのである。
「それに俺、元々そういう欲求があまり無いし」
ターシャは更に一歩引いた。
「まさか、男しょ」
「違うから。ちゃんと女の子が好きだから。欲求に関しては主に年齢のせいだから」
俺、625才だよ? とっくの昔に枯れてるよ。……というのは冗談だけど、強ち間違いというわけでも無い。
不老不死の呪いを掛けられた直後は、特に何も無かったのだ。しかし時が経つにつれて色々な歪みが現れるようになっていき、それは三大欲求にも影響を及ぼした。
最も影響が少なかったのは睡眠欲。これは少しだけ眠らなくても平気なようになっただけだった。眠らなくても死なないけど、睡眠不足に陥ると頭が痛くなるからね。
次が食欲。だって食べなくても死なないんだもの。俺自身が娯楽として食事を楽しんでいたから良いけどさ、そうじゃなかったら全然食べなくなってたと思う。
そして1番変わったのが性欲。これは『厄災』を倒した頃には、殆ど無くなっていた。
だってさ、性欲は生殖によって種を保存するためのものでしょ? 死なないなら種を保存する必要無いじゃん。しかも俺ってばクソ強くなってたから、余計にその必要性を感じなくなってたみたいで。
生殖能力そのものが無くなったわけじゃなかったから、この人との間に子供が欲しい! とでも思えるような相手がいればまた別だったのかもしれないけど、生憎そんな相手はいなかったんだよね。
今となっては、俺は不老不死では無い。しかし不死として過ごした600年は、確実に今に影響していた。特に性欲面。少しずつ改善されてるとは思うんだけど、そこでもやっぱり実年齢という壁が出てきてさぁ。
「まぁ、気にする事は無いよ。相手が悪かっただけだ。ターシャはかなり可愛い部類に入るからさ、俺以外にならその手もきっと有効だし」
「……これだけ完全にスルーされてから『可愛い』なんて言われても、何も嬉しくなんて無いわ」
ターシャは俯き、その手を震わせた。いやいや。
「俺は単に性的欲求が低いだけで、審美眼はあるつもりだよ。可愛いものは可愛い、綺麗なものは綺麗。そしてそういったモノを見るのは目の保養になる。ターシャだって、花や芸術作品を見ると心が洗われるだろ? でもさ。そういった花や美術品に欲情なんてする? そういうこと」
俺を誘惑しようと思ったら、心を震わせてくれるだけの内面が必要だってことだね。偉そうな事言うけど。
「何なの……それ……」
理解できない、と言わんばかりに唖然とするターシャ。まぁ、自分でも相当狂った事を言ってるとは思う。
「ハァ……。なら、もういいわよ」
ターシャはサッと髪を掻き揚げた。
「お子様にはこういうのは通じないってことでしょ? だったらいいわ。でも、私の邪魔はしないでよね」
お子様。成る程、俺が言った『年齢』というのをそっちで捉えたか。そりゃそうか、この成りで中身はジジイだなんて解るわけが無い。
そしてターシャの態度はどこかスッパリとしたものになっている。やっぱり猫被ってたね、この子。別にそれは良いんだけど。だってそれはそれで処世術の1つだし。
けどな。
「邪魔しないで欲しいのはこっちの方だよ。頼むから、地上に戻るまでは俺の指示に最低限したがってよね」
でないと、他の皆まで危険に晒すことになる……っていうかトラップで死んだ3人の内の2人、この子を守って死んだんだよな? 【魅了】されていたのかもしれないね。
「……こっちの方、ですって? それはこっちのセリフよ……もう少しで、私の夢が叶うかもしれないんだから」
「夢? 日本語の解明じゃないの?」
彼女もまた、『探究者』のメンバー。ならば夢はそれでは無いのか。しかし彼女はそれを笑った。いや、嗤った。
「ええ、そうよ。でもそれ以上に叶えたい夢がある……特別に教えてあげるわ。私はね、ある方の花嫁になるの」
「……は?」
え、ちょ、それは流石に斜め上な発言だよ。思わず目が点になってしまった。しかしそんな俺には頓着していないのか、ターシャは熱に浮かされたような恍惚の表情で続ける。
「ずっと、ずっとそう思って来たわ。その方は以前には他の奥様がいたんだけど、でも私はその方の後妻になるのよ。あの方と前の奥様の子孫にだって、実の母のように慈愛を注ぐ覚悟は出来ているわ」
「子孫!? え、それどれだけ年上のおっさんなの……? しかも確定事項なの……?」
人の夢をとやかく言う資格など俺には無いが、かなり倒錯的な夢なんじゃなかろうか。しかしそんな俺に、ターシャは眦を吊り上げた。
「おっさんですって!? よくもそんな口を!」
いやだって、その『あの方』が誰なのか、俺知らないし……。
「よく聞きなさい。その方はね、きっとあなたよりも強くて、優しくて、勇敢な方なのよ」
「あんた、魔王の嫁にでもなるつもりなの?」
俺より優しい奴も勇敢な奴も世界には溢れる程いるだろうけど、俺より強いのなんて魔王、それも『厄災』ぐらいしか思いつかないよ……そういえばあいつ、妻子持ちだったな。まさかこの子、本当に……いや落ち着け、あいつは他ならぬ俺自身がとっくに殺しただろうが。
そして思わず零れ落ちた我がツッコミは、ターシャの耳には届かなかったらしい。
「もう少し、もう少しなのよ! もう少しで私は愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しい愛しいあの方のモノになれるの! だから……邪魔しないでね?」
ターシャさん、笑顔が怖いっす。恋する乙女って怖い。そして頭が痛い。
内心ドン引きだが、それだけ強い想いを持っているのならむしろある意味で安心かもしれない。
「だから、それはあんた次第だっての。まずあんたが俺の邪魔をしなければ、俺はちゃんとあんたを地上に返す。それ以降に干渉する気は無いから、精々頑張ってその『あの方』とやらを落としなよ」
『あの方』とやらにもの凄い同情を感じながらも、それぐらいしか言えない。少なくとも俺なら、こんな狂気的な後妻は嫌だ。
「……解ってないわね。私はもう、選ばれてるの。後はあの方の元へ行くだけなんだから」
もう勘弁してくれないかな? これならまだリリアナの惚気を聞いた時の方がマシな心境だった。
「あぁ、もう……本当に、迷宮を出るまでは自重してくれよ? でないと他のメンバーの生死にも関わるんだから」
「そうね。私だって、皆の事は大事よ。だから皆も一緒にあの方の所で連れて行って、紹介したいわ」
「…………………ちょっとターシャ。お前やっぱりまさか」
言い掛けた所で、ベルが鳴った。2時間交代の時間を告げるベルだ。これはノルイが持っていた小さなベルに俺が魔法付与をして即席で作ったマジックアイテムだった。
「あら、もう交代?」
そういってベルの方へと振り返るターシャの顔からは、先ほどの狂気的な色は綺麗サッパリ消えていた。変わり身が早い。猫を被り慣れているだけのことはある。
もう話は済んだとばかりに、ターシャは俺から離れてリズの元へと行った。
「リズ。リズ、起きて。交代の時間だよ」
「う、う~ん、もう? ふぁ……何だか、よく眠れた気がする」
そりゃ、【催眠】を掛けられてたからね。起き上がって欠伸するリズに、ターシャはちょっと申し訳なさそうな声を出した。
「ごめんなさい、よく眠った方が疲れが取れるかなって思って、【催眠】を使ったの。余計なことだった?」
おい、【催眠】を使ったのはそんな御綺麗な理由じゃないだろ。猫被った女の子って怖い……鬼教官の次に怖い。
「そうなの? 別に余計じゃないわよ。実際、疲れは取れたし……あら? トーマ、寝てないの?」
「うん、まーね……」
リズが起き出してすぐ、ターシャは睡眠に戻ってしまった。もう俺との話は終わり、という意思表示なのだろう。中途半端に終わってしまった。
パーティのリーダーであるリズは俺が見た限り、人が良くそそっかしい部分もあるが、聡明で肝の座った女性だ。
ターシャはそのリズのパーティで、それなりに長い期間を冒険者として活動してきた。そしてその間、猫を被り続けてきた。そんな猫を、俺の前で脱ぎ捨てた。一体どういうつもりなのか。俺が言った所で他の皆は信じないだろうという計算なのか、それとも……。
何も無いといいけどね。嫌な予感がひしひしとする……あ、これってフラグか?
とにかく、どっと疲れた。もうこれなら眠れるかもしれない。2時間だけだけど寝ようかな? 全てはその後から。ターシャの動向には、特に気を付けよう。
藤真の歪みと『探究者』に混じる歪み。




